日曜日
「暇だ―」
今日で何度目か見当もつかない単語を、まるでそれが私の義務かのように呟く。本来、この日はお母さんとお出かけする予定だったんだけど、急に仕事が入って予定は消滅。一日中暇になってしまった。
朝めが覚めてから約四時間と三十分がが立った午後十二時半。漫画を読んだりゲームしたりと自由に遊んでいたが、それにも飽きてしまった私は、近所にある噴水前のベンチにだらしなく座りぼんやりと景色を見つめた。
暇。限りなく暇。
今日はお母さんとデパート行って服とか買ってもらって、一緒にお昼ご飯食べる予定だったのに。楽しみにしてたのに。
いくら嘆いたって現状何も変わらない。
噴水の目の前には大きな公園が広がっており、子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
……今日は快晴。雲一つない青空だ。
こんな天気のいい日に、いったい私は何をやってるのだろう。
時間をつぶすのと昼食を調達するため、私は一度周辺を歩くことにした。
◇◇◇
日曜日のお昼ということもあってか、絶えず車のエンジン音がガソリンのにおいを連れて横を通り過ぎる。
お母さんはいないし、今日の昼食は最悪、コンビニでもいいか。お腹すいたし、適当に菓子パンとおにぎりでも買ってどこか時間をつぶそう――そう思い、近くのコンビニへ足を運んだ。
その途中、ふとこちらに向かって走る白い車が目に付いた。救急車だ。サイレンが鳴っている、ということは患者が乗っているということ。どこかで事故でもあったのかな? こちら側に向かってくる救急車はやがて私の真横を通り過ぎ、サイレンが低い音へと変わっていった。これが俗にいうドップラー効果かなんてちょっと感心を抱く。
物騒だなぁ、とも感じながらコンビニの商品棚へ向かう。最近お気に入りのメロンパンを手に取り、かごに投げ入れる。おにぎりの具は鮭と昆布だ。最後に手ごろな水をもってレジへ向かう。千円札一枚をトレーに入れ、レシートとお釣りを受け取る。軽快な来店の音を背に、私はコンビニを出た。
どこで食べようかな……天気もいいし、外で食べるのも悪くないかも。そんなことを考えていると、お腹からくうー、と情けない音が聞こえた。朝ごはんは食パン一枚だったので割とお腹がすいてる。暫く考えた後、その空腹に耐え切れなかった私はコンビニのビニール袋に手を突っ込んだ。
何かをつかんだ。ばっ、と勢いよく取り出す。自分の手の中にあったのは、昆布と大きく書かれた文字。
昆布のおにぎりだ。
あまりコンビニのおにぎりを食べなれていない私は、その独特なパッケージを悪戦苦闘しながらも破ることに成功し、待ちきれないといわんばかりに齧り付いた。外側の海苔のパリッとした触感、少し冷えて硬いお米、一口目が大きかったせいか一緒についてきたほんのりと甘い昆布。空腹のせいもあってか、いつもよりも美味しく感じられた。
詰め込むようにおにぎりを食べる。あっという間に自分の手からはおにぎりが消えた。指先についた海苔の欠片を舌で掬いつつ、ひとまずある程度の空腹が満たされた私はこの後の予定について思考を巡らす。
お母さんが帰ってくるのがおそらく午後六時前後。今の時刻は……腕時計は持っていないので、ポケットからスマホを取り出す。表示されたのは「13:04」。……外に出てから三十分も経ってる。時間が経つのが早いなぁ。少なくともお母さんは五時までは帰ってこないので、私には残り計三時間以上の自由が与えられているということ。家に帰ってもやることなんてないし、せっかくの日曜日なので適当に遊んでみるかな。
ゲーセンか漫画喫茶か、はたまた映画館か。所持金は割とあるので、どこか文房具でも見に行こうか。
この後の予定に少し心躍らせ、いや、その前に食べる場所を決めなきゃ……そしてふと、不意に視線を上げた。
――目の前に、見慣れた姿があった。
夢だ。
