03.悩
私のハッキリとした言葉と意思に家族は何も言わずに頷いてくれた。
少し怒った表情のテュールお兄様。少し寂しそうなフォルセティお兄様。そして申し訳なさそうな両親でいつもより暗い朝食を済ませ自室へと戻る。
「陛下には承諾すると伝えるが、嫌になったら断れるか聞いてくる」
「シル、無理はしなくていいからね」
仕事に向かうお父様とセティお兄様を見送る際、そう言ってくれたけど絶対に難しい。
他に婚約者候補がいてくれたら断りやすいんだけど私一人しかいないから無理に決まっている。
「とにかく現状をはあくするためにはまず覚えている本の内容を思い出さないと!」
そう思って紙とペンを取り出す。
「とは言っても悪役夫婦だからあんまりくわしくはわからないのよね…」
ロキが主人公の小説なので、私達夫婦は初期や中盤に少し出番があったぐらいで大した情報はない。最後は殺されるだけだし。
どちらかというと叔父であるアレスのことはロキと比較する為詳細に書かれていた気がする。
「アレス…。現皇帝陛下の弟でありせんじょうでは負けなしの英雄…。それでいて生まれたときから「魔力過剰症」になやまされ、毎日じごくのように苦しんでいる…」
魔力過剰症。
その名の通り人間が持てる魔力量を大幅に超えて所持している人のことを言う。
「魔力過剰症」と呼ばれているが病気ではない。ただ魔力量が多いだけ。
なのになぜこんな呼び方をするのかというと、溢れ出る魔力にとって人体になんらかの影響を受けるから。なら病気だと私は思うんだけどなぁ…。
特に歴史上これほどまでに魔力を持って生まれた者はいないと言われるアレスの症状は、
「まんせいてきな頭痛、はき気、耳なりはもちろん。悪化すると幻ちょう、幻かく…さらに悪化すると内部から臓器をはかいし、そして再生を延々と繰り返す…」
考えただけで表情が歪んでしまう。
魔力が暴走するせいで臓器が破壊され、己を守る為に臓器が再生される。こんなのただの拷問だ…。
だけど唯一これを解消できるのが魔力解放。つまり魔法をたくさん使えばいいだけ。
「とは言ってもアレスほどの魔力をそこら辺の訓練場とかで発散すると更地になる…。だからそれを知っている陛下はアレスを小さい頃から戦場に留めている」
うん、基本のことは覚えているね。
見た目は本で書かれていた通り銀髪の赤目。
端正な顔立ちだとは書かれていたけど、少年時代の彼も相当な美男子。
「……戦争で血を浴びすぎて髪の毛も真っ赤に染まったって書いていたわね」
今はまだ幼さを残しているけど、大人になると帝国の令嬢達を魅了する美男子としても有名になる。
ただ彼女達は近寄りがたいオーラを放ち、鋭い目つきと僅かに感じる殺気によって絶対に近づくことはなかった。
「それでも英雄であることは変わりないし、格好いいから陰でこっそり騒いでいるって設定だったかしら?」
さらに性格もまた捻くれている。
幼い頃から戦場で生活しているから不愛想で冷酷。さらにはかなり図太い…いや傲慢な性格。
そんな彼でも戦況を読むのにはたけていたから部下からの信頼は厚く、懐に入ればそれなりに気安い。
「ぶあいそうで冷せい、冷こく…そんな人と結婚生活とかむずかしすぎるでしょう…」
本の私はどうやって生活してたんだろう…。
仮面夫婦?ああ、それはありえそうね。それぐらいの線引きは覚悟しておいたほうがいい。
序盤はアレス一人で戦場でいるのに、中盤からは私も参加してロキを苦しめていた。そして何故かアレスの手によって殺される。ロキを苦しめていた理由は思い出せない…。
だからアレスとは線引きしつつ戦場に出ず、ロキとは友好的な関係を築く。今思いつくことはこれぐらいかな?
「そんなカンタンじゃないことはわかっているけど…」
今はこれぐらいしか思い浮かばない。
動かしていたペンを止め、机に伏せると無意識に重たい溜息がこぼれ落ちた。
私は死にたくない。アレス…しかも旦那に殺されるなんて嫌だ。
でも【それなり】にしか覚えていない。大まかなストーリーは解るけど詳細は全く分からない。アレスが私を殺した理由が思い出せない。
「私はその本の脇役だもんね。殺したあと何か盛り上がることだけのために死んだんだ…」
再び溜息がこぼれた。
顔をあげると窓から差し込む光が優しく照らしてくれるが心は晴れない。
どうやったら生きていけるか悩みは尽きない。
「とりあえず来週に顔合わせがあるって言っていたから、せめて嫌われないように気を付けよう」