文学少女 ―彼の視点―
図書室。
静かすぎる。
受付も当番もいない。無音。
……なにこれ?
図書館で適当に本を開いたら異世界に飛ばされるオープニング?
このまま神秘的な光に包まれて、気づいたら古代風の異世界に召喚されてたりする?
んで、「伝説の巫女よ……」とか言われて、異国イケメンたちに囲まれながら旅するやつ?
いや、それ絶対ヤバいだろ!
まず俺、そんな巫女ポジ無理だし! 巫女服似合わねぇし!
最悪、「この者こそ我らが巫女!!」とか言われて、全力でお姫様抱っこされる未来が見える!!
やめろ!! 俺は朱い鳥に祈る旅とかしたくねぇんだ!!
……って、そういう問題じゃねぇ。
そもそも誰もいねぇ。
ちっ、これじゃ偶然の出会いイベントが発生しねぇじゃん。
<選択肢消失一覧>
同じ本を取ろうとして手が触れる
➡ そもそも誰もいねぇ
小柄な子が高い棚の本を取れず困ってる
➡ そもそも誰もいねぇ
勉強苦戦中の子を助けて好感度アップ
➡ そもそも誰もいねぇ
そもそも誰もいねぇ!!
こうなったら、適当に本でも読んで時間つぶすか……。
近くの本を引き抜く。金ピカの装丁。なんか高級そう。
パタン。
開く。
…………ん?
「真実を求める者よ。お前の足元には何がある? それは……無。」
…………は?
一回閉じて、もう一回開いた。
「お前の足元には何がある? それは……無。」
…………え、なに?
これが何かの哲学的真理ってマジで言ってんの?
いや、ちょっと待て。
俺が今まで生きてきた人生の経験から導き出される最適解としては、だな……。
「足元? それ無!(ドヤァ)」
いや、ねぇよ!? 足元ぐらいあるよ!? 俺らずっと地面の上歩いてんじゃん!?
……くっ、ダメだ。ツボに入る。
ぷっ。
鼻から息が漏れた。
「……へっ。」
声が出た瞬間、目の前に誰かがいた。
…………え?
いつから?
こんな静かな空間で誰か来たなら気づくはず。なのに……。
黒髪、前髪パッツン、眼鏡。
冷たい眼差しがこちらを見ている。
……文学少女タイプ。
……終わった。
俺の笑い、聞かれた?? いや、そんなはずは——いや、でも……
てかさ!? 俺が笑ったの、「足元には無」のとこだぞ!? なんでこのタイミングで来るの!?
詰んだ。
やばい、どうする?
何も言わずにこの場を去る?
……いや、それは逆にヤバい。
だって、完全に「この本で笑った変な奴」認定されるじゃん!!
くそ、なんとか誤魔化すしか——
「……哲学って、深いよな。」
やっちまった。
今のセリフ、ダメすぎるだろ!?
何だよ「哲学って深いよな」って!? 俺、何も考えずに言ったぞ!?
やべぇ、冷静に考えたら俺、めちゃくちゃ薄っぺらい奴みたいになってる!!
「……そうですね。」
返事きたぁぁぁぁぁ!!!
でも待て、これ……脈アリなのか?
それとも、ただの社交辞令か?
だとしたら、次の言葉をミスると終わる……
よし、落ち着け。大事なのは——
「この本、よく読まれるんですか?」
バカか俺はぁぁぁぁ!!!!!
いやいやいや、何だよ「この本、よく読まれるんですか?」って!?
俺は本屋の店員か!?
絶対「この人、適当に話題振ってるな」ってバレたじゃん!!
「……それなりに。」
やっぱり適当な返事きたぁぁぁ!!
終わった……
彼女の視線から逃れるように、俺は彼女が持っている本に目をやる。
……見たことある。
『海辺のカフカ』
有名なやつじゃん!
でも、正直読んだことはない。
タイトルしか知らねぇ!!!
くそっ……ここで黙ってたら「本で笑った変な奴」認定される。
何か言わなきゃ……!
