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【短編】お飾り妻として公爵邸に嫁いだ無力聖女は、公爵邸で聖なる力が無自覚に使えてしまい、いつの間にか溺愛されるようになりました〜恋愛経験ゼロの聖女は、旦那様の気持ちに気がつけません〜

作者: よどら文鳥

「聖女リリルさん、私と婚約をし、すぐにでも公爵夫人となってもらいたいのです」

「な……なぜ地味で髪もボサボサな私などを……?」


 私リリルは、公爵様から縁談を申し込まれてしまった。


 私は貴族令嬢でもなんでもなく、極々一般の家庭で育ち、すくすくと元気に育ってきた。

 周りとちょっとだけ違うことと言ったら、治癒と疲労解消ができる特別な力を持っていて、聖女と呼ばれているくらいか。

 この力で、家族全員は毎日健康的な生活を送れている。


 聖女ともなれば、民間人であってもそれなりにお金持ちのご家庭や貴族方面からの縁談もあるものだ。

 だが、私に関してはまったく恋愛経験もなければ、縁談の話などあるわけもない。


「リリルさんは私にとってはうってつけの婚約相手だと確信しております」

「どういうことでしょうか? 私の力は治癒と疲労回復ができますが、不安定すぎる力なので、今までなんの依頼すらもなかった地味聖女ですよ」

「もちろん知っていますよ。むしろそれが私にとってはうってつけなのです」


 そもそも私の力がガサツすぎてるのか、どういうわけかわからないが、家族や友達にしか聖なる力を発揮できないのである。

 私が聖女ということは知られているものの、そんな不安定な力など誰からも期待されなかった。


 おかげで生活は大変であるが平凡で、お父様とお母様の飲食店を四六時中手伝う日々。

 休みの日は部屋で読書したりゴロゴロしたりのぐーたら生活。


 だが、縁談相手が公爵様ともなると、とてもじゃないが断りづらい。

 いつも私のことを大事にしてくれるお父様たちも、この縁談の話でものすごくテンションが上がっているのだから。

 私の後ろで、『がんばれリリル』『リリルちゃん、お母さんは応援しているわよ』と言ったような視線が私の背中にグサグサと刺さってきている。


「リリルさんのご両親がた、大変申しわけなく身勝手な頼みではありますが、少々リリルさんと二人だけでお話しさせていただけませんか?」

「かしこまりました。リリル、失礼のないようにな」

「はい……」


 二人きりとは言っていたものの、さすがに公爵様の横に立っている護衛? 使用人? それらしき女性だけはリビングに残っていた。


「さて……、ここからは本題に入りたいのですが。お気を悪くされることを承知のうえで話します」

「はい……」

「まず、断言しますが結婚してもリリルさんのことを愛することはありません」


 シャムレオン公爵様は真顔で信じられないようなことを言ってきた。


「政略結婚ということでしょうか?」

「まぁそんなところです。実は、私は今まで人を愛することなどなく生きてきました。今は公爵という立場ですが、そんなことも正直どうでも良いと考えています」

「は、はぁ。噂には聞いていましたが……」

「周りの者たちからは圧が激しくてね。『もう十八歳になるのだから、早く相手を見つけて子を作れ』と。ですが、私はワガママですから。どうしても恋愛というものをしてみたい」

「それには同意します。私もこんな格好ですが、好きな人とドキドキしてみたいなとは思っていましたから」


 シャムレオン公爵様と婚約したら、それもできなくなるだろう。

 国王陛下の兄弟の息子であるシャムレオン様との縁談ともなれば、お父様たちも喜ばないはずがない。

 しかも、縁談の話にあたり結納金などの提案も事前に出されていた。

 毎日ギリギリの生活をしていたし、家もかなり改善されるだろう。


 ドキドキしてみたいと言ったのは、最後の悪あがきだったのかもしれない。

 結婚するのだから、シャムレオン様のことを愛せるように、ドキドキもしてみたい。

 そう思って言ってみたのだが……。


「はい、ドキドキするような恋愛をこっそりしていただいて構いませんよ」

「こっそり……?」

「はっきりと言います。リリルさんとの婚約は、形式上の結婚というだけです」

「え?」

「リリルさんのように聖女という肩書きがあれば、周りはそれなりにも納得させることができるでしょう。私も堂々と第二夫人を……本当に愛することができる相手を探すことができます」


