2.悪魔
続きですね。
日常が崩れ始めましたが、颯はどうなったのでしょうか。
「うっ…」
うつぶせの状態で目が覚めた颯は何が起きたかもわからず混乱していた。ほんの一瞬の出来事だった。ついさっきまで学校で授業を受けていたはずだが、颯は瓦礫の下敷きになっていた。
(何がおきた…?)
颯は必死に状況を整理しようとしたがそれでも理解は出来なかった。周囲には瓦礫が散乱しており、黒板は倒れ、椅子や机は足が折れ倒れている。颯は瓦礫の下敷きになってはいるが幸い大した怪我はない。
「颯…?」
声がする方を見ると、そこには足が瓦礫の下敷きになっている花がいた。
「花…!?」
体の上の瓦礫をどかし、花のもとへ駆け寄る。
「颯君、目が覚めたんだ…。大丈夫?」
声のする方へ目を向けると、そこには瓦礫を手にもった和輝がいた。
「和輝…。俺は大丈夫だけど花が…。」
一足先に目覚めていた和輝を目に安心する颯だが、花の状況を前に不安に変わる。
「どかそうとしたんだけど、1人じゃとても無理だったから手伝ってくれる?」
和輝の足下にはこれまで退かしたであろう瓦礫が積み上がっていた。花が下敷きになっている瓦礫は大きく、とても一人で動かせる大きさには見えないが、おそらく、颯が目覚めるまえは和輝が今退かしている瓦礫が花の上の瓦礫に更に乗っかっていたのだろう。和輝は少しでも花にかかる負荷を減らそうとしていたと言うわけだ。
「わかった…!」
颯と和輝は花の前まで足を運び、瓦礫に手を掛ける。
「せーの!」
男二人がかりで瓦礫をどかすが、ギリギリ持ち上げることができるほどだった。それが花の上にあったわけだから、少しでも負荷を減らそうとしてくれていた和輝に颯は心の中で感謝した。
「ありがとう…」
瓦礫から脱出することができた花は礼を言う。しかし、その顔はほんの少し歪んでいた。気になって二人が花を見ていると、右足から血を流しているのが目に入った。
「埋もれた時に打っちゃったみたいで…」
颯と和輝の反応から察したのか花は自分から怪我のことを話した。
「とりあえず花は動かずに休んでろ。俺と和輝で他のやつを瓦礫から出すから」
「うん…」
申し訳ないのか元気のない返事を花は返してくる。
「っ…!?」
花のことで周りを見れていなかったが、改めて教室全体を見て颯は息を詰まらす。
そこには、血に濡れた瓦礫、曲がるはずのない方向に曲がっている手足、極め付きには折れた椅子の足に胸を貫かれたクラスメイトが無造作に転がっていた。
隣の和輝を見ると、何か言いたげで、でもなんと言えばいいのかわからない。そんな様子で目を背けていた。颯が目覚めた時には和輝と花はすでに目覚めていた。少なくとも和輝と花は教室がこんな状態だと知っていた。改めて地獄のような光景を見ることはできないのだろう。それを察したうえで颯は口を開く。
「…瓦礫、どかしてあげよう」
「…」
和輝は無言のまま頷いた。
「…」
全ての瓦礫をどかせ、クラスメイト全員を床に寝かせる。結論から言うと酷いものだった。先生を含めたクラスメイトは、そのほとんどが手遅れの状態で、奇跡的に助かったのは目覚めていた颯、花、和輝を含め、気絶している悠祐、結芽の5人だけだった。悠祐と結芽は気絶しているものの、外傷はほとんど無く、擦り傷程度で済んでいる。
「…」
ただ沈黙。何かを話せる気分ではないのだ。瓦礫を退かせば出てくるのは友達の悲惨な姿。その光景を前に嘔吐する花。平和な日常を過ごしていた颯たちにとって、それはあまりにも刺激が強すぎた。誰も話さない状況だったが、始めに沈黙を破ったのは、花だった。
「と、とりあえず、廊下に出よ…?また瓦礫が落ちて来たら危ないし!」
「そうだな…」
確かにこのままでは、またいつ天井が崩れるかわからない。そう思った颯は、気絶している結芽を背負った。
「俺は結芽を背負うから、和輝は悠祐を頼む。花は歩けるか?」
「うん、大丈夫」
「悠祐くん、重い」
「我慢しろ」
こんな状況で冗談を言う和輝を言い聞かせ、颯たちはもう動かない友達を残し、教室を後にした。
