かくれんぼ/墓土のお荷物が届きました。
やや不便な郊外の一戸建てに越して来たのは、やむにやまれぬ事情からだ。
引っ越すことを実家に連絡すると、「何で一戸建て?」と不可解そうな質問が返ってきた。
当然だろうなと思う。
独り暮らしのOLがあまり選ぶ物件ではない。
会社への通勤を考えても、便利な所ではない。
テレワークを続けてくれる会社ならいいが、うちの会社がテレワークを採用していたのはコロナ禍の初期のころくらい。
すぐにふつうに通勤をして仕事をする形に戻ってしまった。
「……家賃安くて。でもとくに変な物件でもないっていうか。友達が教えてくれたの」
紋香はそう答えた。
余計な質問をされる前に忙しいふりをして通話を切る。
説明が難しいので、実家への連絡はしばらくメールだけにしようと思う。
昭和の終盤ごろに建てられたでというこの一戸建ては、玄関の床がセンスの悪い幾何学模様の板張りだ。
前に住んでいたアパートもさほどお洒落な所だった訳ではないが、この家の二つの畳部屋のジメッとした雰囲気に気が滅入る。
西側の部屋は竹藪に面していて、とくに日当たりが悪い。
まあでも、あのまま前のアパートに居るよりはずっとましかと思った。
少なくとも夏は涼しいかもしれないし。
急いで決めた引っ越し先という割には、二部屋あるなんて便利でいいじゃない。
そう考えてみる。
問題は通勤だ。
いままでよりも一時間は早く起きなくてはならないが、仕方ないか。
玄関の周囲をぐるりと見回す。
高めの天井を見上げた。いかにも昭和の建物という感じのパサモルタルの壁と板の天井。
いずれにしても、今日からはよく眠れそう。
紋香は畳の部屋に積まれた段ボール箱を眺めた。
炎天下の中の引っ越し作業はちょっと疲れた。
Tシャツもジーンズも、とりあえず洗濯したい。
今日は必要最低限のものだけ開けて、あと寝ようか。
上がり框に腰かけて、ぼんやりとそう思う。
玄関口の呼び鈴が鳴った。
顔を上げると、すりガラスの玄関戸に作業着の男性と思われる人物が透けて見える。
「お荷物でぇす」
大きく爽やかな声で男性は呼びかけた。
「あ、はい」
紋香は立ち上がり、玄関戸をカラカラと開けた。
青と緑のラインが入った制服の配達員が、段ボールの宛名の部分を指差す。
「隠野……紋香さん宛で間違いないすか?」
「ええ、はい」
差出人の欄を見て、紋香はつい困惑した。
前のアパートだ。
何か忘れものでもしていたのか。
不動産屋とは、入居したときと退去したときくらいしか話していないが、親切なところだったのかもと思う。
「ハンコ……まだ荷物、開けてなくて」
紋香はうしろの畳部屋のほうを振り返った。
「サインでいいですよ」
配達員がボールペンを差し出す。
「隠野」と走り書きした。
ども、と言って配達員が去った後、紋香は届けられたものを上がり框に置き、送り状の品名の欄を見た。
「土」と書いてある。
「土……?」
紋香は段ボールのまえに横座りになり、送り状を剥がした。
貼りつけてあるガムテープを剥がし、丸めて床に置く。
段ボールの蓋を開けると、古い新聞紙が覗いた。
緩衝材かわりに入れたのだろうか。
何重にも重ねられている新聞紙を、雑に退ける。中から湿った黒っぽい土が現れた。
なにこの土、と思った次の瞬間。
土の表面に大きな目がぱっちりと開いた。
「ひ……っ」
紋香は喉をひきつらせて後ずさった。
大きな黒目がちな目は、長い睫毛を上下させてゆっくりとまばたきする。
「見つかっちゃった」
目を細めて笑うと、もう一度まばたきをした。
「次はあたしが鬼。あやかちゃん隠れて」
「いやああああああ!」
紋香は腰を抜かした格好で後ずさった。
一ヵ月ほど前、古い墓地の近くを歩いたさいにバッグにつけていた家の鍵を落としてしまった。
墓地の草むらにまぎれてどこに落ちたか分からなくなり、「どこ? 出てきてよぅ」とつぶやきながら草むらを掻き分けて探した。
鍵は見つかったものの、その後アパートの部屋にかくれんぼをしたがる小学生ほどの女の子の霊が居着くようになり、昼夜を問わず強制的なかくれんぼが続いている。
引っ越し先にまでついてくるとは思わなかった。
「もういーかい」
玄関戸のすりガラスの向こうから、下を向いた女の子の小さな首が透けて見える。
しゃがんで顔を伏せているつもりなのだろうか。
「もういーかい」
女の子がもういちど問う。
「ま……まだ」
紋香はおろおろと屋内を見回した。まだ段ボールが詰みっぱなしだ。隠れる所なんて。
「もういーかい」
女の子の声が徐々に低くなる。
「まだ……待って」
「もういーかい」
「ま、まだ」
とたんにガチッと固いもののぶつかり合う音がした。
玄関戸の金具の部分に、刃物を打ちつけているような音。
「ちゃんと隠れられない子は、首ちょんぱされちゃうんだから」
ガチッ、ガチッと刃物を打ちつける音。
「隠れる! 隠れるから待ってえええ!」
紋香は絶叫した。
「もういーかい」
「待って……」
「もういーかい」
「待ってってば!」
ガシャーンと音がして、玄関のすりガラスの一部が割れる。
割れた部分から、黒目がちの大きな目が覗いた。
「あやかちゃん、みーつけた」
終