 なにを……、なにを言っているのだろうこの男は。

 横に立っている使用人さん(仮)も一瞬苛立ったような表情を浮かべていた。

 きっと、シャムレオン様に対して物言いたかったのだろう。

 もちろん、主従関係上そんなことはできないのだろうけど。


「私はどうしても恋愛がしたい。だが、立場上年齢の関係で良い加減に第一夫人を決めないとならなかったのです。だからこそ、せめてもの償いとして貴族界隈が納得しつつ、婚約相手のご家庭が報われるような相手を探しました」

「まぁ……本当に貧乏家庭なので理にかなってはいますが……。それで先に結納金の話があったのですね。信じられないような額で驚きましたが」

「リリルさんには好きでもない相手との縁談で申しわけないとは思っています。そのかわり、結婚してからもリリルさんが愛人を作ろうがなにをしようが自由です。もちろん、ある程度目立たないようにしていただきたいとは思いますが……」


 その反面、上位貴族や大商人に関しては一夫多妻制が認められているからシャムレオン様は堂々と好きな相手を探すこともできる。

 はっきり言って、シャムレオン様に対するイメージは最悪になってしまった。

 だが、今の家庭事情を考えたら、この話を断る気にもなれなかったのだ。

 それでも最後に確認はしておきたかった。


「私の聖なる力はご存知ですか? 貴族界隈からは全く目にもされていませんが」

「知っていますよ。不安定で、ご家族だけに力を使えるのだと。試してみますか?」

「え?」


 あろうことか、シャムレオン様は護衛用として持っている剣で、ご自身の指にそっとあてた。


「旦那様! なにをされているのですか!?」

「大丈夫だ。ほんの少しの痛みにしてある。だが、これでいい。私はリリルさんに辛い思いをさせて縁談の申し込みをしていることくらいは承知しているからな。さぁ、リリルさん。ダメ元で構わないので、私を治癒していただけませんか?」

「は、はい……」


 なにを考えているのかさっぱりわからない。

 どちらにしても、治癒や疲労回復の力に期待されなければ、それはそれでシャムレオン様の気が変わるかもしれない。

 聖なる力を発動して、できあがったばかりの傷口に手を充てた。


 結果は、なんの変化も起こらない。

 やはり私の力なんてダメなのだ。


「やはり私には効果がありませんでしたか。これでリリルさんに頼ることなく生活を送らなければならないという事実もわかりました」

「実験でこんなことをされたのですか?」

「はい。今後のお飾り婚の生活のためでもあります」


 これはなにをしてもシャムレオン様の意思は変わらなさそうだ。


「念のために、今回の結婚に関していくつか条件を提示させていただきますので、ご確認をお願いいたします」

「は、はい」


 横に立っている使用人さんが、何枚かの書類のような紙を私に手渡してくれた。

 至近距離になると、この女性からすごく良い匂いが漂ってくる。

 さすが、お金持ちとなると全員しっかりしているよな……。

 などと思いつつ、私は書類に目を通した。


 条件があまりにも良すぎる。


 さきほど、聖なる力を求めてこないということも理解したし、私の気持ちもある程度はスッキリできた。

 シャムレオン様のことを全く愛することはありえないし、むしろ嫌いではあるが、この結婚にはお互いにメリットもある。

 こちらからもいくつか条件を提案、追加してもらったうえで、私も覚悟を決めた。


「わかりました。この縁談、よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。明日、迎えにきます」

「はい……」


 このあと、お父様とお母様もリビングに入ってもらい、婚約が決まったことを話してもらった。

 ゆいつ、お飾り婚であることだけは告げずに。


 ♢


 両親は大喜びだった。

 結納金が入ることでなく、それはむしろおまけ的なものであって、私が結婚できることに喜んでくれているようだった。


(騙して申しわけございません……)


