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稲荷さま滞在奇譚  作者: 墨染
肆ノ章:玉の狐と鍵の狐
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第二十一話「狐の逆立ち」

 稲荷が祝詞と合わせた言霊を唱えると、眩い光に包まれて辺りは白一色となった。


 東雲は抱き上げていた稲荷を地面に下ろすと、周囲を見渡した。

 「これ、結界だよな? 稲荷、幼くなってもこんなに力を持ってたのか……。ありがとう、守ってくれて」

 「今のわたしだけでは、此処までの結界は出来ぬよ。この宝珠槍……左京の霊力と合わせているからこそ、これだけの結界が張れたのじゃ。礼なら、私の側近達に言ってやってくれ」

 笑った稲荷を見て、東雲も安心から笑みが零れた。


 一方――あまりの眩しさに、右京と対峙状態にあった青鈍とその取り巻きによる三頭狐はぎゃんぎゃんと呻き、片方の前足で青鈍の頭がある中央の顔を擦った。

 「教えてやるよ青鈍……お前が消したくて仕方なかった、『蘇芳』のその後をよ」

 右京は女郎蜘蛛の時と同様に『棟』側に持ち構え、走り出す。


 「俺は宇迦之御魂神様・直眷属白狐‼ 右腕の右京大夫(ウキョウノダイブ)様だあああああーーーーッ!!!」


 右京は、青鈍達――三頭獣の攻撃を避けながら、周囲の大木を足蹴にして高く跳び上がり、刀を振り下ろした。

 「‼」咆哮にも似た右京の叫びに、隠れて傍観していた薄氷の顔は険しくなる。

 右京の刀捌きはとても素早く、青鈍達を何度も殴打した。喚き声を上げる彼らだったが、当時の記憶が残っているのか、それとも本能的に行っているのか――。定かではないにせよ、隙を突いては右京を鋭利な爪で切り裂こうとし、時には噛み付こうとすらしてくる。

 「チッ、馬鹿に付ける薬はねぇってか」

 呆れた様子で三頭狐の攻撃を(かわ)していたが、右京はふと、彼らと一悶着あった当時を思い出した。

 「……ああ。そういや、そうだったな。青鈍、『棟』でどれだけ殴ってもお前が俺を斬った時と同じにはならねぇもんな? 此処はひとつ、公平にいこうぜ」――そう言って、右京からは好戦的な『蘇芳』の顔が現れる。

 「右京」

 無駄な戦いを好まない稲荷が背後から名を呼ぶと、右京は笑みを崩さないまま三頭狐へと刃先を向けた。

 「分かっております、稲荷様。青鈍達(コイツら)が苦しまないよう、一発で仕留めますよ」

 右京は刀を通常の刃側に持ち替えると呼吸を整え、体勢を低くして構えた。

 『棟』で殴打された箇所が未だに痛むのか、怒りを露わにした様子で飛び掛かる三頭狐の攻撃を避けた右京は、刀を握る力を更に強める。

 「じゃあな‼ 青鈍とその腰巾着ども!!!」

 周囲の木々を跳ね台代わりに三頭狐の頭上へと高く跳び上がり、女郎蜘蛛相手より遥かに強い力で地面に向けて刀を振り下ろす。

 刃は中央頭である青鈍の右耳から、一体化している左側の心臓までを切り裂いた。――それは過去、青鈍が『神通力』で違法に蘇芳を切りつけた場所と全く同じであった。


 「ぎゃおおおおおおん!!!」


 三頭の狐――かつての同胞である青鈍とその取り巻き狐達は、同時に苦痛の叫声(きょうせい)を上げた。傷口からは、血の代わりに黒い灰のようなものが零れ出て宙を舞っている。

 「……過去のことも含めて、これで完全にチャラにしてやるよ。さっさと悪いもん浄化して、仏の所で修行してきやがれ」

 大きな音を立てて地面へと倒れ込んだ三頭狐の体は、灰燼(かいじん)となって消えてゆく。東雲は彼らの最期を見届けた後、稲荷や左京と共に右京の元へと歩み寄った。

 「終わった、のか……?」

 「うむ。彼らはようやく仏の元へと行けたのじゃ」

 「稲荷山を追放されてから行方が分からなくなっていたけど……まさか、千年以上この地に縛られていたなんて……」元は同胞だった青鈍達の末路を嘆き、左京は目を伏せた。


 しかし、問題はまだ残っている。――右京は、何もない(くう)に向かって叫んだ。

 「薄氷! お前が(けしか)けた奴らはあの世に送ったぞ‼ いい加減、逃げるのはやめて出てこいよ‼」


 「……っ」

 右京の言葉に、隠れていた薄氷が再び姿を現した。後がなくなったのか、悔しそうに下唇を噛んで警戒心を露わにしている。そんな彼に対し、右京は優しく問い掛けた。

 「薄氷、お前……(つばくら)を神隠ししたのだって、別の理由があるんじゃないのか」

 東雲達は、驚いた様子で右京と薄氷を交互に見た。

 「やり方は褒められたものじゃなかったけど……。実際、左京――橡と燕が話すキッカケを作ったのは……薄氷、お前だろ」

 稲荷や左京も、口を噤んで返答を待った。しかし――。

 「はぁ? そんなわけないだろ。……ほんっと、誰かさん達のせいでおめでたい頭になっちゃったよね、蘇芳は」

 薄氷は顔を歪ませて空笑いすると、身振り手振りで大袈裟に言葉を紡いだ。

 「神隠しした僕の目的は、燕を現実世界に戻れなくすることだよ。理由なんてない……大嫌いな人間を揶揄って遊ぶため。それ以外あるわけないだろ」

 「――っ、そのためだけに……菖蒲(あやめ)を傷付けたのか‼」

 普段は冷静さを保っている左京が怒りを剥き出しにして薄氷を睨んだ。しかし右京は、今にも薄氷に向けて飛び掛かりそうな左京を制して告げた。

 「表向きは、だろ。……本当は、左京と燕の再会を後押ししようとしたんじゃないのか」

 「!」

 右京曰く――薄氷は、もどかしい想いを抱えていた左京の恋路を手伝うため、更にそれを東雲が「何とかしてあげたい」と悩んでいたために、彼なりのサポートを行ったのだという。