見慣れた茶色の帽子を深く被り、なぜか学校指定の制服に身を包んで、おろおろと右往左往する夢がいた。なぜ夢がここにいるのだろうと、首を傾げる。けどまあ、困っているようだし、特に何も考えずに声をかけようと足を踏み出して、ふと。
「――あっ」
目が合った。
目が合ってしまった。
途端、私の足は、その場に糊付けされてしまったように動かなくなった。なにもやましいことはしていないのに、冷や汗が背中を伝う。
「……夢、じゃん。こんなところでどうしたの?」
かけようとした声は強張ってしまった。その違和感を感じ取らせまいと、極力平然と見えるように、偶々ここに居合わせたように装う。なぜそこまでするのか、何に警戒しているのか、多分自分でもわかってない。
返事はなく、夢は驚いた表情のまま固まっている。
「……朱里ちゃん」
喉から絞り出したような、掠れた声が聞こえた。
困惑して様子の彼女は、どこか怯えているようにも見える。まるで幽霊にでも会ったかのような……。
「とりあえず、移動しない? 立ち話もあれだし。」
移動しよう。自分の提案を脳内で復唱する。
とりあえず、話を聞くために座る場所が欲しい。きょろきょろと周囲を見渡し、ふと公園近くにベンチがあることを思い出した。今日の朝、ぼーっとしていた噴水前のベンチが脳裏をよぎる。ここから徒歩数分もかからない場所にあるので、まずはそこに連れていくことにした。
◇◇◇
「……ねえ、朱里ちゃん。私おかしくない?」
ベンチに座り数秒。開口一番、夢が発した言葉はそれだった。きょとん、私の顔はそんな擬音が似合う表情になっていたと思う。
「え? いや、おかしくないけど……」
戸惑いつつ、質問に答えるべくおかしいところを探そうと夢を上から下まで見てみたが、特におかしい点は見当たらず曖昧な返事を返す。そして、おかしいかどうかはわからないけど、聞いてみたかったことを問うてみることにした。
「そういえばなんで制服なの?」
「え?」
私の言葉に、今度は夢がきょとんと表情を変える。そして視線を自分の服装に向け、今初めて気付いたのかはっと息を呑んだ。
「……ほんとだ、なんで制服なんだろ」
首を傾げ、自分の服装を不思議そうに見る。
「昨日、着替えずに寝て、そのまま外に来ちゃったとか?」
「うーん……」
言い淀んだ夢の言い様に違和感を覚える。
「なんか……昨日からの記憶なくて、気付いたらここにいたというか」
……それって。
「もしかして……ついに夢も発症したのか、中二病を……!」
「なっ! ち、違うよ!」
「え、じゃあ認知症? もうおばあちゃんやめてよー」
「まだJCですから!」
茶化さないでよね、と頬を膨らました夢を見て笑いつつ、ふと。
――――ぐうぅ………。
「……」
「……」
二人の間に沈黙が走る。
「……」
すっ、と視線を夢と合わせる。ぶんぶんと首を振る夢。
すっ、とまた視線が移る。その先は私。
「……ごめん、お昼まだなんだ」
私のお腹が鳴った音だった。あはは、と思わず苦笑いを零す。左腕にぶら下げていたレジ袋から再びてを突っ込む。今度掴んだのはメロンパンだった。びり、と包装を勢いよく破り、中のメロンパンに齧り付いた。
「……食べる?」
その様子を夢がじっと見ていたことに気付いた私は、おなかが空いているのかなと残った鮭のおにぎりを差し出す。
「え、いや大丈夫だよ! 私これからだから」
おにぎりは受け取らず、申し訳なさそうに手を振る。そうか……と少しだけ残念に思いながらおにぎりをレジ袋に戻し、ついでに時間を確認。
十四時。あれから一時間近くたっていた。しかし私の時間はその倍以上ある。どうしようか……と悩むのとほぼ同時に夢と遊ぶことを思いついた。いや、けど夢も予定があったら迷惑だろうしと却下。
家に帰ってゲームでもするか……。
「じゃあ、またね」
私はそう夢に伝え、手を振りながら帰路に着こうとした。
「……うん、またね」
夢はどこか寂しそうな表情で手を振った。




