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31.向

「シル、もしかして緊張してる?」

「はい。何度赴いても緊張します…」

「別に大したことない城だけど緊張してるシルも可愛いね」


ガタンガタンと揺れる馬車内の真正面に座るアレス様は、今日も変わらず穏やかな表情を浮かべ、緊張している私を見てはクスクスと笑っている。

今日は久しぶりに皇帝陛下に呼ばれ皇城へと向かっていた。

内容は大したことではなく、アレス様と仲良くやっているかなどの近況を聞きたいらしい。

アレス様にとっては実家なわけだし緊張しないのも当たり前な話だけど私はただの貴族…。緊張するに決まってる。

そもそも最高位貴族である三大公爵家や皇城勤めの貴族でない貴族は滅多に入れない。

私は王弟殿下の婚約者であるから入れるわけで…。この肩書がなければ侯爵令嬢が入ることなんて滅多にない。ああ、口から心臓が出そうだわ…。


「兄上にムカつくこと言われたら殴っていいぞ」

「でっ、できるわけありませんよ!」

「大丈夫、俺がなんとかする」


私を緊張から解すために言っているのか、本気で言っているのか解らない口調。おまけに笑顔のままだから余計に解らない…。

仲が悪い。と言うわけでもなく、逆に信頼感があってこその軽口なんだろうけど、心臓に悪すぎて余計に緊張してしまう。

二人の仲が良好なのは帝国民なら全員が知っている事実。

二人は異母兄弟だが、年齢が離れているのもあって皇帝陛下はアレス様を息子のように大層可愛がっていたと聞く。それは今の関係を見ても疑うことなく信じられる。

そしてさらに仲がよくなったと言われるきっかけ……元凶が二人の父親である前皇帝陛下。

二人の父親とは思えないほど戦争に狂った方だった。

その前の皇帝、つまりアレス様の祖父となる方も西部侵攻に力を注いでいたけど、前皇帝はさらに東部にまで手を出し、冷戦だった東部戦争に火をつけた方だ。

もっと言うとアティルナ家の本邸がある南部領でも戦争を起こそうとしたらしい。

南部には隣接する他国はないけど、海を挟めば別大陸が存在している。そこは南部領で交易している大事な相手だ。だけと戦争を起こしたいから起こそうとした。本当に狂ってる…。

でもさすがに交易で帝国一の資産と食料を担っている為、南部を納めているゲルデオン公爵が強く反対して事なきを得た。

とにかく。北部以外の方向に戦争を仕掛けた方で、それがアレス様と皇帝陛下の仲を固める原因となった。

それから皇帝陛下が成人を迎えて数年後、前皇帝は病気で亡くなった。

そう聞いてはいるが二人の手によって殺されたとも噂で聞く。ここは本人に聞くつもりはないから真相は解らない。

穏健派である皇帝はすぐに戦争を止めたが、勿論隣国もやられたままにはいかない。たくさんの人が殺されたんだ、当たり前の話。

そして皇帝陛下はアレス様を戦地に向かわせた。

これは私の勝手な推測ではあるけど、戦争を止められないと解っていながら停戦を宣言したのは本音なんだろうけど、アレス様を向かわせる「言い訳」にもなる。

私と出会ってからアレス様を戦場へ向かわせなくてもよくなったから、これからどうするのは解らないけど、今も西部だけは小競り合いを続けている。


「もうすぐ到着するな」


アレス様の声に意識を現実に戻すと、いつの間にか隣に座って手を握られていた。

呆気にとられている私の顔を見てさらに笑う。


「シルはたまに意識がどこかに飛んでいくよな」

「申し訳ありません。色々考えてしまって…」

「今はどんなことを考えていた?」

「…アレス様と陛下は仲がいいなぁと」

「それほどでも? 仲がいいってのはアティルナ家兄妹のことだと思うよ」


先程の笑顔とは打って変わって心底嫌そうな顔をして溜息を吐くけど、ここ最近頻繁に顔を合わせているお陰でアレス様とお兄様達の仲は前に比べて良くなった。…そう思いたい。

特にアレス様とテュールお兄様は年齢も一緒なこともあり、お互いを呼び捨てにして元気に遠慮なく口喧嘩するほどには仲良くなっている。

勿論他の人がアレス様にそんな無礼なことをしたら不敬罪で捕まってしまうのだけど、何だかんだ言いながら喧嘩している姿を見るとお互い本気で嫌がっていないことは解る。

テュールお兄様の前だと素のアレス様が見れてちょっと新鮮で、私も楽しいから口を挟まないようにしている。


「昨日の勉強会もテュールがネチネチうるさかった」

「でも授業中は真面目ですよね」

「見た目に反してはな」


また溜息を吐きながら私の頭に寄り掛かる。

ブツブツとテュールお兄様の悪口を言っていたけど、どこか楽しそうだったので黙って頷く。


「ああ、ついたな」


それから数分もしないうちに馬車が止まり、窓の外を見ると目的に到着していた。

相変わらず美しい…。ああ、さっきまでリラックスできていたのにまた緊張してきた…。


「大丈夫。俺がいるからシルが困るようなことは起きないよ」


先に降りたアレス様が手を差し出して私を待つ。

緊張はするけどアレス様は信じられる。


「はい、信じております」


大丈夫。ただお話するだけ…。10歳の頃にも体験したし、あの頃のように無礼をしなければいい。

深呼吸して馬車から降り立つと、緊張とは違う【何か】に襲われ、心臓が高鳴る。

何だろう…。皇城に到着してから緊張より不快感が増した気がした。皇帝陛下に対して何かあるわけでもないのに、何故不快感が生まれる…?


「(行きたくない…)」


それでも笑顔を作り、アレス様と昔出会うべきだった懐かしい庭園へと向かった。

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