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32.喧

「お久しぶりです皇帝陛下。今日はこのような時間を設けて下さり誠にありがとうございます」

「ああ、久しぶりだなアティルナ嬢。気軽にしてくれ」


昔と変わらない神秘的な庭園には我らが主、皇帝陛下が既に待っていた。

最高礼とともにお礼を言うと陛下は笑って手を振り、席に座るよう勧めてくる。

笑った顔はやはりと言うか当たり前と言うか、アレス様に少し似ててほんのり緊張が和らいだ。

弟であるアレス様は軽く頭をさげるだけだった。

うーん、弟であっても相手は陛下なわけだし、もっと礼儀を尽くす方だと思ったけどそうではないのね。

彼らには彼らの仲があるのだから口を挟んだりはしないけど、ちょっとビクビクしてしまう。


「シル」

「あ、はい」


陛下への対応とは180度違い、私が座る椅子を引いてくれる。

対応の差に怒られないかなと座りながら陛下を伺うも、陛下はニコニコと楽しそうだった。


「まさかアレスがここまで丁寧に接するとは。昔のことが嘘のようだな」

「相手がシルなら当たり前です。それとブランケットも頂けますか。今日は少し風が強いですから」

「はははっ! 解った解った」


近くに控えていた侍女に合図を送ると、すぐに見たことのない模様のブランケットを用意してくれた。


「ありがとうございます、アレス様」

「風邪を引いたら俺は何もできないからな」

「うんうん、成長したなぁアレス」

「シルにだけです」

「だからあれほど会えと言ったんだ」

「それは誰よりも俺が一番後悔してます。だからこそ謝罪の意味も込めて誰以上もシルを気遣っています」

「わはははは! アティルナ嬢、アレスの言葉に嘘はないか?」

「はい。本当によくして頂いております」


言葉通り本当によくして頂いている。

タウンハウスとは言え、あの邸宅に私専用の部屋だけじゃなく庭園まで用意してもらったし、第二騎士団や魔導士邸にも快く案内してくれた。

それに魔法に関する勉強会も忙しい中時間を作って教えてもらえているし、人間に慣れた貴重な魔獣も譲ってもらえた。

たまに意地悪だけど、常に紳士的に対応してくれるし文句なんて一つも出てこない。

たかが「魔力吸収マギアインヘイル」ができる私にとっては勿体ない御方だ。


「そうかそうか、それはよかった。お前達が仲良くしていると第一騎士団と第二騎士団の問題も解決できそうだからこのまま頼む」

「私にできる限りのことは致します」

「シルに負担をかけるようなことは言わないでくれ」

「じゃあお前が何とかしろ。帝国の騎士同士だって言うのに何であんなに仲が悪いんだ。騎士団は力が全てだろうに貴族だの平民だの…。内輪で争ってる時でもないぞ」

「プライド高い貴族と生意気な平民が仲良くできるわけないだろ」

「それをどうにかするのが団長であるお前の役目だろ。いくら英雄だと言われても全部を全部副団長に任せるなんて聞いたことない」

「ハッ! 適材適所ですよ、皇帝陛下」


仲……いいはずだよね…?

用意された紅茶を飲もうとしても、この空気に気圧され動きを止めてしまった。


「ああ、ごめんねシル。別に喧嘩しているわけじゃないから気にせず飲んで。皇城のデザートはどこよりも美味しいぞ」

「お、お気遣いありがとうございますアレス様。楽しみにしてきたので頂戴しますね」

「アティルナ嬢への優しさを俺にもよこせ」

「兄上であろうと誰であろうと無理な話だな」

「アティルナ嬢、本当にアレスは優しいか? やっぱり婚約破棄するか?」

「兄上ッ!」

「とんでもありません。私には勿体ないぐらい良くして頂いております」

「昔のことがあるから当たり前だ」

「……はぁぁ…。うるせぇなぁもう。俺とシルの邪魔すんなら第二騎士団と魔導士達連れて独立するぞ」

「できるもんならしてみろ。アティルナ嬢が泣くだけだ」


仲、いいよね!?

気を落ち着かせる為に紅茶を飲んだけど、二人の雰囲気に圧倒されつい喉をゴクリと鳴らしてしまった…。

アレス様は魔法も剣も優れている方だけど皇帝陛下も負けていない。

ここで兄弟喧嘩ならぬ謀反なんて起こした日にはどうしたら…。そうなる前に婚約者である私がなんとかしないといけない!?


「アッ、アレス様! 陛下の悩みを一つでも減らすべく夫婦二人で尽力致しましょう。微力ではありますが私も頑張りますので!」

「ふうふ……。そうだな、シルがそう言うなら頑張ろう」


二人で。と最後に付け加えると、優しい笑みを浮かべて滲み出ていた殺気が消し飛んだ。

そんな様子を見て陛下は少し驚いたように目を見開き、ジッとアレス様の顔を見る。


「お前もそっちなのか」

「これで少しは安心できましたよね」

「それはそうだが、別の意味で変わらず怖いままだ」


ん?「そっち」とはどう言う意味?

かと言って口にするような雰囲気でもないから黙って二人の会話を聞く。

ふと陛下と視線が合うと満足そうに頷いていたので、意味も解らず私も笑顔を浮かべて頷いた。


「そうそう、今日はアティルナ嬢に紹介したい奴がいるんだ」

「私にですか?」

「できれば俺は嫌なんですが」

「あんなに可愛がっていたのにアティルナ嬢に対してはやっぱり厳しいな。まぁ解らなくもないが。紹介したいのは俺の息子だ」


息子………と言うとロキ皇太子殿下!?

ま、まさかこんな…こんなタイミングで本の主人公であるロキ皇太子に出会えるとは!

想像していなかった展開にまた身体が固まった。

本の主人公であるロキ皇太子に出会えるのは嬉しい。

でもその反面、アレス様を殺す人となると身構えてしまう…。

そもそも二人はどんな仲なんだろう。仲のいい兄の息子であるからそこまで悪くないとは思っているけど…実際はどうなのか知らない。

アレス様を倒したあとの彼の心情は書かれていなかった……ああ、やっぱり思い出せない。

最近、本当に本の中の出来事なのか自分の妄想なのか解らなくなってきた…。だって色々とおかしい。でも合っていることも多い。

色々と考えているうちに人の気配を感じて意識を取り戻すと、アレス様同様の銀髪と赤い目をした少年が侍女と一緒に立っていた。

まだ幼さを残すものの気品に満ち溢れ、この方が将来自分達の主になるのかと思うと自然と背筋が伸びる。

椅子から立ち上がり彼に対しても最高礼と挨拶をすると、ニコリとまるで天使のような笑顔を浮かべ、同じように頭を下げた。


「クヴァング侯爵アティルナ家が長女、シルフレイヤ・アティルナと申します」

「初めましてアティルナ公女。父上からではありますがお噂は聞いております。年齢も近いと聞きましたし仲良くしていただけるとうれしいです」


その美貌に加え、まるで脳に直接響くような甘い声は心地よかった。

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