電話 Cellphone
最近、妙な電話が流行っている。通話相手を指定できない、という電話だ。それでは電話として不便だし、意味もないが、不特定の人間とランダムにコンタクトできるところは、魅力なのかもしれない。
まだ、私はその奇妙な電話を使ったことがない。こういったものに興味を示すのは、きっとコミュニケーションに飢えた人間だろう、くらいにしか捉えていなかった。私はいわゆる天涯孤独の身だが、孤独は平穏を保つシステムとして、好意的に受け取っている。孤独を好む私には、このような商品は必要ないのである。
ところがある日のこと、友人がこの不思議な電話をいたく気に入った。友人は、涙が出る、ありがたい電話だ、と感想を口にする。電話が涙を流すのではない。泣くのは友人だ。それだけ感動した、ということらしい。友人は、私にもしきりに勧める。興味ないよ、とその場ではそんなことをいった。
しかし、さすがの私も少々気になっていた。そこで、この妙な電話について調べてみた。すると、不思議なことに、使用者の感想はみな友人と同じようなものだった。誰も不快な相手には出くわさない。むしろ、懐かしささえあるという。さらに調べると、電話の相手が小学生の男の子だったり、おしゃべりな老人だったり、または古風な女性などと、老若男女関係ないことがわかる。
もちろん、みんな不思議には思っている。この電話の最大の謎は、誰につながっているのか、であるからだ。だが、相手はけして名乗らない。電話会社はこの点について、まったく言及しなかった。寂しいとき、いつでも親身成って聞いてくれる話し相手を提供します、の一点張りである。したがって、ちまたには通話相手について、さまざまな憶測が流れた。相手はロボットだ、宇宙人と交信だ、などなど。まともな説は、ただの電話会社の社員にすぎない、という意見だ。ただ、社員より利用者のほうが圧倒的に多数だし、もし利用者を超える人数をアルバイトなりで雇おうとしたら、その過程のどかで、仕掛けはばれてしまうだろう。それに、なにせ夜中に子供だって出てくる。
私はついに、思い切って電話を購入した。
見かけは平凡な電話だった。変わったところといえば、相手を指定しないため、数字のボタンが一つもないこと。本体があって、その上に受話器がのっかているだけの、シンプルな外装だ。
さっそく電話を掛ける。といっても、ただ受話器を耳に当てるだけだ。
すこし緊張してきた。
ほどなくして、相手が出る。
相手は女だった。まだ若いようだ。
はじめ、いぶかしげな私だが、彼女と話すうちに、なぜか、懐かしさと、愛おしさを覚え始める。なぜだろう。どこかで彼女と会ったことがあるかもしれない。私は友人やそのほか大勢の利用者らと同じように、この妙な電話に魅了されているのを自覚した。
つい長電話になってしまったのも、そのためだろう。私がそろそろ切ろうか、と提案すると、彼女は最後に子守歌を歌うという。この年になって子守歌とは、と気恥ずかしいが、せっかくの行為に甘えることにした。優しい声だった。
やはり、私は彼女を知っているかもしれない。
そんな気がする。