 心の中で何度もそう呟いた。


 私からお願いした契約で、『私の両親にだけはお飾り結婚であることを言わない』という条件を出したのである。

 ずっと大事に育ててくれたし、両親にはそろそろ楽をしてもらいたい。

 だが、お飾りだと知ってしまえばこの先ずっと私のことを心配してしまう気がした。

 そこで、騙すようで悪いとは思いつつこのことだけは伏せてもらうことにしたのだ。


 荷物をまとめ、迎えの馬車に乗る前に最後に挨拶をした。


「では、急ではありますがお世話になりました」

「公爵様とお幸せにねぇ〜」

「リリルの幸せを願っている!」


 お飾り妻……、ちゃんとやっていけるかどうか心配だ。

 幸い結婚の条件として、基本的に自由が約束されていたし、シャムレオン様と絡む必要もないため今までの休日が毎日に変化するという判断で間違いはないだろう。

 ただし、お父様たちのお店へ手伝いに行くことは極力避けてほしいと言われてしまっている。


 すぐに入ってくる結納金で雇うこともできるだろうし、シャムレオン様が何人かお店に人員を手配してくれるらしい。

 むしろ今までよりもお父様たちは楽に仕事ができるようになるかもしれない。


 などと考えているうちに、馬車に揺られて一時間。王都の中央付近にある貴族が住むエリアを抜け、さらに中央へ。

 王族が住むエリアの一角で広々とした公爵邸に着いたのである。


 門には警備兵が何人もいて、特別な家だということがすぐにわかる。

 庭から本邸までの距離も歩いたら大変だと思えるくらいの広大な庭園。


 馬車から降りると、本邸の前にはすでに何人もの使用人さんらしき人が出迎えてくれていた。


「「「「「いらっしゃいませ、奥様!」」」」」


 すでに結婚したことに後悔が始まっているような気がした。

 大変手厚くもてなされていることは誰が見てもわかる。

 一日限りでお姫様気分を味わえるとかなら楽しそうだしもてなされたい。


 だが、これがこの先毎日と考えると、落ち着いてのんびりとした生活ができるなどと思えなくなってしまったのだ。


 ひとまず、荷物を降ろそうと積荷台へ移動したのだが……。


「奥様に手を使わせるわけにはいきません。荷物は私どもで運びますので」

「は……はぁ……。ありがとうございます」

「お礼など勿体ないです。当然のことですから」


 お父様の飲食店で、料理を運んだときにお客さんから、『ありがとう』と言われたら嬉しい気持ちになる。

 そういう経験上、なにかしてもらったらお礼を言うことが習慣になっているのだ。

 こればかりは引くつもりはない。


「いえ、お手伝いされていてなにもお礼すら言わないのはできませんので、あらためてありがとうございます」


 自由にして良いと契約書には書いてあったし、本当に自由にさせてもらうつもりだ。

 なにか問題が起きてしまい、出ていけと言われたらそれまでだし。

 それくらいに私は割り切っていた。

 シャムレオン様のことはこれっぽっちも好きだと思っていない分、気は楽だった。


 ♢


「すごい……広すぎる……」


 最初に案内されたところは私がこれから住むための専用部屋だった。

 シャムレオン様とは常に別々で生活するため、彼の部屋はここから遠く離れた場所にあるらしい。


 大の字になって寝ても絶対に落ちることのなさそうなくらいに広いカーテン付きのベッド。

 テーブルや椅子も設置されていて、ここで読書もできそうだ。


 おまけに、簡易キッチンやお風呂場、用足し場、なにからなにまで揃っている。


「すでにクローゼットには奥様のドレスやお召し飾りも収納されていますので、ご自由に選んで着ていただいて構わないとのことです」

「は、はぁ……」

「とは言っても、今後奥様のお世話担当になりました私クレアがお着替えのお手伝いもさせていただきます」


 私、本当に公爵夫人になってしまったんだなぁ……。

 お飾りだけど。


「旦那様からの伝言です。なにか必要なものがあれば遠慮なくクレアに頼むように、と。屋上にある露天風呂、三階の書庫、別邸に設置されているフィットネスルームやプールも全て自由に使って良いとのことです」

