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26.惑

第一騎士団に比べると素朴で汚い第二騎士団の本拠地。

そんな場所を案内するのは嫌だったが、シルは思っていた以上に楽しそうに笑ってくれた。

今度来るときにはもっと綺麗にしておこう。魔導士部隊の奴も使えばあっという間に綺麗になるだろ。


「最後は訓練場だ」

「第一騎士団に比べると広いですね」

「帝都内に比べてここは土地が余ってるからな」


解っていたが外に出るとシルに注目が集まった。

確かにシルはまだ成人を迎えていないのに気品に溢れ、それでいて帝国一可愛い。おまけに女がいないのもあって余計に目立つから自然と目がいくのが解るが、許されるわけではない。

少し殺気を放てば姿を消してくれるのでシルは気づかず見学を楽しんでいる。

だけど訓練場はそうもいかなかった。

何人もの野郎どもが自主訓練を行っており、シルの視界を汚す。

睨みつけると逃げるように去って行ったが、シルが少し残念そうな顔をしていた。

一瞬誰かに見惚れたのか?と焦ったが、どうやら挨拶ができなくて憂いているだけだった。


「仲良くなるのは難しいですね…」


きっと自分が第一騎士団団長の娘だから。という理由で避けられていると思っているんだろう。

悲しませるようなことをしたあいつらの態度は気に食わないが、俺のせいだってこともあって何も言えない。


「アティルナ公女も剣を扱いますか?」

「え? はい、これでも騎士の家門ですので多少は扱えます。皆さんに比べて未熟ですしお世辞ですが基礎はよくできていると褒められるんですよ」

「さすがアティルナ家の公女ですね。剣を扱う者は剣に関してお世辞を言うことはありませんのでもっと自信を持って下さい」

「あ、ありがとうございます。家族以外の方に褒められるとくすぐったいですが、嬉しいですね」


よくやったミリガン。


「どうせならその姿を見せてくれませんか?」


何言ってんだこいつ。


「えッ!? でもこの服装ではできませんよ?」

「ミリガンッ!」

「服はご用意できます。折角来て下さったのですが団長の強さも知ってほしいのです」


しかも俺がシルの相手を!?いや、他の奴らには絶対にそんなことさせられないが、だからと言って俺も…。


「まぁ! 英雄と謳われるアレス様にお相手して頂けるのですか?」


そんなキラキラとした目で見ないでほしい。

シルの頼みとあれば相手はできるが、愛しい婚約者に剣を向けるなんて心臓に悪すぎる。


「未熟ではありますが精一杯頑張りますね!」

「……お、俺も頑張ります…」


だと言うのにシルのお願いに二つ返事しかできなかった…。

シルは嬉しそうにはしゃぎ、第二騎士団の訓練服をミリガンから受け取って着替えに向かう。

どうしよう。と悩んでいる間にも訓練服に着替えたシルが戻って来た。

髪を一つに結んで木刀を構えるシルは可愛いなぁ…。

なんて現実逃避している間に彼女は剣先を俺に向けて、いつになく真剣な顔で俺に対峙する。

覚悟を決めてやるか…。


「アティルナ公女は本気でやってもらって大丈夫ですから。団長は解ってますよね」


うるせぇなぁあいつは。んなこと言われなくても解ってる。傷つけたりはしない。


「アレス様にとってはただのお遊戯かとは思いますが、宜しくお願いします」

「はぁ…。いえ、シルの相手ができて嬉しいです。ただ本気で相手ができないのでそこは解ってもらえると嬉しいです」

「さすがに死んでしまいますからね」


いや絶対に殺さない、殺せないけど!

