6.多分、そういうこと
サグスター港に着いた。暗黒大陸間際の温暖な島、スネル島にある大きな港だ。ここは貿易拠点として、各国の様々な物資が集結していた。
リリーは異国に降り立ち、その暖かさに驚いた。本当にここは冬なのだろうか。
「エディさん、早速で悪いのですが修道着では暑すぎます」
「……俺もそう思っていたところだ。本当にここは冬か?リリーのために服を調達しないとな」
港を歩きながら、エディがどんどん服を脱いで行く。リリーは慌てたが、半袖になったところで彼はマントに服をまとめ出した。リリーはホッとする。
船から降りる前に、彼の傷の抜糸も済ませた。魚の骨のような傷跡がまだ痛々しいが、かさぶたも出来てすっかり治って来ているようだった。
「あの……これからどちらに?」
「俺の知り合いの家だ。ついて来てくれれば分かる」
右も左も分からない土地なので、リリーは素直に彼の後ろを歩いた。
エディはマントを小脇に抱え、きょろきょろしながら口を開く。
「ああ、そうそう。エディさん、って呼ぶのはもうよしてくれ」
「?何でですか?」
「ん、まぁ……周りに君と俺に身分の差があると悟られると面倒なんだ。俺達は同僚、っていうていでよろしく」
リリーは目をすがめる。彼の服はかなり生地が上等なので、そんな小芝居をしたところでどうにもならない気がするが。
リリーも汗ばむ頭からベールを脱ぎ去った。エディは彼女の髪を、興味深そうに眺めている。
港から街の中心部に入って行く。かなり立派なお屋敷が見えて来たところで、彼は言った。
「そろそろ着くぞ。リダウト商会だ」
商会……とリリーは緊張気味に呟く。そんなところに足を踏み入れるのは初めてだ。
商会の門の前に来ると、エディは何やら手紙を取り出した。それを門番に託すと、すぐに扉は開かれる。
「この商会の主のチャド様と面会する。リリー、心しておくように」
二人は商会の主の待つ応接間に招かれた。チャドは太った中年の男で、エディの姿を認めるなりすぐに礼をした。
「よくぞいらっしゃいました、エディ様。おや?護衛はどうなされたのですか」
エディは言いにくそうに黙っている。リリーが彼の困惑顔を覗き込んでいると、すぐに近くにいた執事がやって来てこう言った。
「お連れ様のお荷物をお預かりします。エディ様とチャド様は少し商談がございますので、お連れ様はその間、こちらでお休みになっていてください」
リリーは驚きながら、執事とエディとに交互に視線を走らせる。エディは安心させるように、リリーにこう言った。
「これからの冒険に備え、服を仕立ててもらうといい。どうでしょう、チャド様」
「構いません。すぐにこちらでお針子を手配しましょう」
リリーは予期せぬ流れに怪訝な顔をした。しかし、まだ付き合いの短い自分には聞かせられない話が彼らの間にあるのだろう、とも予想する。
「そう?じゃあ、エディ。また会いましょうね」
執事がその台詞を聞いて目を丸くしながら、リリーを促して連れて行く。扉が閉まったところで、チャドが口を開いた。
「護衛を捨て、修道女をお連れになっているのは、一体……?」
エディが視線を外しながら答えた。
「船の中で、護衛に殺されそうになった。二人とも敵側だったようなんだ」
チャドは絶句し、腕を組んで何かを考えている。
「まさか……」
「そのまさかだ。王が病に伏せって動けないのをいいことに、王位継承者の間でついに殺し合いが始まった」
「あの修道女は……?」
「彼女は護衛に襲われた時、私を助けてくれたのだ。護衛に立ち向かう勇気はあるし、薬学を修めていて、人の世話を焼くのが苦ではない女だった。だから口説き落として、どうにかついて来てもらったんだ」
それに関してもチャドは絶句した。
「信用に足る人物なのですかな?」
「多分」
軽く受け流すエディを、チャドははっきりとこう呼んだ。
「殿下!」
エディが、ようやくそのエメラルドの双眸をチャドに向ける。
「よからぬことを考える女だったらどうするのです!?エディ様はランドール国の王位継承権第四位にあらせられるのですから、そのような突飛な行動は慎んだ方が……!」
「父上が病に臥せ継承権争いが激化した今、むしろ関係者から護衛を連れてくる方が危険だ。私は自分の命が助かるならば何でもするさ。そのためにもまずは王の病を立て直し、国内の派閥争いを止めなければならない」
「で……その結果、素性のわからぬ修道女を引き入れたと?」
「ああ」
「何を考えていらっしゃるのです!さては殿下、まさかあの女に懸想を……!?」
エディはしばし考え、あっけらかんとこう答えた。
「うん」
チャドは驚いてひゅっと息を吸うなり、咳き込んだ。エディは畳み掛ける。
「あんなにいい子、なかなかいないよ。働き者だし怪我も上手に縫ってくれたし……もっと仲良くなれればいいんだけど」
チャドはその回答に眩暈を起こし、近くの椅子にへなりと腰を降ろした。