「露天風呂……?」

「このあたりは地下から温泉が沸いています。外の景色を眺めながら楽しむことができるようなので、私個人としてはオススメ致します」

「できるそうって、クレアさんは入らないのですか?」

「奥様。どうか私のことはクレアとお呼びください。主従関係もございますゆえに。私たち雇われ人は露天風呂は使えません。四階の使用人エリアにある浴室を使用させていただいております」


 ということは、今まではシャムレオン様専用のお風呂だったということか。

 いくら主従関係があるといっても、せっかくあるものを独占だなんて、なんだかモヤモヤした。

 おそらく公爵ともなるとそれが普通なのかもしれないが、早めに公爵としての常識は覚えておいたほうが良さそうだ。

 もちろん、覚えておくだけで、私は自由にさせてもらうつもりではいるが。


「ひとまず、本日は日も暮れますし、もうじき夕食になります。食べられますか? さすがに結婚当日ということもあり、旦那様もご一緒を希望されています」

「ごはんまで用意され……公爵家だとそれが普通なのすね……」

「はい。基本的に奥方様の行動全てにおいて我々使用人が管理、お手伝いを致します。本日は私一人ですが、翌日からは奥様の専属使用人としてもう一人加わります」

「至れり尽くせり……。まぁ、あのお方と話す機会はもうないかもしれませんし、一緒でも構いませんが」

「かしこまりました。ではそのように伝えて参ります。どうぞ夕食までの間おくつろぎくださいませ」


 クレアが部屋から出ていった。

 さて……。


「うっひゃぁぁぁぁあああ!!」


 ベッドへ突撃した。

 こんなに広々としていて、ふかふかなベッドを見たら飛び込みたくなるのが貧乏人のサガである。

 予想をはるかに上回るふかふかさともふもふさ、そしてクッションに顔を何度もむんに、むんにとくっつける。


 さすがに使用人の前でこんなことはできなかったため、一人でいるうちに堪能しておきたかった。

 お飾り婚によって私は念願だった恋愛はできなくなってしまったのだ。

 シャムレオン様は好きに愛人を作って良いと言っていたが、さすがにそのような気持ちにはなれないのだ。

 やってしまったら、私もシャムレオン様と同罪になるのだから。

 いや、むしろ一夫多妻制が認められているシャムレオン様と比べたら私のほうが悪人になってしまう。


 代償のある結婚でもあるわけだし、せめてそれでも楽しめる毎日を送りたい。

 まずは目の前にあるベッドで幸せを味わっていた。


 ♢


「こんなにたくさん……。いったい何日ぶんの食事ですか?」

「夕食分ですよ」


 公爵専用の食堂へ案内されたのだが、先にシャムレオン様が椅子に座っていた。

 テーブルの上には、推定二十人前はありそうな料理の数々が並べられている。


「残しますよね……?」

「残り物の一部は外で飼っている家畜のエサとして使われます。動物が食べられないものに関しては廃棄ですが」

「…………」


 平然と言ってしまうシャムレオン様に苛立ちを覚えてしまった。

 もちろん、顔には出さないように細心の注意を払ったが……。

 なにしろお父様の飲食店でずっと手伝ってきた経験がある。


 お客さんが食べたものを残してしまうことはよくあるし仕方がないと思っている。

 だが、食べもしない量を注文して大量に残される行為は腹立たしいものがあった。

 お父様がどのような気持ちで料理を作っていたかなどわからないのだろう。

 それと同じようなことをシャムレオン様もやっている。

 立場上の問題もあるかもしれないが、私は絶対にこんなお方を愛することなんてありえない。絶対に!


