27.邸
「趣があります…ね?」
「魔法にしか興味がねぇ奴らでな。ただ汚いだけだよ」
先日、第二騎士団の本拠地であり、アレス様の職場を見学させてもらった。
同じ騎士団でも第一騎士団と第二騎士団では全く雰囲気が違ったのもあり、楽しく見学させてもらった。
それにあの英雄と言われるアレス様との手合わせもとても勉強になった。
お兄様ともお父様とも、うちの騎士とも違う剣筋…。そして感じたことのない殺気。まるであの場所が私の死に場所と思うほど殺伐として緊張感が持てた。
勿論、本のように殺されてしまうのでは?と怖くなったけど、私には指輪がある。それでも怖かったけど…。
オットライト卿とは初めて顔を見合わせた方だったけど、とても優しく接して貰えたし、最後の最後まで気遣って頂いた。
「隊長ー、今日は時間通りっすねぇー。いつもだったら適当なのに。あ、その前に来ないか!」
そして今日は魔導士達が集まる邸、通称「魔導士邸」へとやって来た。
第二騎士団と同じように帝都から少し離れた森の中に建てられた少し怪しげな邸。
前庭には可愛い花が咲いてるけど少し怪しげに見えるのは気のせいだろうか…。邸の壁には蔓が絡みついていて、夜に訪れると身震いするような怪しさがある。
呆然と眺めていると、ギギッ…と音を立て、玄関から姿を現したのは茶髪の青年。
アレス様に対して親しい口調と、気軽な雰囲気で駆け寄り凄い勢いで喋っているけど、アレス様は何も言わず機嫌悪そうな顔を浮かべて睨んでいた。
神官に似た黒ローブ。うう、夜にここで見たら幽霊だと勘違いしそう…。
「おいシルに近づくな」
青年が近づいてきた瞬間、アレス様の背中で隠される。
大人しく紹介を待っていたけど彼のお喋りが止まらず、落ち着いた頃合いを待ってようやくアレス様が口を開いた。
「え、ほんとに婚約者連れて来たんすか!? マジか、マジかぁ! こんちはー、フォボス・リッヘンでーす!」
「近づくんじゃねぇって!」
アレス様の言葉を無視して背中に隠された私を見つけるとグイグイと迫ってくる。
そんな彼の顔面を掴んで引き離そうとするけど、彼…リッヘン卿は物ともせず喋り続けている。
「えー、めっちゃ小さくて可愛いじゃないっスか! 何歳なんすか? あ、俺のことはフォンって呼んでもらって構わないんで! 一応伯爵家生まれではあるんスけど三男坊だし縁切ってるんで平民として扱って下さい! あ、俺から家を飛び出しただけなんで暗く考えなくていいすよー」
「いい加減にしろ!」
「今まで来るもの拒まず去る者追わずだった隊長がまさか「殺すぞ」っと…はぁい! すみません、喋るの好きで! あっ、握手いいスか?」
圧倒的すぎる勢いに久しぶりに頭が真っ白になってしまった。
アレス様は近づいてくるリッヘン卿を私から引き離そうとしているが、彼はそんなことでは怯まない。
殺意を向けられているというのに彼は笑ってそれを流しているのも凄い…。私だったら絶対に泣いてる。
「初めまして、フォボス・リッヘン卿。クヴァング侯爵アース・アティルナの長女、シルフレイヤ・アティルナと申します。年齢は14歳です」
「14歳ぃ!? 隊長って19歳でしたよね!? 幼な妻とか最高じゃないっスか! あ、貴族だからこれぐらい普通か! でも羨ましい!」
「シル、帰ろうか」
「アレス様!?」
「こいつが休みだって聞いたから今日にしたのに…。シル、見ての通りうるさくて殺したくなるほど余計なことを喋って邪魔だから帰ろう」
「うんうん、こんな可愛くていかにも守ってあげたくなっちゃう子だから他の連中に会わせたくない気持ちも解りますよ…。でも戦場にいたときは年上ばかり相手にしてたし、ずっと婚約者無視してきたのに何でいきなり? 好みが変わったんスか?」
「それはお前らの話であって俺じゃねぇだろッ。本当に死ぬか? 便利だから生かしておいたがもう必要なさそうだ」
アレス様と一緒にいるとたまに訪れる音のない世界。
なんでも、私には聞かせたくない下品な言葉が溢れているかららしい。
リッヘン卿がコロコロと表情を変えて何か喋っているけど何も聞こえない…。
前にもあったけど音が聞こえなくなる魔法だなんてどうやって作り出したんだろう…。属性すら思い浮かばない。
「俺が死んだから今の研究も隊長の代わりにやっている仕事も大変なことになりますよ!」
「じゃあ消えろ」
もとに戻ったと思った瞬間、アレス様の言葉と同時にリッヘン卿がその場から消え去った。
「……リッヘン卿はどちらへ?」
