55.リリーの叙勲式
叙勲には王族の推薦人が要る。
リリーはウォルスター城内の自室で叙勲式に関する書類に目を通し、推薦人の名前を見つけて目を見張った。
〝王太子ヒューゴ〟
リリーに衝撃が走る。
「……ヒューゴ様!?」
エディが勝ち誇った顔で笑った。
「リリーは凄いよ。敵を味方にしてしまった。勲章は、王族の反対票がひとつでも入ると授けられない。全員一致で決まるというわけなんだ」
「どういう風の吹き回し……?」
「どうって、そりゃヒューゴも病気を治してもらった恩に報いたんじゃないか?」
「……その割に、陛下の推薦はないわね……」
「父上は推薦に許可をする側だから、推薦人にはなれないんだよ」
リリーはじんわりと目に汗をかく。
「けどまさか、そんなことが……」
「まあそういうわけでさ、叙勲式があるんだよ。28日だけど、出られるかい?」
「もちろん!」
「これを付けて、陛下の前で誓いを立てるんだ。これからも王国に貢献すると」
リリーは幸福そうに身悶えし、その肩をエディがそっと抱く。
「これでようやく、二人の結婚への道が整ったな」
「うん!」
リリーは笑顔でそう返事をしてから、ふと気になることを尋ねる。
「勲章は当日王宮の広間で貰えるものなんじゃないの?なぜここにあるのよ」
「ん?あんまり嬉しかったんで、先に持って来て貰った。訪問看護を頑張ってるリリーを喜ばせようと思って……あとで返す」
「えー!焦り過ぎよエディ」
「だってさ。お互い、このちっぽけな勲章が左右する〝身分〟とやらにさんざん振り回されたわけだろ。それがようやく解決するんだから、早く見せたくて」
リリーは口元を緩ませて頷いた。身分に関係なく病から人々を解放するのが、リリーの描く夢だった。
しかしちょっと不安もある。
「もしエディと結婚したら、私はもう仕事を出来なくなるの?」
「そんなことはないよ。俺や父上が止めない限りはやってていい」
「そう。ならよかったわ」
「というより、むしろ別の仕事を追加でしてもらわなければならなくなる。王族同士の付き合いや、外交などがそうだ」
「……出来るかしら」
「リリーなら大丈夫だよ」
リリーは色々と思い描いたが、首を左右に振って不安を打ち消した。
「そうだわ。ヤルミルはどうしてる?」
「あいつなら、万能薬草に限らず職員に混ざって植物の世話をしているよ。ヤルミルの持つ薬草知識は──特に万能薬草に関しては、かなりのもんだな」
「へー、そうなの」
「島の話が進んだら、ヤルミルにも現地へ来て貰おうと思って」
「それがいいわ。一番万能薬草に適した気候を肌で感じているのは、彼だもの」
リリーたちの夢が、水平な土地に湧き出る泉のようにとくとくと広がって行く。
叙勲式当日。
リリーは紅いドレスで王宮に参内していた。エディのエスコートで中に入ろうとすると、王宮の周囲は見物人でごった返していた。
リリーはボソボソと尋ねる。
「エディ。なんでここに、こんなに人が……?」
「多分、新聞で君への叙勲の発表があったからかな」
「どんな記事だった?」
「想像に任せるよ」
広間に着くと、ヒューゴがこちらに向かって歩いて来た。リリーは身構えるが、ヒューゴは顔色を変えないまま、静かにリリーの前で膝を折った。
エディとリリーはどちらも困惑している。
ヒューゴがリリーを見上げ、真っ直ぐな瞳で言った。
「リリー。マリーを呼出し、私をこの世界に引き戻してくれたこと──感謝する」
リリーは頬を染めながら何度も頷いた。彼の視線にはもう彼女を侮る色はなく、真摯に向き合っている。
リリーは言った。
「私は看護係としてあるべき仕事をしただけです」
「今までの、数々の非礼を詫びよう」
「はぁ……」
「君への叙勲を提案したのは私だ。あれから王族を説得して回ったんだ。リリーだって、ずっと愛する者のそばにいたいという思いは、私と変わらないのだから」
どうしても今までの仕打ちの手前、その台詞の裏側にある意味を探ってしまうリリーだったが、それを聞いて腑に落ちたところもある。
マリーを呼んだことが、ヒューゴの頑なだった考えを変えたのだ。
「はい。人生は、誰と過ごすかで決まりますものね」
「……何やら疑っている様子だから、先に言っておく。私は命の恩人から伴侶を奪うほど、最低な人間ではない」
ヒューゴの言い草にリリーは笑った。
「……何がおかしい」
「やはりヒューゴ様は、芯から王太子様なのだということが分かったからです」
「……まあな」
エディが言う。
「そろそろ時間だぞ」
リリーは王座の前で王を待った。
セドリックが王座の前に立つと、勲章がベルベッドの箱に乗せられ運ばれて来る。
リリーは王の前に膝をついた。
セドリックは兵士に手渡された剣をリリーの肩にそっと置くと、小さな声で言った。
「エディを……頼む」
リリーは目を輝かせてセドリックを見上げる。
ランドールの王は、どこか感慨深げにリリーに微笑みかけていた。