「座って食べてください」

「いただきます……」


 どれも美味しくて、お父様が作っているクオリティとさほど変わらない気がする。


「どうでしょう?」

「はい、とっても」

「ならば良かったです。明日からの料理に問題があるようなら遠慮なく物申しださい」

「そんなことはしませんが……」


 残さずに食べることが当たり前だったが、さすがにこの量は食べきれない。

 申しわけないと思いながら、残してしまった。


「リリルさんは華奢なわりによく食べるのですね」

「残したくありませんでしたので」

「無理することもありませんが」


 これだけ用意されていたら無理するに決まっている。

 おかげで私のおなかはぽんぽん状態で、膨らんでしまっているくらいだ。

 まぁ別に見た目を気にしてこなかった私からしたら、それよりも全部食べないとという気持ちになっているから良いのだが。

 シャムレオン様の言葉遣いは丁寧なのに……。

 今後、どうにかして改善させてしまいたいとも思ってしまう。


「こうして初日に会話できたことは形式上夫婦ですからほっとしています。ですが、明日から私は陛下と共に出張してきます」

「いきなり留守ですか?」

「はい。概ね二ヶ月ほどです」


 隣国に行って、今後の貿易や国同士の話が目的だそうだ。

 あいにく、私は旦那がいなくなって寂しいなどという感情はイチミリも持っていない。

 むしろ、この広い公爵邸を好き勝手自由にしていいというお墨付きもあるし、楽しみだった。


「承知しました。念のためにお伺いしますが、本当に自由にしていて良いのですね?」

「もちろんです。さすがに王都中の宝石を買い占める……などといったことは避けてもらいたいですが、リリルさんがお望みならば構いません」

「むしろそんなにお金が……」

「それくらいなら許容範囲です」


 あらためて公爵の凄さというものを実感する。

 もちろん、宝石を買い占めるようなことはしないし興味もない。

 平気で言ってしまうシャムレオン様のことを、さらに嫌いになってしまった。


 私が自由にしたいのはお金ではなく、自由な時間を求めている。

 今後社交界関連には出なくても良いと言われているし、貴族の嗜みなども覚える必要はなさそうだ。

 つまり、二ヶ月間ダラダラとできる。


 シャムレオン様が愛するようになった人を連れてくるまでの間だけでも、だらけまくろう。

 そのためには、まず使用人たちとの主従関係もなんとかしたい。


(シャムレオン様がいない間に……)