「うるさいから家に帰した。無礼な奴をシルに会わせたくなかったんだが…気分は悪くないか?」
「いいえ、明るくて楽しそうなお方でしたし大丈夫ですよ」
「余計なことばかり喋るから適当に聞き流してくれ」
「ふふっ。途中からアレス様の魔法で何も聞こえなかったので聞きたくても聞けませんでした」
「本当に余計なことしか言わないクソ野郎だ…。おまけに空気も読めない」
そう呟くアレス様からは殺気が漂っていた。
私に向けられたものではないけど、少しだけ緊張してしまう。
それに気が付いたのか慌てて謝罪しながらいつものアレス様に戻ってくれた。
「魔導士としてはかなり優秀なんだがどうも性格が合わなくて…。見ての通りお喋りで相手をするのが疲れるんだ…」
重たい溜息を吐きつつ邸へ案内してくれる。
邸宅内は外観とは違い綺麗に整っており、余計な装飾がされていないシンプルな景観だった。
玄関ホールを囲むのは天井まで届く大量の本。時々勝手に本が動き出し、どこかの部屋へと飛んで行く。
と思ったら魚群のようにたくさんの本が戻ってきた。
「わぁ…凄いですね。本が泳いでいるみたいです」
「大体の魔導士は自分の部屋にこもって研究やら実験やらしてるから、無機物が勝手動くよう魔法をかけてるんだ。楽しんでもらえたならよかった」
「アレス様もお部屋もありますか?」
「いや、名ばかりの隊長だからないんだ」
その言葉だけに色んな理由があるんだろう。
最強の魔導士だから取りまとめているだけ…牽制しているだけの存在。
そういう言い方に聞こえたけど何も言わず頷くことしかできなかった。
「では皆さんの邪魔にならないよう気を付けてますね」
「そんなことシルが気にしなくていい。好きなように見学してくれ」
微笑んで差し出された大きな手。
優しい気遣いと私を大事にしてくれる想いに思わず笑みがこぼれ、自分の手を添える。
「ここはアレス様に頂いた温室に似てますね」
「温室という名の実験室だが、造りが見事で真似させてもらった。少し休もうか」
「はい」
魔導士邸は思った以上に広かったけど、大体が個人的なお部屋(実験室)なので見学することはできなかった。
ぐるっと回り、共同施設や見たことのない魔道具などを見せてもらう。
見学というより遊びに来たみたいで興奮してしまったけど、アレス様も笑いながら色々と教えてくれた。
邸の奥にはアレス様のタウンハウスに用意してくれた私専用の温室に似た庭園があり、池の真ん中に建てられた東屋で休憩することに。
すると、どこからともなくお茶とお菓子のセットがふよふよと飛んで来て、勝手にティータイムの準備を進めてくれた。
「本当に凄いですね…。全部自動で動いてくれるなんて」
「お茶の準備をするぐらいなら研究をしていたい横着な奴らがたくさんだから重宝してる。ほら、シルが好きな紅茶とお菓子だ」
用意されたものはいつも食べる大好きなフルーツケーキと紅茶。
きっとアレス様が準備してくれたんだろう。
「あーいいっすねぇ! あの隊長がこぉんな笑顔見せるなんて!」
「ぐっ…!?」
「シルっ!」
「そもそも女性に優しい隊長とか超ッレアっすよ。よっぽど気に入ってるんだろうけど、何で惹かれてんスか? 観察してー!」
油断していたとは言え、割って入った声に驚き紅茶が別の器官に入って咳き込む。
アレス様に背中を擦ってもらいながら声の主を見ると、先程消えたはずのリッヘン卿が座ってケーキを食べていた。
すぐにアレス様が手を掲げたけどニヘッと笑って「無駄っすー!」と人差し指を振る。
「隊長だけが使う俺専用の空間移動っすけど、解析できたんスよねぇ。だからいくら飛ばしても俺にはもう利かないっすよー」
「お前に魔法の才能を授けた神を殺したいな。シル、大丈夫か?」
「ごほっ…! お、お見苦しいところを…けほっ!」
「こいつが悪いから気にするな」
吐き出さなくてよかった…。
ハンカチで口元を拭って一息つくとリッヘン卿の視線を感じて目を向ける。
茶髪に鮮やかな金色の目。まるで星のように輝いている。
「綺麗な碧眼っすね」
「ありがとうございます。リッヘン卿もとても美しい目ですね」
「フォン」
「褒めただけじゃないっスかぁ! 拘束魔法かけないで下さいよ! あと視界奪うのも!」
「見るな。シルが減るし汚れる」
「そんなこと言われても俺だけじゃなく他の奴らも気になってんスよ?」
「知ってる。あんだけ言ったのにコソコソと「眼」を忍ばせてんだからな」
言ってる意味は解らないけど視線は感じていた。監視されているのかな?
