56.婚約
叙勲式の後、リリーは祝賀会に引っ張り回されることになった。
会場には、彼女のお披露目の意味も兼ねているのか王族でごった返していた。エディに親戚の名前を教えてもらいながら、リリーは彼の婚約者として挨拶に回った。
身分がほぼなかった妾の子とはいえ、母から教わった貴族のマナーはきっちり身に着けてある。最初は王族から冷ややかな視線を浴びていたリリーだったが、立ち居振る舞いを見せるにつれ、その視線は和らいで行く。
エディを助け、セドリックとヒューゴを助け、市民を救った。その信頼が詰み上がって、ようやく今日花開いたのだ。
リリーは高揚感と緊張の渦中にいた。叙勲されたことで糸が切れたようになり、ようやく肩から力が抜けて行く。
ふらふらと立食パーティに戻ると、セドリックがワインを差し出してくれた。
「疲れただろう、飲め」
「ありがとうございます……」
「リリーはエディの妻になるのだな?」
「……私はそのつもりです」
リリーがワインをあおると、王が小声で言った。
「これから、凄く苦労することと思う。ヒューゴとマリーは今回の件で、世継ぎを望めなくなった。だから君に過剰なプレッシャーがかかるだろう。その覚悟はあるか?」
「私はエディ様と生きるためなら、そういったことの覚悟は出来ています。けれど……私にはもう少し研究したいことがあって」
「万能薬草のことか?」
「はい。今はセドリック様が回復されたので、次期王を立てるまで時間があります。私はその間に、やっておきたいことがたくさんあるんです」
二人の会話を聞きたがって、王族たちがぞろぞろと集まって来る。リリーがはなからエディの妃の座を狙って近づいたと考えている者が多く、根本からは信用していないのだ。全会一致で爵位を与えたとはいえ、彼らもまだ誤解している部分があるのだろう。リリーはそれを感じて、ここからはあえて彼らにも聞こえるよう、これからの計画をつまびらかにした。
「そうですね。まずは万能薬草のプランテーションを作ります。それから、実際に育てて彼らの秘密を解き明かして行きたいんです。多く作れば、それだけ多くの人間を救うことが出来ますから」
「リリーはどうして、そこまで無私の精神で仕事が出来るんだ?」
「私は幼くして母を病で亡くし苦労しましたから、ひとりでも多くの人の病を万能薬草で治してあげたいんです。それにエディ様の薬草園のこともありますし、事業を拡大してこの国が更に豊かになるお手伝いが出来ればと」
セドリックは頷いた。
「リリーに時間を作ってやりたいものだな」
「はい。しばらくは、研究に没頭したいですね」
「叙勲式の中にあって、地位はどうでもいいと……?」
周囲からさざめくような笑い声が起こったが、リリーは力強く頷くと宣言した。
「はい!私は大好きなエディ様と結婚出来て、万能薬草がもっさり茂れば、あとはどうでもいいです!」
エディが少し顔を赤くし、慌ててリリーを止めに入る。
「リリー、ちょっとは言葉を加減しろっ」
「だって……」
セドリックがぼそぼそと尋ねる。
「……ところで、プランテーションの計画はどうなっている?」
リリーも小声になった。
「まだ、島を見つけようとしている最中です。商会にいい場所を探させているのです」
あれから商会からは何の音沙汰もない。万能薬草たちも実がついてからは話しかけて来ないし、情報は途切れていた。
「もし話が進めば、こちらからも支援をしよう」
「ありがとうございます!」
大広間の照明に勲章が輝いて、リリーの瞳にも光が宿った。
エディが近づいて来る。
「話がまとまったな」
「そうね。素晴らしい一日だわ」
「……もうひとつまとめたい話があるんだけど」
「?何かしら」
リリーが尋ねると、エディがまるで手品でも見せるかのように、ひょいと指輪を見せて来た。
小さなダイヤモンドの光る指輪だ。
リリーがぽかんとしていると、エディはあの星空の夜のように堂々と彼女の前にひざまづいた。
大広間がざわめく。
リリーは顔を真っ赤にした。
「ちょ、ちょっとエディ!」
「いいことは早い方がいい」
「心の準備が……!」
エディに下から見上げられて、リリーはくらりと眩暈を起こす。
「薬師聖女様。私と一生を共にしませんか」
リリーは恥ずかしそうに口を結ぶと、覚悟を持ってエディに手を差し出した。
セドリックと兄弟一同が率先して拍手する。その拍手の輪が広がって、広間は歓迎ムードに満ちて行く。
愛する人の手によって、リリーの薬指に輝かしいひとつ星が差し込まれた。