 私は楽しみで仕方がなく、ついニヤニヤと笑ってしまった。


「……そこまで私のことが嫌いなのですね」

「お飾り婚ですからね。でも、感謝しているところもありますので」

「それで結構ですよ。私も今後恋愛を経て第二夫人を迎えますので、リリルさんも自由にしていてください」


 こうして、お飾り婚に加え、お互いに全く恋愛感情のない新婚生活がはじまった。

 そして、自由にしまくってすっかり公爵邸が変わってしまい二ヶ月が過ぎた。


 ♢


「「「「「「おかえりなさいませ、旦那様」」」」」」


 使用人たちに混じって私もシャムレオン様の帰宅を出迎えた。


「え……リリルさん!?」

「はい、長旅、お疲れさまでした」


 周りの使用人たちが隠れてニヤニヤと微笑んでいる。

 シャムレオン様が、使用人たちの期待通りの顔をしていて面白がっているのだ。


「一瞬誰だかわかりませんでしたよ。なにをされたのですか?」

「おいしいごはんと、ここにいるみなさんの手厚いマッサージですかね」


 二ヶ月の間で使用人たちとは大の仲良しになれた。

 どういうわけか、ここにいる人たちには私の聖なる力の効果が絶大のようで、毎日元気に働けるようになったらしい。

 おかげで私はぐーたら生活ができなかったのだが……。

 それはそれで楽しい毎日をおくれたから満足である。


 シャムレオン様は顔を赤らめながら自室へと戻っていった。


「奥様奥様! 言ったとおりでしょう! やっぱり元の顔が整っているから、絶対可愛くなるって言ったではありませんか!」

「拍子抜けた旦那様の顔は必見でしたねー」

「奥様の素晴らしさをわからないような旦那様に一泡ふかせられてスカッとしました」


 仲良くなった使用人(全員女性)たちによって、私改造計画が実行されていたのである。

 今まで化粧もしなかったし服装も適当だった。

 だが、サイズのあったドレスを着て、髪も整えておまけに毎日のマッサージとメンテナンスで、自分自身の姿に変化があったことはさすがに実感した。


 別にシャムレオン様に振り向いて欲しくてやっていたわけではない。

 使用人たちがギャフンと言わせてやりたいという、ただの好奇心から始まったこと……だと思う。

 まぁ、私としてもみんなが楽しんでいるし、改造計画によって前よりもはるかに仲良くなれたし良いんだけど。


「このまま旦那様に好かれるようになったら」

「あ、私にその気がないし」

「あぁあ、旦那様の失恋ですねぇ〜」


 使用人たちは、口には出さないもののシャムレオン様のことをそうとう嫌っていることがわかった。

 私も色々と公爵邸の仕組みに文句を言わせてもらい、ついに使用人全員と打ち解けられるようになれた。

 さて、公爵邸のルールを色々と改定してしまったが、シャムレオン様が許してくれるかどうか。

 さすがに主人であるシャムレオン様がダメだと言ったらそこまでだろう。


 だが……。


「リリルさんがお望みならそれでも構いません」

「え?」

「では、今後の料理は食べられる分とし、使用人も露天風呂は解放するということで」

「ありがとうござい、ます」


 まさかのオーケーが下された。

 みんなに報告しに行ったら、使用人たちは涙を溢すものまでいたのである。


「奥様がここへ来てくださってから激変しましたよ」

「奥様のおかげです! 本当に感謝してもしきれません!!」

「それにしても、どうして旦那様は許可を出してくださったのでしょうか……」

「奥様にベタ惚れしたとか」

「ありえるー! 奥様は魅力的ですし、優しいですし」

「それに過去はどうであれ、今は私たちの聖女様ですからね!」


 ベタ褒めされすぎていてこそばゆい。

 聖なる力がどうして家族や使用人たちには効果をもたらすのだろうか。

 たしか、シャムレオン様には効果が全くなかったっけ。


 今は形上は家族になったわけだし、試してみようか。


 ♢


 と、いうわけでシャムレオン様の部屋を訪ねた。


「二度目は自ら怪我をさせたくないのですがね……」

「でも、長旅でお疲れなのでしょう? 疲労回復もできますので。ちゃんと聖なる力が使えれば、ですけど」

「ならば、お願いしましょう」


 私はシャムレオン様になんの感情も持っていない。

 今回はただの実験ということで聖なる力を使ってみた。


「どうですか?」

「……申しわけありませんが、なんの変化もありません」

「やはりそうでしたか。お時間をとらせてしまい失礼しました」

「でも……」

「でも?」

「こうしてリリルさんとお話できたことは嬉しく思っていますよ」

「は……はぁ」

「それに、初めてリリルさんに怪我を治そうとしてもらったときよりは、なんとなくですが違う感覚でしたね。身体に伝わってくる力のようなものが」

「そうですか。ですが、疲労回復できていないとなれば無意味ですので、実験はここまでにしておきますね」


 私はおじぎをしてからすぐに部屋を出ていった。

 相変わらずシャムレオン様のことは好きにはなれないが、嫌いではなくなった。

 二ヶ月自由にさせてくれたことと、使用人たちへの待遇を快く承諾してくれたことで、彼への嫌いな感情はなくなったのである。

 おそらく婚約を交わした日よりはいささかマシに思えるといったくらいの感情だと思う。


 それにしても、どうしてお父様やお母様、それから使用人に対してはしっかりと聖なる力が使えるのに、シャムレオン様やその他初対面のような相手には効果が出ないのだろうか。

