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稲荷さま滞在奇譚  作者: 墨染
肆ノ章:玉の狐と鍵の狐
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第十七話「纏う違和感と脅威」

 東雲は揖宿と共に、酒呑童子の首が祀られているという『首塚大明神』へと向かうべく、伏見稲荷駅から京阪電車に乗り込んだ。


 井上や森野からも「いわく付き」と言われたその場所は京都の西側にあり、東雲達の働く伏見区にあるビルから向かうには、いくつかの公共交通機関を乗り継がなければならなかった。

 京阪電車で祇園四条駅まで向かい、七分ほど歩いて河原町へと出る。更に阪急の河原町駅で乗り換えて桂駅にて下車すると、東口にあるバス停で付近の高校行きに乗って沓掛(くつかけ)西口で降車する。其処から小畑川を右手、霊園を左手に細い小路を進んでゆくと森林に囲まれた住宅地の中に入る。その先に、目的地である『首塚大明神』はあった。


 東雲は、想像以上の移動で息が切れる状態だった。――それもその筈、天候は曇りで日照りこそ少ないが、時期は七月上旬であり気温も年々上がっている。また、沓掛西口から三十分以上は歩き、ジメジメとした暑さによって衣類を纏う肌からは汗が流れた。それによってへばり付いてくる服に嫌悪感を抱き、東雲の眉間には深い皺が寄った。

 霊園を通り過ぎた時こそ、持ち合わせた霊感体質から眠っている死者の気配を感じ取って少しばかりの寒さを感じたが、それ以上に交通機関の移動で大勢の人間と共に箱詰めになって移動したことから、人の気に強く当てられてしまったのである。東雲は道中、苦手意識のある揖宿を相手に、会話を成立させられるか不安だった。しかし、これらの条件が重なったことで会話(どころ)の話ではなくなってしまったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。()()しも分からない微妙な心境ではあったが、無事に目的地までやって来られたことに対し、東雲は少しばかり安堵した――矢先のことである。

 「うっ⁉」

 『首塚大明神』の鳥居を目の前にした東雲は、一瞬にして何かの圧を感じ取った。

 住宅の中にこそあるものの、周囲は森林に囲まれていて日中も薄暗い。其処から漂う重い空気を受け、耳鳴りと頭痛に加え、強い吐き気が東雲を襲った。

 (何だこれ……? (やしろ)の辺り、凄く禍々しい気が漂ってる……)

 心霊スポットとしても知られる『首塚大明神』だが、一方で頭や首上の病を治すといったご利益も確かに存在する霊験(れいげん)(あら)たかな場所でもあった。

 廃神社になっているわけでもないのなら、人々の信仰も決して絶えてはいない筈……にも関わらず、此処まで重く冷たい空気を纏っているのは何故なのか。――東雲は、突然やって来た体調不良に耐えながら必死で思考を巡らせた。


 「霊感体質も大変やねぇ。東雲くんは其処で休憩しとってや、直ぐ戻るわ」

 冷や汗を滴らせ、しゃがみ込む東雲の背を揖宿は少しばかり(さす)ると、いつもの笑みを作って鳥居を潜ろうと歩き始める。そんな彼の腕を、東雲は掴んだ。

 「い、揖宿さん! 待って……行ったら駄目です!」

 「何で? 俺が行かんと、調査来た意味あらへんやろ?」

 「そう、ですけど……! でもっ、……でも、駄目です……‼」

 「此処の主である酒呑童子が、怒っとるとでも言うん?」

 「そうじゃなくて、変なものが……! 変なものが、中に居る気がするんです……‼」

 少なくとも今――この場に酒吞童子の首が祀られているとすれば、紫苑と結、そして稲荷や大年達の話に矛盾が生じる。

 彼ら彼女らは、「『酒呑童子・荒魂』は現世に復活した」と言った。そして再び大江山を拠点にし、今より幼かった紫苑と結の父を焼殺、天狐である結の母を喰らったのである。それが事実であるならば、この場に酒呑童子の首がある筈はない。――概念こそ残っていても不思議ではないにせよ、生身として復活の際に使われたであろう頭蓋骨も有りはしない。もぬけの殻となっている筈の社の中で、今か今かと外に出たがっているような……ガタガタと、騒がしい物音を東雲の耳は聴き取っていた。

 「気がする、て言われても。俺は何も感じひんから、一人で鳥居潜ってくる言うてんのに」

 「っ、お願いですから……! 本当に、本当に危険なんです‼」

 東雲は、鬼気迫る表情で揖宿に哀願した。

 幼少期の頃、友人を事故で亡くし掛けた記憶が東雲の脳内で鮮明に蘇る。――以降、中学・高校・大学時代でも彼と関わった人々が同様に事故や怪我、事件にさえ巻き込まれてしまったことも一再(いっさい)ならずあった。誰もが死亡にまでは至らなかったにせよ、これらの出来事は東雲にも大きな傷を与えた。

 これ以上、誰も傷付いてほしくない。――自分が傷付くことを恐れているからこそ、自責の念や保身の思いを抱いていることは否めなかった。しかし、苦手意識があろうともいつも職場で気さくに接してくれる先輩の揖宿を危険な目に遭わせたくはない。『親しい存在を失うこと』が、東雲にとって恐怖の根源だったのである。


