04.初
「(吐きそう)」
誕生日から数日が経ち、今日はとうとう未来の旦那様と顔を合わせることになった。
未来の旦那様ことアレス大公殿下との顔合わせまでの間、なんとか本の内容を思い出そうとしたけどこれと言って思い出せなかった。
代わりに【今】の彼に関する情報を集めたものの、
「裏切者には死より辛い制裁を与える悪魔」
「敵国はその名を聞いただけで逃げ出す」
「一人で大隊を潰した」
「殺した相手の首を腰に巻いている」
などなど…。
かの戦争の話は華々しい活躍を聞くけど、人となりを聞けばいい話は全く聞けなかった。
いや彼は帝国の英雄だ。
そう吹っ切れたのが昨日だったけど、やはり本番を前にすると胃袋がズキズキと痛む。
「シル、今日のドレスもよく似合っているよ」
隣で手を握って一緒に歩いてくれるのはお父様。
あの日からいつも以上に気を配り、今日もこれ以上緊張させまいとドレスを…私を褒めてくれる。
確かに今日のために買ってくれたドレスは可愛かった。
フリルやリボンなどを控え、私の髪色と目がよく映える白ベースの清楚でシンプルなドレス。ポイントで目の色と同じ青い宝石が入っているのも気に入っている。
「シルはきっと帝国一の美人になるだろうね」
「ありがとうございます。おかあさまとおとうさまに似てよかったです」
確かに本にはシルフレイヤは帝国の一、二を争う美人に成長する。
それは素直に嬉しい。殺されるという未来がなければ。
「おや、まだ来ていないみたいだね」
「そのようですね」
今日の顔合わせは皇帝陛下が住むお城で行われることになっている。
何でも皇后陛下のお気に入りでもある花が咲き乱れる庭園でお茶会を提案され、私達も承諾した。
皇后殿下自慢の庭ともあってとても綺麗でまるで天国のような光景。
そこに建つ東屋で顔合わせを行うはずだが、お父様の言う通り誰もいない。
不思議に思いつつ二人で近づくと後ろから誰かがお父様を呼び止める。
一瞬警戒したがただの騎士だった。よくよく聞いているとお父様の部下であり、ここを警備する人だった。
「陛下よりご連絡を頂いております」
その言葉にお父様はピクリと止まって私には聞こえない声で何かを伝える。
悪いことじゃなければいいなぁ。
「…っんて無礼な…ッ!」
「お、おとうさま…?」
「あっ…ああすまないシルフレイヤ。シルに怒っているわけじゃないから気にしないでくれ。先に東屋で待っててくれるかい?」
「…はい、わかりました」
険しい表情に思わず心臓が飛び跳ねたけど私が声をかけると元のお父様に戻ってくれる。
こう見ると騎士団長なんだと改めて感じる。普通に怖いから元に戻ってくれてよかった。
軽く騎士に挨拶をして東屋に向かう。
きっと気のせいだろうけど、そこだけ空気が…空間が浄化されているように感じた。
座っても色とりどりの花が挨拶してくれるし、噴水からあふれる水もキラキラと光って綺麗だ。
こんな空間があるなんて凄いなぁ…。私の家にもこんな空間があったら毎日来てお花を愛でたり、読書をしたり、ティータイムを楽しんだり…。うん、色んなことができそうだ。
ついさっきまで緊張で胃が痛かったはずなのに今はこの空間のおかげですっかりと消え去っていた。
「おとうさままだかな…」
でもふと今日の本当の目的を思い出すと気分が落ち込む。
「シルフレイヤ」
「おとうさま。お話はおわりましたか?」
「ああ…」
「どうかされましたか?」
私より暗い顔をするお父様に内心焦る。
何かよくない事件でも起きたのかな?
「…はぁ……。今日お会いする予定だったアレス大公は体調が優れない為来れないようだ」
少しだけ眉間にシワが寄る。
確かに彼は「「魔力過剰症」で常に絶不調。
でも婚約者との顔合わせだよね?いや、相当体調が悪いんだろう、仕方ない。
「それは残念でした。どうぞごゆっくりお休みくださいとお伝えください」
お父様の後ろにいた騎士に向かって頭を下げると、彼は慌てた様子で返事をしてすぐに走り去って行った。
さて、私達はどうしましょうか。
「アレス大公とはお会いできないが陛下は変わらずいらっしゃるそうだ。挨拶だけして帰ろう」
できれば陛下にもお会いしたくなかったなぁ。
尊敬はしている。前皇帝に比べ穏健派の平和主義。でもこの国の一番上の御方…。緊張するに決まっている!