 私の聖なる力ってなんなんだろう。


 ♢


 お飾り結婚が始まって半年が過ぎた。

 ここ最近、シャムレオン様の行動がおかしいのだ。


「え、また一緒に食事をするのです?」

「はい。使用人も二度手間を避けられて良いでしょう」

「まぁ、そうですが……」


 私とシャムレオン様の食事を二度準備させるとそれだけ負担がかかる。

 事実ではあるのだが、おそらく使用人たちはそんなふうに思ってはいないだろう。

 実際のところは私が使用人たちと一緒に毎日楽しく食事をしていたことができなくなるため、シャムレオン様と食事することによる被害はむしろ私たちのほうだ。

 なお、シャムレオン様は私がこの食堂で食べていると思い込んでいるらしい。


 本当に私に興味がなく、行動も生活習慣も見ていないのだろう。

 普段の賑やかワイワイの食事が一変、沈黙の食事が続く。


 さらに……。


「え!? 晩酌……ですか?」

「え!? 庭の散歩に付き合ってほしい……ですか?」

「え!? たまには一緒の部屋で寝ませんか……ですか?」

「え!? 手をつないでデートをしてみたい……ですか?」


 晩酌は散歩はともかくだった。

 さすがに一晩同じ部屋で寝たり、手を繋いだデートを提案されたときは理由を聞いた。


 すると。

「将来愛する人との予行練習でもあります」

「私自身、デートという行為をしたことがありませんでしたので、ぜひリリルさんで練習してみたく……」


 どこか言い淀んでいる感じはあったものの、決して私のことに興味があって言っていることではないのだろうと思っていた。

 お飾り妻とは言っても、さすがに形式上は夫婦だし断るわけにはいかなかったため、全て受け入れた。


 しかし、思いの外シャムレオン様と一緒にいる時間も楽しく、私もそれなりに満足していた。


 デートを終えて馬車から降りる際、うかつにもいつもの癖で一人で降りようとしていた。

 しかし……。


「きゃ!」


 つまずいて転げそうになってしまった。

 しかし、そのときにはすでにシャムレオン様が私の下敷きになっていた。

 怪我をしそうになっていたところを身体を張って助けてくれたのだ。


 いつのまにかシャムレオン様のことは好きだとは多分思っていないけれど、それなりに好印象に変化している。

 不覚にもデート中にドキドキはしてしまっていたし、むずがゆい気持ちにもなることすらある。

 この状態でこの行為はさすがに申しわけない気持ちと助けたい気持ちでいっぱいだった。


「申しわけありません! 怪我していませんか!?」

「く……気にしないでください。リリルさんが無事ならそれで……」

「それって……怪我しているってことでしょう!」

「大丈夫です」


 シャムレオン様の顔から嫌な汗が流れていて苦しそうだった。

 残念ながら、私の聖なる力はシャムレオン様には効果がない。

 だが、それでもダメ元でも助けたかった。


「リリルさん?」

「意味ないとわかっていますけど、せめてさせてください!」


 聖なる力をいつもよりも一生懸命にシャムレオン様の身体に流した。


「……おおぉぉっ!」

「え? なにか変わりました?」

「すごい……! 痛みが消えて、しかも治っている!」

「へ……?」


 シャムレオン様の顔色も良くなっていて、嘘を言っているようにも見えなかった。


「ありがとう、リリルさん!」

「い、いえ。まぁ、聖なる力がお役にたてたみたいで良かったです」


 私の聖なる力って、本当にどんな仕組みなのだろう。

 ともあれシャムレオン様の怪我が治ってホッとした。


 それ以降も、シャムレオン様が私にグイグイと迫ってくるような行動が続いた。

 私……、お飾りの妻なのですが……。

読んでいただきありがとうございました。

二日連続で新作短編を投稿してみるということをしてみました。

いかがでしたか。


下のほうに⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎がありますので、そこでポチッと押していただけると大変嬉しいです。


【追記】新作短編も一応載せておきます。

違う系統ではありますが、もし良かったらご観覧お願いいたします。


『「時間がかかりすぎ」だと使用人をクビにされましたが、クビにした伯爵家は崩壊がはじまりました〜公爵家の使用人任務では丁寧だと褒められます〜』

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