目を泳がせると、表紙の絵が目に入った。
……猫。
「……猫って、こういう静かな図書館にいたら幸せだろうな。」
「もし、猫が導いた先が図書館だったら……そこにはきっと幸福がある。」
やっちまった。
俺が言いたかったのは、「猫は静かな場所が好きそうだなー」ってだけなのに。
でも、なんか……今の言い方、妙に意味深じゃね!?
彼女は、俺を見つめたまま、笑った。
「……ふふふ……」
え、ちょっと待て。
なにその笑い方!?
何か、めちゃくちゃ含みがある感じなんだけど!?
もしかして俺、めちゃくちゃバカにされてる!?
やべぇ、やっぱり「この猫、可愛いですね~」くらいにしとけばよかったか!?
なにあの笑い!? めちゃくちゃ意味深じゃん!!
やばい。これはマズい。
もうダメだ。ここにいたら、絶対に俺の化けの皮が剥がれる。
とにかく、この本を持って逃げよう。
何もなかったように、スッ……
足早に図書室の出口へ向かう。
「ちょっと待って。」
ピタッ。
後ろから、冷静な声。
いや、待って待って待って。
これ、まさか……
俺、肩越しにそっと振り向く。
いつの間に移動したのか、彼女はカウンターの内側に立っていた。
………は?
俺の脳が急速に事態を整理する。
彼女はずっと目の前に座っていた。
俺は偶然の出会いイベントを狙っていた。
なのに、なんでだ……
なんで最初からカウンターに座ってなかった!?
もし、最初から図書委員の席にいてくれたなら——
「何かおすすめありますか?」って自然に話しかけられたはず。
「この作家の他の作品も置いてますか?」って会話を広げられたはず。
そうすれば、次の本を借りる理由もできて、会話の口実が作れたはず……!
何回も本を交換して、やがて「一緒に本屋に行きませんか?」って流れも作れたはず……!
本屋デートして、カフェでコーヒー飲んで、気づいたら図書館じゃなくて彼女の部屋で本を交換して……!!
そしていつか、「俺たちの関係って、本の貸し借りだけじゃないよな?」とか言って、告白イベントに繋がって……!?
……もう戻れない。
「借りるなら、登録しないと。」
あ、そういうシステムね。
逃げられねぇ……
もうこうなったら、流れに身を任せるしかない。
カウンターまで戻る。
「……これ、お願いします。」
本を差し出すと、彼女が淡々と受付の作業を始めた。
静かすぎる。
俺の頭の中、ずっと警報が鳴ってるんだけど!?
このままだと気まずすぎる!!
……いや、待て。
この状況、ある意味チャンスでは?
アクシデンタル・タッチ・イベント:エンゲージ。
彼女が本のバーコードをスキャンしようとした瞬間、俺も手を動かした。
ぴとっ。
接触発生!!!!!
彼女の指先と、俺の指先が、ほんの一瞬だけ触れた。
……しかし、彼女が、ポツリと言った。
「……猫って、想像上のものだって知ってるよね?」
俺、血の気が引く。
え?
ちょ、待って。
俺、今、猫の話したっけ!?
いや、でも「猫が導いたら」みたいなことは言ったけど!?
でも、それに対してこの返し!?
完全に俺が『海辺のカフカ』読んでる前提の反応じゃん!!!!
ヤバイ。
今ここで、「あ、俺実は読んだことないっす」って言ったら確実に死ぬ。
ならば!!
「……はは、俺、てっきり本当にいるのかと思ってたわ。」
クソ適当な返し、発動!!!!
——沈黙。
彼女が、じっと俺を見つめる。
一秒。
二秒。
三秒。
……やべぇ、やっぱダメか!?
と思った瞬間、
「……ふふふ……」
また、あの笑いが返ってきた。
えええええええええええええ!?!?
俺、どういう立場になってんの!?!?
え、これ勝ち!? 負け!? 何!?
ていうか、なんでまた笑ったの!?
わからねぇ……
俺は……いったい何を掴んでしまったんだ……?
とりあえず、俺は手元の本を見た。
……。
…
タイトルを読む。
『哲学入門 ー 人生とは何か』
いらねぇ!!!!!!!!!!




