41.憎
狩猟大会なんて今までどうでもよかったし、そもそもあることすら知らなかった。
でもシルが参加すると言うから参加した。理由はただそれだけ。
一緒に狩りを楽しんで、格好いいところを見てほしかったのに「参加するならたまには第二騎士団団長としての役割を全うしろ」と兄上に言われ、一週間以上も会うことができなかった…。
と言うか、俺はトラキア大公として参加するって言ったのに第二騎士団の人手不足が重なったのが運の尽き。
それでも狩猟服を身にまとい、年相応にはしゃいでいるシルを見ると全てがどうでもよくなった。完璧に準備を整えてようと思った。
仕事さえきちんとしたら狩猟大会にも参加していいと兄上にもミリガンにも言われたので、折角なら圧倒的に優勝してシルに格好いいところを見てもらおう。
優勝賞品には「キング」と言う称号と、北部でしか採取できない貴重な宝石「雪月花」を手にすることができると聞いた。
称号なんて興味ないし、宝石もシルがあまり好きじゃないからどうでもいいが、途中でいい考えが思い浮かんで本気で優勝を狙うことに。
シルから聖物と呼んでもおかしくないイニシャル入りのリボンを胸にしまい、一番過酷で命の保障はない大物魔獣が出没するエリアに向かう。
「っはぁ…」
さすがは過酷だと言われるエリアの魔獣達。
何度か魔法を打ち込んでも、剣で斬りかかっても簡単には倒れない。
大規模な魔法で倒せるけどそれはできない。まぁ高火力の魔法を小出しに繰り出せば、その分身体も楽になるから助かる。
魔力を制御しつつ倒すのは骨が折れるが、初日にしては上出来の魔獣を倒し、休憩を兼ねながらマルスを通じてシルを覗き見る。
自身の狩猟兼俺の見張りでついて来たミリガンが睨んできたが関係ない。
一緒にいてあげられないから安全の意味を込めてマルスを連れて来るよう言ったし、頑張っているシルを見たい。そう、見たい。
北部にいる間も何度か見ようとしたが、さすがに遠すぎて見えなかった…。もう少し考えて造ればよかったな。あの時はとにかく早くシルにマルスを贈りたかったから雑になってしまった。
適当な倒木に腰をおろし、目の前にマルスの視界を展開させる魔法陣を発動させようとした瞬間、シルに渡したブレスレットから危険を告げる音が聞こえ、自動的に転移魔法が発動する。
「お前なんかが大公妃なんて相応しくねェんだよッ! 4年間も放置されていたのに図々しくその座に座りやがって! とっとと婚約破棄されて消えちまえッ!!」
「―――テメェが消えろや」
聞いたことのない声の知らない人間が俺の大事なシルを傷つける言葉を発した。
反射的に言い返し、シルに防御魔法と消音魔法をかけて背中で守る。
目の前には自分と同じ銀髪の大男…。
こいつがテュールが言っていたカリュオン家の……シルが唯一嫌っている憎い人間。
そう認識した瞬間、戦闘のスイッチが入る音がした。
だけど冷静に、とにかくこいつをシルから離すのが先決だと判断し、風魔法で吹っ飛ばす。
きっと怯えているであろうシルを見たら、僅かに残っている理性も切れそうだったし、こいつから引き離してあげたいのでテュールのところに転移させた。
加減していたはずができておらず、あいつ…ああ、サルトラだっけ?そいつはかなり遠くまで飛んでいた。
大きく息を吸って吐き出すと、大量の白い息が空へと消えていく。
「初めまして、サルトラ・セヴァイス・カリュオン」
ぶっ飛ばした際に大木に背中を打ち付けたらしく、息が乱れていた。死ねばいいのに。
ゆっくり近づき、目の前に屈んで丁寧に挨拶するも、睨まれるだけで返答はない。
お前がシルを傷つけたんだろうが、なに睨んでんだ。本当に殺してやろうか。
ここが戦場だったら殺してもどうとでもできるのに歯痒い。
「っぐ…う…! て、っめぇ…!」
「なに、俺のこと知らねぇの? 北部の連中は魔獣だけを相手にしてる田舎者だもんなぁ…」
殺したい。殺してやりたい。シルに誰か近づくのが怖い。嫉妬でどうにかなりそうだ。
婚約者候補だったと言う事実も、シルを怖がらせ、困らせていると言う事実も…。こいつを殺して解決してあげたい。
髪の毛を掴んで無理やり視線を合わせると、灰色の目がギラリと光る。
「アレス・セヴァイス・ルードラ。シルフレイヤ・アティルナの婚約者だ」
「なん…っで…!」
「は? 何で? 大事な婚約者が怪我でもしたら大変だろ? 例え小動物であろうと魔獣であろうと、ましてや人間であってもシルに危険が及ぶなら俺が守らねぇといけない。で、そんな大事な婚約者にお前は何してんの?」