 「揖宿さん……‼」

 「はぁ~……。……東雲くんて、ほんま世話焼きな子やねぇ。お節介、とも言うべきなんやろか」

 揖宿は大きく溜息を吐き、しゃがみ込んだまま自分の腕を掴んで放さない東雲を見下ろして続けた。

 「六月にはお友達の恋愛のことで悩んでたやん。関わらんでもええことにまでわざわざ首突っ込んで……自分が強い霊感体質やのにも関わらず、『注意してます』て顔しながら何回も(おんな)じこと繰り返してんの自覚ある?」

 「え……」

 「今日かて、俺は東雲くんがしんどいんやったら日比野ちゃんと二人で行く気やったんよ? せやのに、自分が危険な目に()うてでも日比野ちゃんのこと守ろうとしとるん?」

 揖宿はそう言うと、掴んだまま深刻な顔をした東雲の手首を反対の手で掴み、ゆっくりと解放させた。

 「えらい美談で、泣ける話やねぇ。自分のことすら全然守れてへん……非力で、ちっぽけな人間やのに。自己犠牲言うやつ? けどなぁ、そういうんはちゃんと力付けて……いや、土台に上がってからの言動やない? 君のは、ただの無鉄砲言うんやで」

 「……っ」

 揖宿の言うことは(もっと)もであり、東雲は返す言葉を失った。

 「頭冷やしぃや。今日の東雲くん、何か変やで」

 初めこそ焦りや羞恥心から唇を噛み締めていた東雲だったが、揖宿に宥められて次第に冷静さを取り戻してゆく。彼は一呼吸置き、顔を上げた。

 「……すみません。俺、過敏になって冷静さを欠いてしまいました……」

 「ううん、分かればええんよ。……それにしても、霊感体質の東雲くんが影響を受けてまうんやから、それだけ此処は強大な力が宿っとる場所なんやねぇ。流石、『日本三大妖怪』に名を連ねる酒呑童子様の社やわ」

 「はい……。でも、何だか嫌な――」


 ――ふ、と。

 冷静になった東雲は、揖宿の発言から今までのやり取りに対して妙な違和感を覚えた。

 (……え、……あれ?) 「……あ、あの!」

 「何~?」

 「俺、自分が霊感体質なこと……職場の誰にも話してない、です」

 東雲は、動揺を隠し切れない表情で揖宿を見た。

 「そんなん、言わんでも見とったら分かるよ。度々、いわく付きの所に行くと体調悪そうにしとるし。一点だけ見つめて、怯えたり目線逸らしとったから。そのくらい、誰でも気付くて」

 「何を言い出すかと思えば」――と、揖宿は目を細めて笑った。

 「っ、それだけじゃない……。どうして、揖宿さんが左京(友人)の恋愛のことを知ってるんですか⁉ 以前、井上さん達に()きょ……いや、友人の相談をした時、揖宿さんはその場に居ませんでしたよね⁉」

 井上と森野の性格上、誰かに秘密を漏らすなど軽率な行いは決してしない。それは東雲が大学生――在宅勤務時代からの付き合いだったことから、二人の性格は重々理解していたことだった。故に、左京の恋路についてもアドバイスを求めることが出来たのである。

 「あー……。……ああ、そうそう! それは忘れ(もん)取りに行った時に扉越しに聞こえたからやよ。何やら深刻そうな話やったから、直ぐその場から離れたんやけどね」

 「じゃ、じゃあ……! この際だから、全部聞きます! どうして、鴉天狗達のことを知っていたんですか⁉ 『彼らによろしゅう』って……揖宿さんは、一体何を何処まで知っているんですか……⁉」

 東雲がそう言って、これまで抱え込んでいた謎の真相に迫ろうとした時だった。



 「キャアアアアアアアアア!!!」



 突然、複数の女性らしき甲高い雄叫びと共に地鳴りが起こり、バキバキと何かが破壊される騒音が響いた。

 「っ⁉」

 東雲は異常なほどの高音に思わず耳を塞いだが、声と音が聴こえた先を見て愕然とした。


 破壊された社からふわりと東雲の前に現れたのは、『増女(ぞうおんな)』の能面だった。()()は、宙に浮いた状態で此方(こちら)を見つめてケラケラと笑い出す。

 「の、能面……⁉」

 しかし、突如として声を止め――ブルブルと震え始めたかと思えば、血の涙を流し始めた。そして、『泥眼(でいがん)』、『橋姫(はしひめ)』、『生成(なまなり)』と呼ばれる顔へと変わっていったのである。

 「⁉」

 更に、東雲が困惑する間もなく面の顔が『般若(はんにゃ)』まで変わると、ボキリボキリと骨の鳴るような音と共に胴体が形成され、体の上半身は女体、下半身は大蜘蛛といった妖怪へと変化した。


 「あ……っ」

 これまでの経験から、この怪異的存在がお世辞にも良いものではないことを感知して東雲は総毛立(そうけだ)つ。急いで逃げるべく周囲を見渡した。しかし、自分達と目的地であった『首塚大明神』の周りを白く透明な膜のようなものが素早く覆ってゆく。

 (これ、結界なのか……⁉)

 このままでは、この異空間に閉じ込められてしまう。――東雲は膜が塞がる前に外へ出ようと、揖宿に向けて叫んだ。

 「揖宿さん! やっぱり此処は危険です‼」

 しかし、揖宿はいつものにんまりとした笑みを崩すことなく怪異を見つめていた。

 「揖宿さん‼ 早く!!!」

 「ああ、俺は大丈夫やの」

 東雲が再び大声で揖宿を呼ぶも、彼は顔こそ向けてきたがその場から一切動こうとはしなかった。

 「な、何を言ってるんですか……‼ 早く逃げないと……!!!」


 「だって……怪異(コイツ)のこと呼び出したん、俺やもん」


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