落ち着いていたはずの胃袋がまたキリキリと痛み始めたが、表情には出さずニコリと微笑んでお父様に賛同した。
少しあとに王宮侍女がやってきて土下座する勢いの如く謝罪を始めた。
どうやら彼女は大公の付き添いらしく出席されないこと、私達を待たせたことに謝っているようだ。
私もお父様も東屋で楽しくお喋りしていたから気にしていないし、女性に優しいお父様は「気にしなくていい」とだけ言ってお茶を用意するよう伝える。
うんうん、「弱き者を助け、強き者に挑み、命を持って主に仕える」が我が家のモットーらしいふるまいだ。私も見習わないと。
「アース」
聞き慣れない声が割って入る。
注がれたお茶に伸ばした手を止め、声のするほうに顔を向けると赤い目をした男性が申し訳なさそうな表情で近づいて来た。
お父様はすぐに立ち上がり深く頭を下げる。
「(皇帝陛下だ…)」
すぐに空気を察した私も立ち上がり、胸に手を添えて頭を下げると視界に陛下の足が映る。
そ、粗相をしないように気を付けないと!
昔から我が家の主だし、騎士団長であるお父様の顔を汚さないようにも…!
「シルフレイヤ」
「っはい、おとうさま」
「皇帝陛下だ。ご挨拶を」
「はい。お初にお目にかかります。アティルナ家長女のシルフレイヤと申します。まだ幼き刃ではありますがいつかは陛下の懐刀になれるよう日々精進しております」
我が家独特の挨拶をすると間を置いたあと「顔をあげよ」と返答。
恐る恐る顔をあげ、伏し目がちに陛下の様子を窺う。大丈夫だったよね?
「まだ10歳なのにもうこんな教育までしてるのか、アース」
「アティルナ家の者なら誰であれそう教育致します」
「いや…女の子で…。しかも俺の弟のお嫁さんだぞ?」
「どうであれ騎士の家に生まれた以上性別は関係ありません」
「まぁ……うん…。ああシルフレイヤ嬢、楽にして構わない。座りなさい」
「ごこういに感謝いたします」
「……本当に10歳か?」
「先週より」
とりあえず大丈夫そうだ。
陛下が先に座るのを待ってから自分も席に座る。
先程以上に背筋に力が入り、お茶も飲めない…。
幼い頃から礼儀作法、そして騎士道の精神を叩き込まれたおかげで自然とできているはず。
叩き込んでいてよかった。じゃなかったらきっと緊張でマナーどころじゃない。無様な姿を見せるなんて絶対にダメ!
「俺が10歳のときなんてこんな大人しくしなかったぞ? 騎士団長は辞めてロキのマナー講師にならないか?」
「ありがたいお言葉ですが辞退させて頂きます。それより約束の時間より早く到着してしまいこちらで休ませて頂きました。大変申し訳御座いません」
「ああ…それはいい。すまない」
どこか刺々しい言い方と声で喋るお父様と、雲の上の存在だというのにビクビクとしている陛下。
勿論私は口を挟むことなく二人の様子を伺っている。
「シルフレイヤ嬢」
「はい」
「うちの愚弟が申し訳ない」
「いえ。体調不良である以上ごムリをされて悪化されては婚約者の私としてもかなしく思います。私のことなど気にせずゆっくりお休みください」
「ぐっ…!」
「軍神とも謳われるアレス大公であっても風邪には敵わないとは。いやアレス大公は敵であろうと災害であろうと負けない存在だと思っていましたのに勘違いしておりました」
「…アース」
「(さすがに言いすぎでは?)」
「魔力が高い人間が風邪とは「この件に関してはしっかり言っておく。非はこちらにしかないからな!」
「(大丈夫かな…)」
「シルフレイヤ嬢、この度は本当に申し訳ない」
「(え…何でこんなに真剣に謝っているんだろう…)きっと戦場より帰還できてきんちょうの糸がとかれたのだと思います。お会いできないのはざんねんですが大公殿下のお身体が一番です。私のことなど気にしないでくださいませ」
そう言うと陛下は嬉しそうにお礼を言ってくれたけど、お父様の表情は険しい。
何がなんだかわからない…。
「せっかく来たんだ、王宮のデザートとお茶を楽しんでいってくれ。夕方までなら庭園も自由に散策してよい」
「ありがとうございます」
「アレスが来ないならロキを連れて来ようとしたんだが皇后に怒られてな」
「(ロキ皇太子…本の主人公…。いつかは会って仲良くしたいな)」
「怒られて、とは?」
「婚約者の前に他の男性に会わせてどうする、と。俺はそこらへんの気遣いが苦手でな…。皇后にもアースにもよく怒られるんだ」
「ふふっ、おとうさまもですか?」
「得意の鋭い刃を使って後ろからチクチクチクチク刺してくるんだ」
「お言葉ですが陛下。私だけなくザムスト宰相もです」
「どこにいても俺の敵ばかりだ」
「ふふっ!」
思った以上に陛下は話しやすくとても楽しい顔合わせ…もといお茶会が過ごせた。
「折角だったのに残念だな、シル」
帰りの馬車でお父様が頭を撫でながら慰めてくれる。
「風邪ですもの、仕方ありません。きっと私にうつしてしまいといけないと配慮からこうなっただけですよ」
楽しかったけど精神的に疲れていた私はうとうとする目をこすりつつ答える。
でも…陛下がおかしなこと言ってた気がする。
『来ないなら』
………。
ああ、なるほど。通りでお父様の機嫌が悪かったわけだ。