 燕が『神隠し』という危険な状況に陥れば、左京は渋っている暇などなく彼女を助ける筈……そうすれば、一人と一匹は再び出会うことが出来る。――そんなシナリオを成功させるべく、薄氷は自らが悪役となった。この不器用さに、長年の付き合いだった右京は気付いていた。

 「俺と絶縁した後も、お前は俺を思って青鈍達に仇討ちしたんだろ。その行為自体を肯定することは、眷属となった今の俺には出来ない。……けど薄氷、お前が『大切に思う相手のためなら悪にだって染まる』――そういう奴だってことは、俺だってずっと昔から知ってんだよ」

 「……っ」

 「本当なのか、薄氷」

 冷静さを取り戻した左京は真意を確かめるため、薄氷に尋ねた。

 「~~~~うるさい、うるさい、うるさいっ!!! 『大切に思う相手』⁉ とんだ自惚れだね‼ 僕はお前らなんか大嫌いだよ‼ いつだって余裕ぶって、幸せそうに笑っててさ‼」

 「薄氷……」

 「僕がどれだけ怖くて苦しくて痛い思いをして来たか、何も知らないくせに!!!」


 感情を剝き出しに喚く薄氷は、左京と稲荷に怒りの矛先を向けた。

 「特に橡、そして稲荷大神‼ お前らは僕から蘇芳を奪ったんだ‼」

 「そんな……左京と稲荷はそんなつもりじゃ……」稲荷達の隣に立っていた東雲は、咄嗟に擁護した。

 「東雲くん……君もだよ。君もソイツらと同じで、いつも僕の心を逆撫でしてくれるよね。自信も力も、何にもないくせに! お節介に、僕ら狐や天狗や神達――人外の問題に首を突っ込んで、足手まといなことばかりしてさ‼ そのくせ、巻き込まれたら落ち込んで『俺が悪い、ごめんなさい』って……馬っっっ鹿じゃないの⁉」

 「……っ」

 これが狐の圧なのか、薄氷が纏う『穢れ』の影響なのか。――定かではないにせよ、東雲は自分に投げられた負の感情を直に受けてしまった。たじろいで俯き、心臓を押さえて奥歯を噛み締める彼を馬鹿にした様子で笑い、薄氷は続けた。

 「またお得意の『霊感体質』の影響ってやつ? 自分から巻き込まれに行ってるくせに。……まぁ、でも――君が起こしてくれた問題のお陰で、蘇芳がやっと稲荷大神から離れてくれたのも事実なわけだから……。今日は揖宿(先輩)として、もう暫く付き合いながら仕事帰りに缶コーヒーでも奢ってあげようかな? ……なーんて思ってたのに。ほんっと、余計なことにだけは察しが良いんだから」

 困っちゃうよね。――東雲を貶すことを止めず鼻で笑う薄氷に、これまで静観していた稲荷が告げた。

 「薄氷よ……()()は、孤独なのじゃな」

 「!」

 「他者の顔色を窺い、誰かに寄生しなければ己を保てない。誰かを下げて傷付けなければ充たされない。そうでもしなければ……自分を守れないのじゃな」

 「何だと……⁉」

 「可哀想に。……しかし、わたし達――神という立場では、どうすることも出来ぬのじゃ。神は、『慈悲』を持っておらぬからの」

 「――っ」

 図星なのだろう。稲荷が目を伏せてぽつぽつと言葉を発すると、薄氷の顔全体が赤く染まってゆく。肩を震わせる彼を冷静な瞳で見つめた稲荷は、悲しそうに続けた。

 「そんなわたしが……今、其方に出来ることはこれくらいじゃ」

 「‼」

 「稲荷様!」「いけません、その様な……‼」

 「其方にとっての拠り所だった『蘇芳』を奪ってしまい、本当に申し訳なかった」

 稲荷は二匹の眷属の制止を聞かず、薄氷に向けて頭を下げた。

 稲荷大神は、本気で自分を哀れみ、悲しんでいる。――嫌と言うほどに伝わって来る幼い神の清らかな本心に、薄氷はいたたまれない気持ちで圧し潰されそうになる。自分の幼稚さ、愚かさ、そして纏った『穢れ』――。これまで感じたことがないほどの羞恥心と劣等感に飲み込まれ、薄氷は狂ったように叫んだ。

 「ふ、ふざけるなよ……‼ 今更になって、頭を下げられたくらいで……っ‼ 僕の『穢れ』が消えると思ってるのか!!!」

 「……」

 「ぼ、僕は……僕は……っ‼ お前らなんて、お前らなんて大嫌いだ……っ!!!」

 「薄氷‼」

 稲荷達に向けて悲鳴に近い罵声を浴びせた薄氷は、右京の制止も虚しく再び姿を眩ませた。


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