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稲荷さま滞在奇譚  作者: 墨染
弐ノ章:新生活と新発見
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第十五話「募る不安と積もる話」

 午後十三時――大学東門前。入学式というだけあって、人の出入りが多い。

 東雲は息を整えると、足を踏み入れた。

 (……見た所、ここは正門じゃなさそうだな)

 その証拠に、今日が勝負時であるサークルの勧誘が一切行われていない。――四年前の今日、大学の入学式でサークル勧誘の波に呑まれた東雲の記憶が今、鮮明に蘇ってきた。

 「懐かしいな……はっ! いやいや、そうじゃない。今はそれどころじゃない!」

 大学時代の記憶に浸りそうになった所を、首を横に振って制止する。とにかく今は、少しでも稲荷の目撃情報を得なければならない。手始めに、東雲は一番近くに見えている棟へと向かうことにした。

 床とコアで構成されたスラブタイプの白い建物はガラス壁を多く使用しており、棟内入口へ向かうまでにも開放的な空間を演出している。洒落た外観に思わず気を取られそうになるが、東雲はここへ見学に来たわけではないのだ。

 「すみません。ちょっとお尋ねしたいんですが。五、六……七歳くらいの、髪の明るい和服姿の子供を見ませんでしたか? 親戚の子が迷子になってて……」

 東雲は、近くで談笑していた在校生らしき女性達に声を掛けた。咄嗟に吐いた嘘に少し罪悪感を抱いたが、今は一刻も早く稲荷を見つけなければならないと言い聞かせ、彼女達の返事を待った。

 「子供?」

 「……ああ、あの子じゃない?」

 そのうちの一人が、思い出したように口を開いた。

 「綺麗だけど変わった着物を着た子だったら、あっちのステージの方に行きましたよ」

 「本当ですか! ありがとうございます!」

 女生徒の目撃情報に、東雲の顔は明るくなる。稲荷はやはり、この大学に来たようだ。――東雲は女生徒達に頭を下げると、急いで示された方角へと走った。


 ステージ前にやってくると、東雲は再び構内に居る生徒に尋ねた。

 「着物を着た子供?」

 「……あ。私、女性とカフェに入っていくのを見たけど」

 「女性……ですか?」

 「お母さんかなって思ったけど、それにしては若かったし。……でも、リクルートスーツ着てた気がするからお姉ちゃんかも」

 「そうですか。ありがとうございます!」

 東雲は、すぐ側にあるカフェへと移動する。

 (稲荷が女性と一緒? ……まさか、誘拐じゃないよな?)

 東雲は最悪の事態を想定し、突然大きな不安が心を(よぎ)る。自然と、進める足も速くなってゆく。


 「着物を着た子供と女性なら、此処でご飯を食べていかれましたよ。可愛かったよね、あの子」

 「ね。『美味(びみ)であったぞ!』って、ちょっと古風な喋り方するのが良いよね」

 カフェの店員が顔を合わせてそう言った。

 (古風な言葉……やっぱり稲荷だ!)

 東雲は、その子供が稲荷であると確信する。――と同時に、同行している女性の存在が引っ掛かった。

 「その子供と女性が何処へ行ったか分かりませんか?」

 「うちのカフェって、ガラス窓だから外が見えるでしょ? だから私、手が空いた時に見てたんですけど……毎年やってる『新入生大学内ツアー』に参加してましたよ」

 「え、そうなの?」別の店員が、初耳だと言わんばかりに尋ねる。

 「うん。私、その子が実行委員の人達に話し掛けてるの見たし。その後、その子の周囲に人が集まってきて、大名行列みたいになって移動してったの。何を話していたのかまでは、流石にここからじゃ聞こえなかったけど」

 「あの、そのツアーって今どの辺りに居るか分かりませんか?」

 「さあ、そこまでは……」

 「分かりました! ありがとうございます‼」

 稲荷に近付いている。それが分かったからなのか、先程聞いた同行している女性の存在が気掛かりなのか。どの道、心は落ち着かない。――東雲はレジの店員達に礼を言い、カフェを出た。


 付近に居た、長袖インナーの上から文字入りTシャツを着た青年に声を掛ける。Tシャツには、『大学イベント企画実行委員会』の文字が印字されていた。

 「……着物姿の子供? ええ、ええ、新入生の女性と一緒にツアーの参加を表明してましたよ! いやあ、お陰で歴代一の参加人数ですよ! あの子のお兄さんですか?」

 「まあ、そんなところです。……あの、ツアーの回る順番とか分かりますか?」

 時間は刻々と過ぎてゆくので、その都度説明もしてはいられない。――東雲の中で、少しずつ焦りが顔に出始めているのが分かった。親切な青年に対して申し訳なさを感じつつも、東雲は質問を軽く受け流して詳細について尋ねた。しかし、青年の表情は変わらず嬉しそうだ。

 「何でしたら、ルートの地図をお渡ししますよ。もう結構進んでると思うので、合流に間に合うかは微妙ですけど……途中参加は可能なので!」

 「ありがとうございます!」

 どうやら東雲は、稲荷の兄であり在校生だと判断されたらしい。

 昨年まで大学生だったことから、その名残りでもあったのだろうか。――そんなことを考えつつ、東雲は地図を受け取った。

 (ルート通りに探してみるか、それとも最終地点で待ってみるか。……いや、でももし擦れ違いで待ち惚けになったら意味がない。……とりあえず、最終地点まで行ってみるしか……)

 東雲は少し悩んだが、一番遭遇する可能性のある最終地点へと向かうことに決めた。他にも、考えなければならないことは山ほどある。稲荷にも言いたいことは沢山あったが、今は致し方ない。――地図を握りしめると、東雲は再び走り出した。


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