59.奇跡の島
それから三年後。
リリーはエディの隣で目を覚ました。温暖な気候のフラハティ島には色とりどりの鳥が溢れ、窓辺で高らかに鳴いていた。
ここは新築の、二人だけの居城。
二人は結婚を機に例の南の島に移住した。その名はフラハティ島──ヤルミル曰く、フラハティとはカラバルの言葉で「奇跡」を意味するらしい。リリーはこの、奇跡の島が気に入っている。
夫の眠りこけるベッドから降り、窓の外を見る。果てしなく広がる青い海。切り拓かれた森にはナワ・カバラルの苗が並んでいる。研究中の南国の花々がカラフルに咲き誇り、異国に売り出される時を待っていた。
近隣の島から募集をかけた使用人たちが、リリーに新しいドレスを着せてくれる。
魚介とサラダの組み合わせが、二人の朝食の定番だ。
魚は万能薬草の種から取った油でソテーしてある。このオイルは今、美容にいいと貴族女性の間で専らの噂だ(無論噂を流しているのはリリーだ)。今日の朝食はこの白身魚のソテーとサラダ、それから焼きたてのパンである。
エディは早速朝から商談を控えている。朝食後少し二人でゆっくりした後、エディは必ずリリーとキスを交わして外へ出かけて行く。
ナワ・カラバルを育てる園芸員が、体を日に焼きながら立ち働いてくれる。それを窓から眺めながら、リリーは手紙の山を仕分け、万能薬草管理局長としての事務作業を淡々とこなして行くのだ。
その手紙の山の中に、子どもの字で書かれた手紙があった。
リリーは真っ先にそれを手に取り、中を開けて読んでみる。万能薬草で熱病が完治した感謝の意が拙い字で綴られていた。リリーはそれを読みながら、笑顔になった。
患者からの感謝の声が、今のリリーの一番の支えだ。
ヤルミルから送られて来る万能薬草は、リリーを通さないと買えないことになっている。そのため、各国の船がこの島に列を成すようになっていた。
島の一角はランドールからの移住者を受け入れた。ここに小さな町が出来つつある。各国の船員が航海の疲れを癒すたび、町は発展を遂げて行く。
ランドールではセドリックがまだ王として健在なので、リリーたちは自由にやらせてもらっている。ヒューゴとマリーが失脚したことで、王族の間ではエディを次期王として支持する声が大きくなっていた。兄弟たちもその流れに異論を挟むことはしなくなった。国民から根強く支持されているエディやリリーを敵に回す方が危険だからだ。
どちらにせよエディとリリーが男児を産めば、その子どもが次の次の王に確定する。セドリックはリリーが未来の王を産むことを熱望している。エディの王位にはさして興味がないが、その未来については、やぶさかではないリリーなのであった。
万能薬草を国内販売したおかげで、ランドールには市民病院が二つも出来た。まだ万能薬草の供給が追い付かないので一枚当たりの値段は高額で推移しているが、土着の熱病が消えて行くにつれランドール国の労働人口が増え、国内は更に栄えて行った。更にその人口が、こうしてフラハティ島にも流れて来ている。
書類の束を整え、朝の仕事に目処がつくと、リリーは呟いた。
「全て順調……っと」
事務室を出、歩きながらリリーはお腹をさする。
だいぶ膨らんで来た。
リリーとエディが待ちに待った、小さな命がここにある。
玄関から外へ出ると、日課の散歩をする。同時に、けたたましく万能薬草たちが話しかけて来た。
『リリー、おはよう!』
『こっちの受粉まだー?』
『私に実がついてるよ、早く植えてよ』
『リリーのお腹の実は順調かい?』
『レミントンがまた万能薬草を輸入したがってるぞ』
『もうひとつ島を買う話はどうなってる?』
リリーは万能薬草から各国の機密情報を得ていた。色んな国の事情が筒抜けなので、商売も政治も非常にやりやすくて助かっている。
リリーは自分と同じくらいの背丈になったナワ・カラバルたちに言う。
「順調よ。全て順調!」
リリーは万能薬草の実をもぐと、その場でがぶりと噛んだ。
狙い通りだ。万能薬草の実は肥料を追加すればとても甘くてジューシーになる。この果実は、樹皮と並んで人気の特産品になるであろう。
島に、もうひとつ建設中のものがある。
病院と、病後院だ。
この島の一角をリゾート地にする計画だ。リリーはここで出産するつもりである。そのことがまた、良い広告になるだろう。
ランドールは冬はかなり冷え込むうえ雪も積もるので、このような温暖な土地は病を治しリハビリをするにはうってつけである。ここで万能薬草の実を食べられるようにして、美味しく薬効を求める患者に新たなサービスを提供することにしている。また、これが上手くいけば観光客用の似たような宿泊施設を建設することも視野に入れていた。
リリーは島を回る。まるで自分の国が出来たようで、とても楽しい。ランドールが栄えることも大事だが、最近のリリーは自分の街をドレスアップすることで忙しい。
「エディ!」
商談中のエディと港のカフェで出会う。相手の商人はリリーを認めると、興奮気味に立ち上がった。
「あなたがあの薬師聖女様!?」
「ふふふ。妊娠してるから、もう聖女などとは言えませんよ」
「噂は伝え聞いております。大冒険の末、王子に見染められ、更に島の女王になるなんて」
「女王だなんて、ほほほ」
エディが苦笑いで言う。
「実質女王だよ。俺はいつまで経っても彼女の従者だ」
「まあ、そうよね」
「……否定してくれない?」
三人は笑い合った。
商談を終えたエディに支えられ、身重のリリーは再び島の丘を上がって行く。
人の手で受粉させられて行く万能薬草の中をすり抜け、南国の色とりどりの花々に囲まれて。
リリーは南国の木漏れ日の中を歩きながら、この世界の美しさに泣きそうになる。ふと目をこすると、エディが尋ねた。
「どうした?急に泣き出して……」
「何でもないの。ちょっと、嬉しくなっただけ」
「?」
母に先立たれ、修道院を追い出され、ひとりぼっちの少女が奇跡を起こして聖女になった。
「私、もっと頑張らなくちゃ」
「もう充分頑張ったよ。リリーは沢山の人を助けたんだから、もっとゆっくりしたら?」
「助けたのは万能薬草よ」
「そう言われちゃうとな……」
二人が万能薬草のプランテーションを抜けた時、一斉にあの声が降り注いだ。
『リリーのおかげだよ』
『もっと元気出せよ、君にも実が成ったんだから』
『お天気よくてすばらしー!』
『カラバルより気に入ってるよ。ありがとう、薬師聖女』
二人はまだ新しい二人の城へ帰る。万能薬草で、この世から全ての熱病を取り去るために。
書斎には風と光が降り注いでいる。デスクの上に無造作に置かれた形見の薬草事典が二人を祝福するように、パラパラと音を立て、潮風でめくれ上がっていた。
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