「お前ら大丈夫か!?」
教室を出た颯たちに恒一が慌てた様子で駆け寄ってきた。
野宮恒一、小学校からの付き合いで、颯、悠祐、和輝と同じ卓球部に所属しており、主将を任されている。小柄な体格だが、動きが素早く、リーダーシップもある。
「まぁ、一応は…」
歯切れの悪い回答を颯は返してしまう。先程の惨状を目にした後ではとてもではないが、大丈夫とは言いがたい。和輝と花も暗い顔のままだ。
「…とりあえず無事で良かった」
雰囲気から察したのか、恒一はそれ以上言及することはなかった。
「恒一君は大丈夫だったの?」
「俺は大丈夫だけど、助かったのは俺含めてあいつらだけだった」
和輝の問いに恒一は言葉と同時に親指をクイッと後ろに向けた。目を向けると、そこには所々服が汚れた尚也と治翔、後ろで泣いている愛奈が歩いて来ていた。
「5人…」
桐本尚也、颯、悠祐、花の3人と幼馴染みで剣道部の主将を勤めている。何事にもまっすぐに打ち込む性格で、ひねくれ者の颯からすると少し眩しい存在だ。そんな存在が今は教室から出てきた人数を数え、落胆している。
「誰か今の状況わかるやついる…?」
木夜紅治翔、普段はふざけたり、はしゃいだりで騒がしく、中学に入ってからは更に拍車がかかり、部活ではよく恒一に注意されている。だが、流石に今の状況でそんな気が起きないのか、珍しく落ち着いている。
「何で…ヒッ…こんなっ…」
乾風愛奈、中学からの付き合いで基本明るく元気な性格だ。その性格故に花とは気が合い、一緒にいる時間も多い。ただ少しネガティブ思考で弱気になることが多々ある。そうでなくとも現状、他が落ち着き過ぎているだけで、普通ならば今泣いている愛奈が正常と言えるだろう。
「他のクラスも見たけど、無事だったのはこの3人で、このクラスを見に来たらお前らが出てきた…。無事なのは全員でたったの9人か…」
「9人…」
恒一の発言に花が不意に呟く。学校と言う大勢の人が集まる場所で生存者はたったの9人。その事実がまだ年端もいかない中学生にのしかかる。
「ちなみに恒一、今の時間ってわかる?」
恒一と合流してから颯は時間を気にしていた。一体どれだけの時間が経っているのか。颯達がいた教室には時計はなく、おそらく瓦礫の下敷きになっているのだろう。その場合、時計は使い物にならなくなっている可能性が高く、せっかく見つけても無駄足になってしまう。
もし、30分以上経っているなら、何の救助が無いのはおかしく、颯達の住む希山町は田舎ではあるが、何か事件、事故があればすぐには駆けつけることができる町だ。
「さっき見た教室の時計は9時22分だったぞ」
「…外に出るぞ」
「え?」
「授業開始とほぼ同時に天井が崩れてきた。こんな大事故で約30分ほど経ってるのに、救助どころか外が静か過ぎるだろ…」
「言われて見れば…」
颯の言うとおり、その場にいた全員が周りが静か過ぎることに気がつく。救助が来ないにしろ、少なくともこれほどの大事故に野次馬が群がらない訳がないのだ。
「…出るか」
恒一の一言に全員が頷く。
廊下を歩き、下駄箱の前まで来た颯達だが、外に繋がるドアはガラス張りになっており、ヒビが入ってはいるが内側から外の様子がうっすら伺える。
すぐ近く、人が倒れているのが見える。
「…開けるぞ」
全員が無言で頷く。
恒一がドアを開き、外の景色が鮮明に見え始める。
「っ…!?」
全員が言葉を失った。車からは火が出ており、そこらじゅうに火が燃え移っている。人は地に倒れ、血が飛び散っている。
泣く子も黙るとはまさにこの事。愛奈の涙も収まった。
空には、人型ではあるが、額から生えた二本の歪んだ角。背中からは見るからに禍々しい羽。腰からは身体をいとも容易く貫きそうな鋭利な尻尾が生えたおり、それぞれのパーツは赤がかった紫の色をした生物がたたずんでいた。
漫画やアニメ、小説上での架空の生き物。
見た人は何の比喩も用いらず言うだろう。
「悪魔」だと…。
読んでいただきありがとうございます。
次回もお楽しみに。