「あ、シル嬢ご安心下さい。貴女に害をなすことは絶対に絶対にぜぇぇったいにありません。そんなことしたらこの邸どころから魔導士全員いなくなっちまう!」
「そんなこと思ってませんので大丈夫ですよ」
「おい、名前で呼ぶな」
「え、ダメっすか?」
「私は構いませんよ?」
「俺が嫌だ。お前貴族だろ、マナーは守れ」
「隊長にマナー云々言われるとかウケるっすね! つーか俺は元貴族だし、シル嬢「フォン」……っはぁ! 執着しすぎるとよくないっすよ、隊長。アティルナ公女も大変ですねぇ」
私は気にしていないけど、アレス様の圧にリッヘン卿は呆れた顔で溜息を吐いた。
身近なものには信頼を寄せているって本に書いてあったけど…リッヘン卿はどっちなんだろう?
喧嘩するほど仲がいいっていうし、リッヘン卿はアレス様が怒っていても楽しそうに笑っているしそれなりに良好なのかな?
「ところで何で戻って来た」
「もっとアティルナ公女を観察したいってのもあったし、解析できたし報告をーと思って! あ、それと折角遊びに来てくれたんだから紹介したい子がいて!」
リッヘン卿の婚約者かな?と思ったけど、彼は指をくわえてピュー!と音を鳴らす。
すると入口から何かが駆け寄って来る音が聞こえた。少し身構えてしまったけど「それ」の登場に胸が高鳴る。
それは私の胸ぐらいまである大きい、帝都でも見たことのない黒い犬だった。
思わず立ち上がって到着を待っていると私の目の前で立ち止まり、大人しく座って見上げてくる。
とってもとっても格好よくて可愛い!
アティルナ騎士団の中にも番犬として飼育しているけど、お父様にもお兄様にも近づかないように言われている。
だけど私はずっと触りたかった!だってあんなに格好よくて可愛くて、それでいてモフモフに触りたい!
「あ、あのっ…触っても…?」
ジッと見上げてくる金色の目も格好いい!
同じ金目のリッヘン卿に許可を求めるとニコリと笑って「どうぞ」と答えてくれた。一応アレス様も見ると彼も同じように笑う。
「ひゃー…! 可愛い…可愛いねぇ! 毛もふかふかで気持ちいいし、大人しいし……ああっ、可愛い!」
そっと頭を撫でると思っていた以上に毛は柔らかくて気持ちよかった!大人しく触らせてくれるのも可愛い。えらい!優しい!
「あっ、この子の名前はありますか?」
「実験No,27だか「おい」っあー、ニナっす!」
「ニナ? 女の子なんですか?」
「いや、オスっすねぇ」
「ニナ君…ニナ君かぁ…。ニナ君可愛いねぇ、いい子いい子」
ああ言葉を失うほど可愛い!
撫でるだけでは足りずしゃがんで抱き着くと喉の奥がグルルと鳴って頬を舐められる。
少しザワザラしていてくすぐったかったけど、それすらも愛おしくて抱きしめる腕に力が入る。
「嬉しいっすか?」
「はい、すっごく!」
「何でシルの頬を魔獣が舐めてんだよッ! どんな躾してんだテメェ…」
「えぇ…喜んでんスからそんな怒らなくても…」
「でも見たことのない種類の犬ですね。我が家の犬もここまで大きくありません」
「あ、それ魔獣っすよ」
「ええッ!?」
魔獣とは通常の動物が魔力を持って生まれた存在だそうで、強い力を持って人間に襲い掛かってくる恐ろしい存在。
魔獣に関してはそこまで詳しくないけど、彼らは人間に対して敵意を持っているらしくどこからともなく表れても被害を及ぼす。
帝都に出て来ることはないけど、帝都から離れた街や村には現れる。
大体は少数な為、街や村に存在する警備兵や討伐隊、または魔獣討伐を専門とする人達によって倒されていると聞いている。
それが大規模になると第二騎士団が出動することになっている。
「魔獣を…手懐けているのですか…?」
「元々が犬だしいけるかなぁって! そしたらいけたんスよ、凄くないっすか! あっ、絶対に噛まないんでそこは安心してもらって大丈夫っすよ!」
魔獣は怖い存在だと思っていたけど、目の前にいる犬、の魔獣は大人しくて可愛い。
「ニナ」
名前を呼ぶとまた喉の奥を鳴らして擦り寄る。
うん、怖くない。可愛い。
「ニナはリッヘン卿が飼ってるのですか?」
「まぁ俺が一応飼い主かな? つっても他の魔導士が面倒見たりしてるっすよ」
「ではここに来たらいつでもニナに会えますか?」
「もっちろん! 好き勝手駆け回ってるからそう簡単に見つけられないスけどねぇ」
「アレス様」
また来たいです!と気持ちを込めて見上げると、彼は珍しく困った顔をしていた。
「シルが望むならそうしてあげたいが…。ここは本当に変人しかいないからあんまり来てほしくない。危険な魔道具もあるし…どちらかと言えば第二騎士団のほうに来てほしいかな」
「そう…ですか…。残念です…」
「いや俺と一緒なら問題ない」
「ありがとうございます、アレス様!」
「激あまのゲロよわ」
「汚い言葉使うんじゃねぇぞクソ野郎」




