1.非日常の訪れ
のんびり投稿します。
楽しんで頂けると嬉しいです。
非日常。通常の日常では体験、経験の出来ないもの。体育祭、文化祭、修学旅行。学生にはどれも楽しみな体験だろう。しかし、世の中は楽しみなことだけで構成されることはない。事故や災害、自分に降りかかる日常の不幸は何の前触れもなく、訪れる。
これはいたって普通の日常が地獄となる少し前の話。
何気ない日常。代わり映えのない毎日にうんざりしながら少年、尾月颯、は廊下から中庭を見下ろす。中学3年の7月、蒸し暑い気候は体力を蝕み学生のやる気を削る。颯も例外ではなく、これといってすることがないから廊下の柵にもたれ掛かっている。校舎は正方形で中央に中庭があり、廊下から直接中庭が見て取れる。教室からは活力に満ち溢れた女子やこの暑さでぐったりしている男子たちが話している。
「今日って英語の単語テストってあったっけ?」
「一時間目にあるよ」
「…終わった」
授業前のたあいもない会話は廊下にまで聴こえてきた。
「そういえば、テストあったな…」
会話を聞き、今日のテストを思い出す。
別に頭がいいわけではなく。暗記するのが早いだけで、継続して覚えることはできない。いつも授業前に暗記して、覚えたことを解答用紙にかく。基本このやり方で点がとれるから、さっきの女子のようにテストのことを考えることはない。長時間覚えられないこともないが、基本興味がないことに颯は力を入れないのだ。結果、その場しのぎの知識に過ぎない。
とくに問題はないと考えているとふいに声をかけられた。
「廊下で黄昏て何してんの?」
「…」
横目で見るとそこにはメガネ越しに目を細め、呆れ顔でこちらを見てくる和輝の姿があった。
「えーっと、何か言ってよ…」
「いつも通りうざいなお前は」
「まだ話しかけることしかしてないんだけど…」
呆れたような声で和輝が返す。
岡村和輝、小学校からの付き合いだが、颯は少しうざく感じている。具体的に言うと一言多いのだ。うざく絡まれた時の対応はこうだ。
「冗談冗談、うざいとは思ってるけど別に嫌な訳じゃないから」
とりあえず流す。
「冗談になってなかったよ?あとうざいとは思ってるんだ…」
「うん」
真顔で返す。
「傷つくな~。で、何してたの?」
「別に?なーんか嫌な予感がするなーって思って」
朝起きてから今に至るまで、嫌な予感がしていた。普段は予感など全く感じることなどないほど鈍感だが今日に限っては珍しく嫌な予感を感じていた。
「当たりそうで怖いんだけど…」
颯が鈍感なのは和輝も知っている。それゆえにめったにない俺の予感が当たりそうだと思ったんだろう。
「多分、気のせいだと思うけどな…」
しゃべり終わった瞬間にチャイムの音が学校中に響き渡った。朝礼開始の5分前の予鈴。席に着くための予鈴ではあるが、実際に守っている人は少ない。特にすることもないので教室に戻ることにした。
「戻るか~」
「テスト勉強もしないとだもんね~」
どことなく煽り口調の和輝の言葉がやっぱり気に触る颯だった。
教室に入り、自分の席に着く。
「はぁ~、授業面倒臭いなぁ~」
「颯君、本当に勉強嫌いだよね。頭良いのに」
ため息と共に愚痴を漏らすと前から悠祐が近寄って来た。
碧喜悠祐、幼稚園からの幼馴染みで家も近いことから颯とはかなり仲が良い。特撮ヒーロー物が大好きでテレビで放送されていると目を輝かせて眺めている。特に特撮が好きでもない颯も、人の好みはそれぞれと割りきって悠祐に、付き合うこともある。
「全然、授業はわかるけど、テストになると問題の形式がガラッと変わるから全然わからん」
授業は理解しても、テストではそれ以上を要求してくる。先生は本当に卑怯だと思う。せめて応用の練習くらいしてくれても良いのにと、テストが来る度に思う。
「でも結芽達よりは理解力あると思うけど?」
「颯頭良いからね~」
どこから声がすると思えば悠祐の後ろから結芽と花がヒョコっと顔を覗かせた。
東日下結芽、付き合いは小学生からでとにかく絵が上手い。おそらく颯が知るなかで一二を争うほど上手い。西美花と家が近く、登下校もほとんど一緒で颯と悠祐くらいに互いに仲が良い。花とは悠祐と同じ幼馴染みで現在は恋人という関係にある。元気で誰とでも仲良くなれる人柄は、颯はすごく羨ましく思ってる。それゆえに花に惹かれた部分もあるだろう。
「花は付きっきりで教えてもらえば良いじゃん」
「そう言うのいいから!」
隙あらばからかう結芽に、花と颯は同じタイミングでツッコミ返す。
「からかいがいがあって面白いな~二人は」
「相変わらず、颯君は女子と仲がいいよな」
懲りずにからかう結芽と便乗して乗っかる悠祐に、花と颯は顔を見合せため息をつく。
「はい、お前達席につけ~」
担任が教室に入って来ると、話していた生徒はテクテクと席に座っていく。颯の席は縦六列、横六列の席のなかで教卓を前に左縦二列、前から三番目の場所だ。悠祐は颯の後ろの席で、悠祐の後ろには和輝が縦一列に座っている。結芽は和輝から横に二列ずれたところに座っており、前に花が座っている。
「和輝は英語の単語テストの勉強してきた?」
席に着いた悠祐が振り向き和輝に尋ねる。
「うん、してきたよ。悠祐君よりちゃんとしてるから」
「そう言うところがウザイって思うんだけどな~」
やっぱり一言多い和輝の返答に颯は正面を向きながら思わず割り込んでしまう。
「冗談じゃん」
「どうだろう?和輝は卑怯なやつだからな」
「言えてる」
笑い混じりに答える和輝に対して、悠祐は疑いの目で答えた。悠祐も和輝をウザイと思っているうちの一人だ。悠祐に便乗して颯も笑い混じりで答える。ちなみに悠祐が和輝に対して君付けではないのは、単に呼びやすいからであり、苗字で呼ぶ人もいれば名前や颯のように君付けで呼ぶ場合もある。
「酷くない?」
「別に~」
和輝の反応に颯は悠祐と揃えて煽りを込めて返答した。
「はい、授業するぞ~」
担任と入れ替りで一時間目担当の英語の先生が入ってくる。朝礼は聞き流していたので気が付くと終わっていた。
「終わった…」
話していたせいで勉強してなかった悠祐からは気が抜けたような声が口からこぼれた。
「俺もかも」
同じく喋っていたせいで覚えるどころか、颯の目の前には開いていない状態のテキストが机の上にある。
(テスト…大丈夫かな)
少しの不安を抱え、授業は無情にも始まったのだった。
「…」
小テストが配布され、教室は生徒達がもくもくとシャーペンを走らせる音に包まれていた。ふいに朝から続く嫌な予感のことが颯の頭をよぎった。
(何か胸がざわつく?今までこんなことなかったのに…)
何かありそうで何もない。いつもそれがあたりまえ。颯の歩んできた人生はそんなものだ。感が当たるなんてことは、ほとんどない。だからいつも通りに気のせいだと思い込むようにしている。
(でも朝から何もなかったし…やっぱり気のせいだよな)
その瞬間、天井が急に崩れてきた。
何事も無かったかのように考えを片付けようとする颯を嘲笑うかのようにそれは唐突だった。
いかがでしたか?
本当に序盤の展開なので気軽に読んでいただければ良いかなと思っています。
次回も読んでくれると嬉しいです。