それでも彼女は真剣だ。あからさまな手抜きは悲しむからそれなりにやらないと…。

今まで感じたことのない緊張感に襲われ、口も重たくなる。

深呼吸をして身構えるとシルも身体に力が入るのが解った。


「いつでもどうぞ」

「はいっ」


意思の強い返事。それと同時に真正面から襲い掛かってくる。


―――その覇気と目付きに酷く興奮した。


シルが……愛しい婚約者が俺を倒そうと向かってくる姿に喉がゴクリと鳴る。

降りかかる木刀を受け止めるも、威力は勿論弱い。だけどちゃんと重心が入った剣撃。

戦場だったらこのまま圧し通して倒すが、シル相手にはしない。でも想像してしまう。


「っ!」


その瞬間、殺気が漏れ出たのかシルは颯爽と後ろに飛び跳ね、距離を取った。

何だろうこの感覚。倒したらいけないのに倒したい。ねじ伏せて苦痛に歪む顔が見たい。


「団長!」

「―――すみません。絶対に傷つけることはないので打ち込んできて下さい」


落ち着け、そんなことをしてはダメだ。そんなこと思うのもダメだ。苦痛に歪むシルの顔なんて見たくないのにそんなことを望むな。

自分を落ち着かせ、優しい声で彼女を促すと間を置いて素直に頷き、再び向かってくる。

騎士な娘なだけあって基礎はしっかりと出来上がっているのを感じた。

それに兄達が相手をしているのだろう。たまに小細工を入れてどうにか俺を倒そうとしてくる。

それすらも可愛い。俺を絶対に倒せないのに頑張ってる姿が滑稽で可愛い。


「(でもそれ以上に好きな女性に剣を向けるこの背徳感が心地いい)」


今、シルの命を握っているという優越感に興奮してしまう。


「ッキャ!」

「そこまでですね」

「はぁ…。やはりアレス様には敵いませんね。お兄様とは違う動きもされますし、経験の差が……アレス様?」

「……いや、シルも強かった。力は弱いが基本はしっかりしているし、状況判断もよくできていた」

「軍神にお褒めのお言葉を頂けただけで十分です。ありがとうございます」


彼女の体力も限界を迎えていた。

少し力を込めて押し返すといとも簡単に腰を打ち、残念そうな笑顔を浮かべる。

一瞬だが理性が飛んでいた気がする。

慌てて意識を取り戻し、シルに近づいて怪我の確認をするも、腰を打っただけであとは大丈夫そうだった。いや、腰を打ったのもダメだ!

あまり得意ではない癒しの魔法を使って腰の痛みを取り除くと、驚いた顔をしたけどすぐに笑顔でお礼を言ってきた。

コロコロと変わるシルの表情は見てて飽きない。真剣な顔もよかった。


「汗も酷いな。服も汚してしまった…」


自分のせいでこうなったのに何を言っているのだか。

自分自身に飽きれながらも今度は水魔法で彼女を元の綺麗な姿に戻すと、これにも驚いた顔を見せる。


「アレス様は本当に凄いお方ですね! 魔法でこんなこともできるなんて!」

「俺のせいだから。他に痛いところはあるか?」

「大丈夫です!」


手を差し出すと無警戒にその手を取る。

さっきまで戦っていた相手にそんな無防備でいいのか?

いや、彼女からしたらこれはただの訓練。ここは戦場ではない。あっちの世界に引っ張られるのは忘れろ。


「アレス様は誰に教わったのですか?」

「皇宮の……誰だったか忘れた。それからは実践だけで学んだからほぼ自己流だ」

「なるほど…。やはり経験が大事なのですね」


手を取ったシルを近くのベンチに座らせ、剣について質問をしてくる彼女に素直に答える。

シルの意欲的な質問を聞くたび、先程まであったあの感情を思い出しては罪悪感に襲われる…。

何であんな感情を抱いてしまったんだ。シルを虐めたいとか、傷つけたいとか、殺したいとか思ったことないのに何でいきなり…。本当に最低最悪な人間だな、俺。

シルは気づいていないが、ミリガンは当たり前のように気づいており何とも言えない目で睨んでくる。

解ってる。あの感情は抱いてはいけない。これからも抱かないよう気を付ける。睨んでくんな。


「アティルナ公女、お疲れのようですし執務室でゆっくり休みませんか?」

「そうですね、他の方の邪魔にもなりますしね」


だと言うのに、心のどこかでまた彼女と剣を交えたいと思ってしまった。

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