金曜日
とある金曜日の昼休み。
「はぁー……」
「どうしたの?」
無意識のうちに口からため息が零れてしまっていたようで、それに反応した彼女が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「や、別に……なんでもない」
不思議そうな彼女の表情を前に、慌てて今のため息を否定。遠慮や嘘なのではなく、これは心からの本音だった。
「そっか、ならいいんだけど」
さっきとは打って変わり、にこりと微笑んだ彼女の髪の毛が、カーテンから漏れ出た光に反射して輝いていた。
私は棚橋朱里。真栄中学校に通う中学二年生だ。
春が過ぎ梅雨に入り、特有の湿っぽい空気が漂いつつも、まだ空は青く温かい今日のこの頃、昼休みに窓辺から差し込む日の光で日向ぼっこをしながら親友である彼女――香月夢と話していた。
「もう今日は金曜日なんだし、耐えよう?」
「んー……そっか」
金曜日。
一週間が終わり、明日から休みが始まる。今日のところ残る授業は理科の小テストのみだ。なぜか今日は短縮授業らしく、毎週金曜日にある自習はなくなりいつもより早く帰れるとのこと。
「あー、小テストだるいなー……」
とはいえ苦手な教科である理科のテストが残っているのは憂鬱だ。そのことを目の前の親友に訴えるため、少し大袈裟だが机に突っ伏した。
「ただの小テストだよ? しかも簡単な単元だし」
「それでも苦手なものには変わりないんですーっだ」
どれだけ主張しようが、反対に理科が得意科目である夢にはこの苦痛が伝わらないらしい。まあしかし、この感情を無理にでも共有する気はないので、いかに私が理科が嫌いかだけでも伝わってくれればそれでいい。そう自分で納得した私に、天の声が降ってくる。
「で、復習はしないのかな? あと十分もないけど」
「します!」
そんあ天の言葉に飛び上がり、食い気味で返事。
――日の光がぽかぽかと、暖かい金曜日だった。
◇◇◇
「終わったー!」
長時間椅子の上から動けない状態が続き、凝り固まってしまった体を大きく伸ばす。ぽきり、と背中の関節が音を鳴らした。
「おつかれー」
テスト終わり、ざわざわと騒がしい教室の中を、夢が人込みを縫うようにして私のもとへ駆け寄ってきた。
「頑張ったよー夢、褒めて!」
「はいはい、お疲れ様。」
少しおふざけも兼ねてか、夢に抱き着こうと手を伸ばす。が、ぺしっと弾かれてしまった。
「もう今週も終わりか……明日は思いっきり遊ぶぞー!」
気を取り直して、やってきた週末を喜ぶ。
今週の始まりがテスト期間だったせいか、週末が少し久しぶりに感じられる。この土日は何をしようか、そんな妄想に一人浸っていると――、
「けど土曜日は一応部活だからね?」
ぎくっ。
夢の言葉に、そういえば土曜日の午前中は全て部活だったことを思い出してしまった。今日で二回目の溜め息を吐きそうになり、いやいや、部活は楽しいからいいかと不幸のもとを喉へ押し戻す。
「どうせ美術部だから絵描くだけだし、大丈夫大丈夫!」
「夏休み前には提出するやつ、完成したの?」
「……」
夢の正論を前に、ぐうの根も出ない。なんて返そうか……と、そう悩んでいた時、丁度授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
勝ち逃げされてしまった。
私の脳内に、にやりと悪い顔で笑う夢が浮かぶ。本物はそんな顔なんて絶対しないと思うけど。
そのままホームルームと担任の話をさらーっと聞き流し、後は帰るだけとなった。
まだ青空の帰り道を二人で歩く。真っ青な空に点々と映える白い雲を眺め、そろそろ夏休みも近いななんて空を見上げながら考える。そうこうしているうちに自分の家へ着く。
「じゃあ、またね」
「うん、またね!」
夢に別れを告げ、私は家に帰った。