50.人と樹の恋
島を見繕う約束をしたチャドは、夕方には別の商談に出て行った。
「しばらくここに滞在させてもらうよ」
とヤルミルは言った。
「万能薬草の重大局面を最後まで見届けたい。いいだろうか?」
城の主であるエディは言った。
「構わないよ。ヤルミルがいれば、色んなことを聞きやすいしな」
「協力する。これも全て建国の祖である万能薬草のためだ」
「建国の祖……?」
「言っていなかったな。実はカラバル国の住民の祖先は、伝説によるとナワ・カラバルなのだ。樹が人間に恋をして結ばれるところから、国の物語が始まる」
リリーは少女らしく、自らの胸を押さえる。
「そんな可愛らしい伝説が……素敵」
「どの国にもその国ならではの国生み神話があるだろう。カラバル国はそうやって生まれたのだ。そうして出来た樹と人間のあいの子が、ナワ・カラバルということだ」
そんなロマンチックな話を聞くと、リリーも俄然やる気が湧いて来る。
「そうよね。きっと人間より樹の方が、先にその土地に根差していたはずよ」
「誰かの役に立つことを目的にして来た樹だ。その思いを、存分に叶えてやりたい」
三人は再び向かい合った。
「リリー、しばらく我々は王宮に詰めよう。新事業について、王族で話し合わなければならない」
「……ヤルミルも来る?」
「私はここで万能薬草たちと別の話し合いをするよ。どいつをその島とやらに移動させるのか。木にも派閥があるもんでね」
「……木も人間も、変わらないんだなぁ」
三人は頷き合った。
「トリスや使用人たちにはヤルミルの話をしておくから、安心してここで客人をやっててくれ」
「恩に着るぞ、エディ」
リリーとエディは微笑み合う。
「計画を立てよう。島の購入と並行して、万能薬草をどのように使って行くか」
「そうね。そのためにはまず、王族からの理解と信頼を勝ち得ないと……」
リリーはヤルミルの忠告について、ずっと考えあぐねていた。
信頼を得るために事業をするのではなく、事業をするために信頼を得る行動をしなければならない。
一週間後。
リリーとエディは王宮に移動した。
セドリック、ヒューゴ、サイラス、レナルド、そしてエディとリリー、トリス大臣は会議室に座っている。
リリーは久しぶりに顔を合わせたヒューゴを盗み見る。彼は以前のような元気さはなく、随分やつれているような気がする。
エディが口火を切った。
「では、これから万能薬草の活用について話し合おう」
全員が彼の話に耳を傾けた。
「万能薬草は他国には売らない。国内で役立てようと思う」
レナルドは顔を曇らせたが、サイラスはうんうんと頷いて言った。
「それがいいと思っていた。わざわざ金のために他国を利することもないだろう」
セドリックがエディに問う。
「何か、役立てる計画でもあるのか?」
「はい。例の万能薬草を、市井の患者にも使用して行こうと思うのです。最近は父上の病や王太子妃マリーのこともありましたし、市民感情が良くありません。まずは有力貴族の子女に適用したいと思うのですが」
「それはいい考えだな。薬は売るものではなく、使うもんだ」
「薬はなるべく高額にします。それで得た金で、王都に病院をひとつ増やしたいんだ。それと並行して、万能薬草の栽培にも着手したい。最終目標はこの国の貴族から平民まで、全ての熱病をなくすこと。それが出来れば、この国はもっと栄える」
ヒューゴが口を挟んだ。
「リリーの入れ知恵か?」
全員の冷ややかな視線がヒューゴに集まる。ヒューゴはリリーに詰め寄った。
「お前が余計なことをしたせいで、マリーが……!」
「落ち着け、ヒューゴ」
セドリックが取りなすが、ヒューゴの怒りは収まらない。
「お前みたいな低級貴族には、どうせ分からないだろう。王族がそれぞれどのような立場や重圧を与えられ、日々研鑽して来たかを。そんな木の板で何もかもをひっくり返されるのが、どんなにやりきれないか……!」
その木の板で生還したセドリックがいることなど、視界に入っていないらしい。リリーはおっかなびっくりヒューゴを見上げ、じっと顔色をうかがう。どうも様子がおかしい。
「申し訳ありません、身分の割に出過ぎた真似をしました。しかし、私は私の正しいと思うことをしてここまで来ました。ヒューゴ様には悪いことをしましたが、多くの熱病に苦しむ国民にはこの薬が希望になるはずです。彼らの希望を、王族の誰かの一存で潰すようなことはしたくありません。それは私の哲学に反します」
「生意気な……!」
「私は生意気です。どうぞ、あなたの一存で万能薬草を取り上げて下さい。……出来るのならば」
ヒューゴが言葉に詰まる。
この会議室の空気は、王太子の感情的な発言で白け切っている。明らかにリリーの意見を支持する流れが出来ていた。
リリーはヤルミルの言葉を思い出していた。
〝まずは、信頼されること〟
ヒューゴは静かに唇を噛んだ。どうやら、自分の言葉が正当性を欠いていたことをようやく認識したらしい。
トリスが静かに言う。
「王太子殿下。少し顔色が悪いのではないですか?」
セドリックも頷いた。リリーが立ち上がる。
「もしよろしければ、王宮内の病室を……」
すると、ヒューゴはムキになって言った。
「いい。何ともない、大丈夫だ」
しかし、よく見るとかなり大量の汗をかいている。リリーは嫌な予感がした。
「ヒューゴ様……?」
「貴様の世話にはならん……無論、その怪しげな万能薬草とやらにも……!」
彼がそう言い返した、次の瞬間。
ぐらりとヒューゴの体が揺れた。エディは慌てて飛んで行き、隣の兄の体を支える。
「おい……ヒューゴ!」
「ヒューゴ様!」
二人は同時に王太子の体に触れ、ゾッとした。
「すごい熱……」
「すぐに担架を用意するんだ、早く!」
王宮内は騒然となった。
リリーたちは担架に乗せられたヒューゴと並走するように、王宮内の病室へと駆け込んで行く。