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稲荷さま滞在奇譚  作者: 墨染
壱ノ章:契約人と同居神
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第二話「狐の誘導」

 歩みを進めてゆく内に、東雲はある違和感を覚えた。

  (……おかしい、明らかにおかしい)

 伏見稲荷大社の正門鳥居までは、アパートから北へ直進すれば着くと燕は言っていた。地図アプリを確認しても、確かにそう示している。左手には、伏見稲荷大社の最寄り駅であるJR 稲荷駅があり、更に進むと京阪伏見稲荷駅がある。そこまでの道のりには、スーパーやコンビニをはじめとした小さな店がいくつかあって、地域住民は頻繁に出入りしている。実際、東雲もアパート内見の時にこの道を通っている。参道ほどではないにせよ、多くの人や車が行き交うのを何度も見ていた。

 ところが、今はどうだろうか。観光客や住民達の気配が一切なく、車も一台として通らない。天気は快晴、世間は春休み最終日。おまけに休日である。そうであるにも関わらず、誰一人、車一台と現れる様子はない。

 更に、不可思議なことが起こった。東雲が足を進めると、その歩幅を合わせるようにして雲も進み、太陽は西へと沈んでゆくのだ。まるで時間だけが早送りされているかのように。

 「こうこう」

 誰も居ない筈の道から、人とも獣とも言えない鳴き声が聞こえた。

 (……稲荷神社って確か、『狐』だったよな……?)

 アルバイト時代、民俗伝承について書く機会があった。その時に少しだけ稲荷神社についても調べたことはあったが、寺社仏閣の知識が浅い東雲にとって、『稲荷神』と『狐』の違いは今一よく分からないものだったので、彼は狐に(つま)まれたような感覚に陥っていた。

 土地勘の無い場所で、人っ子一人見当たらない。追い打ちをかけるような奇妙な声に、異常なほど速く 進む空の怪奇現象……これほどに不安なことがあるだろうか。

 出発前の高揚感が嘘のように、東雲の中で恐怖は膨れ上がってゆくばかりだった。一度は引き返すことも考えたが、背後に何かしらの気配と強い視線を感じて振り返ることすら出来なくなってしまった。

 恐怖で震える足を精一杯、前へ前へと動かしながら、東雲はこの状況から抜け出す方法を必死に考えていた。

 しかし、そんな時間も悠長に与えられること叶わず。あっという間に目的地へと到着してしまうのだった。それもその筈、東雲の拠点とする『アパートつばめ』から伏見稲荷大社までは、およそ十分程度歩けば着いてしまう距離にあるのだ。

 スマートフォンに表示されている時計は午前九時を示しているというのに、周囲はすっかり暗くなっており、街灯がチカチカと音を立てて点灯を始めた。薄暗い橙色の光が、更に不気味さを演出している。――伏見稲荷大社でも、同様に灯籠が朱色の鳥居を照らしていた。ご丁寧に、奥にある楼門もよく見える仕様ときたものだ。

 「風景や建物こそ同じだけど……やっぱり、さっきまでいた場所じゃない」

 どうやら、何かしらの力が働いているらしい。それが良いものなのか、悪いものなのかまでは分からなかったが、東雲は乾いた声で「またか……」と呟く。霊感がある故の『巻き込まれ体質』が、ここに来て大きく影響しているようだ。


 「こうこう」

 再びあの声がした。それは、鳥居の奥から聴こえてくる。

 「……来い、ってことなのか?」

 潜ればもう戻ってはこられない、などということがあったりはしないだろうか。この気配の正体は一体何なのか。――不安と疑問が(せめ)ぎ合い、思考が定まらない。東雲の頬に汗が伝った。

 「……どの道、ここで待っていても現実世界へ帰してもらえるわけないんだよな」

 経験者は語る、といった所だろう。得体の知れない空間で当てずっぽうに動き回ると、体力を削がれるだけでなく判断力まで落ちてしまい兼ねない。とは言え、迷い込んでしまった非現実空間で、いつまでも足踏みをしているわけにもいかない。

 東雲は深呼吸をして覚悟を決めると、一礼して鳥居を潜った。

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