掴む力をさらに込めると顔が歪む。
イライラする。何でシルの心を傷つけたこいつが顔を歪めてんだ。
「うぐっ…。何故……あ、んな奴と…婚約した……っのですか…!」
「はぁ?」
魔法で短刀を取り出し、視線を外すことなくそいつの右手に突き刺す。
シルを剣で傷つけようとした右手なんていらねぇよなぁ?一生地面とくっついてろ。
「ああああッ!!」
「おい。おい、サルトラ・セヴァイス・カリュオン。悲鳴なんてあげてねぇでよく聞け。俺が婚約したんじゃねぇ、シルにまた婚約してもらったんだよ。シルには何事もなく、平和で幸福な日々に包まれている人生を送ってもらうことが俺の幸せなのに…! それが俺の罪滅ぼしなのにッ! それなのにテメェは!」
無意識に右手に刺した短刀に力が加わる。
「お前が過去にシルを傷つけ、泣かせたせいであのクソ兄共が邪魔してくんだよッ! …ああ、でもそのお陰で俺と婚約できたのには感謝している。感謝しているが…! ああクソッ! シルに唯一の嫌いな人間がいることもムカつく!」
どんどん溢れるごちゃごちゃした感情と殺意に、魔力が抑えられない。
頭の片隅では「落ち着け」と冷静な自分が少しだけ残っているが、こいつを見るだけで冷静な自分が消えていく。
「…っはは…。なんだ…あんな人間まがい、…に本当に惚れているのですか…」
「黙れ殺すぞ」
「あんな女、大公殿下に相応しくありませんよ…。っぐぅ…!」
「俺に。じゃなくて「シルに」俺が相応しいかどうかなんだよ。先に裏切ったのは俺なのにシルは……!」
「魔獣に魅了されるとは…。英雄も落ちたものですね」
嘲笑された瞬間、短剣を抜き、首を狙う。
―――殺す。
それしか考えられなかった。
「アレス様ーーっ!」
「っクソ…!」
理性を失ったはずなのにシルの声で一気に引き戻される。
シルに人を殺すとこは見られたくない。見せたくない。
ただその一心な思いに手は止まり、反対の手でサルトラに転移魔法をかけその場から消し去る。
一瞬のことだったからどこに転移させたかは解らないが、ここから少し離れた場所だから大丈夫だろ。本当は殺したかった。
「アレス様!」
「…」
落ち着け。殺気も抑えて、いつもの態度でシルに接しないと…。
「アレス様、大丈夫ですかッ!?」
「―――ああ…。大丈夫」
汚い血が付いた短剣も消して振り返ると、頬を赤くしたシルが自分に駆け寄って来る。
今さっきまで精神を殺意で侵されていたのに、彼女の声と顔を見た途端どこかへと消え去っていく。
彼女は本当に女神じゃないのか?あの男のことなんでどうでもよくなる。
「いきなり転移魔法使ってごめん。大丈夫だったか?」
「私は大丈夫です。それよりアレス様は…。あの、サルトラ様に何か言われたり…」
俺のことを心配してくれるシルはやっぱり可愛い。愛しい。ずっと俺のことだけ考えてくれ。
自分のことより相手の…俺のことが心配で急いで駆け寄ってくれる健気なところも、心配で心配で今にも泣きそうな表情も何もかもが愛しい。
抱き締めたいけどシルの後ろで睨んでいるテュールが邪魔でできない。どっちしろ魔獣の返り血で汚れているからそんなことできない。
「サルトラ卿のことなら心配しなくていい。適当に会話してシルに近づかないよう注意したら狩りに戻って行った」
「そうですか…?」
「大公として命令したから大丈夫。安心してくれ」
勿論嘘だが、あとでその通りにする。
ニコリと笑顔を浮かべると、あからさまにホッとした顔をするシル。
やっぱり殺しておいたほうがよくないか?あ、でも殺してしまうとシルの唯一の嫌いな人間として、彼女の心に残ってしまうのはムカつく。
チラリとテュールを見ると、睨みながら感謝するように頭を下げる。
「シル、今日はもう止めにしてテントでゆっくり休め」
「…そうですね。そうさせてもらいます。お兄様、私はテントに戻りますのでお兄様は狩りを続けて下さい」
「そうするが…。その前にテントまで送る」
「アレス様もまだ続けられますよね?」
「勿論。思った以上に楽しくて張り切っていたところだ」
「それなのに助けて頂いて…。あのっ、遅くなりましたがありがとうございました。とても心強かったです!」
「シルの無事が一番だから気にしないでくれ」
「ありがとうございます」
本当は俺がテントまで送りたかったけど、気になることがあるのでテュールに譲る。
いつもの笑顔に戻ったシルを見送り、再度転移魔法を使った。




