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5.サグスター港到着

 それからもリリーは怪我人の傷の様子を見るために奔走した。医師の回診のように、ぐるぐると船内を回る。


 そこに、いつの間にかエディもついて来た。リリーは彼の気配に気づくと、振り返った。


「エディさん、あなたも怪我人なんだから休んでいてください」

「でも……元はと言えば俺の仲間がやったことだし」

「怪我人は責任感など捨てるべきだわ」

「そうは言うけど……君だけに負担をかけるわけには行かないよ」


 そう言いながら、エディは何やらごそごそとポケットをまさぐり、こちらに渡す。


「これ、使って」


 リリーは渡されたビンのラベルをじっと眺める。


「消毒液と軟膏バーム……」

「ランドール王立薬草園仕込みの薬だ。よく効くぞ」


 百合と鷹の紋章入りのバームの蓋を開けると、ふわりと芳しい花の香りが広がった。


「治療に役立ててくれ。ところで君の持っている薬は、どこで手に入れたんだ?あと火炎瓶……」

「私が作りました」

「へー。君はそういうことも出来るんだね」

「修道院内にある書籍の知識は大体頭に入ってますから。治療薬のみならず、その時の持ち物で色々と即席で作れますよ」


 リリーはエディを引き連れて船内を回った。エディは怪我人の部屋に入るたび、頭を下げて回る。治療と謝罪行脚を終えると、エディがリリーを呼び止めた。


「少し時間をもらえるかな。話がある。これからの業務と装備の話だ」


 再び食堂で二人は向かい合った。食事を取りながら、今後のことを話し合う。


「サグスター港に着いたら、俺の知り合いがいるからそこで装備を整えよう」

「装備……ですか」

「暗黒大陸はどこも舗装されていない。とんでもない未開の地らしいから、丈夫なブーツと服が必要だ。リリーの履いている修道女用サンダルなんて、すぐ駄目になるだろうな」

「あ、あのー」

「何だ」

「暗黒大陸に関する情報は何かありませんか?心構えと言うか……先に色々と知っておきたいのですが」


 エディは言った。


「暗黒大陸は、現在冬なんだ」

「冬……」

「あそこに行って来た探検家によると、夏は蚊が病気を媒介して危険なのだそうだ。冬の方が虫が減って、探検しやすいらしい」

「……暗黒大陸に入って、生きて帰って来た方がいらっしゃるんですか!?」

「最近は多いぞ。冬に行けば割と大丈夫なことが分かって来た」

「そうですか。でも……ひとつ疑問を、いいですか?」

「どうぞ」

「万能薬草って、冬に生えるんでしょうか?」


 エディは額を押さえた。


「あー、そうそう。それが全く不明なんだよな。それがどの季節、どこらへんに生えるのか全く不明なんだ」

「普通、冬に草は生い茂りませんが」

「うーん……そうだな」

「どなたか、暗黒大陸の住民に質問したことはないのでしょうか。〝万能薬草〟は、いつどこに生えるのかと」


 エディは答えた。


「何度か聞いたことがあるが、教えてくれないんだそうだ。乱獲されると警戒しているんだろう」

「であれば、とにかく薬草採集しまくって正解が出るまで探すしかなさそうですね。見本があればいいのですが──」


 そこまで言って、リリーは例の木の板のような〝万能薬草〟を思い出していた。


 恐らく本当にあれが万能薬草であると仮定すると、万能薬草はデカい。木ほどもある草か、もしくは木の可能性もある。最小でも芭蕉やサボテン、最大なら杉の木ほどの大きさも視野に入れなければならないだろう。生きたまま王立薬草園に運ぶのは、どうも無理な気がする。


「でも、もしかしたらとんでもない大きさかもしれませんね──」

「その場合は最悪、乾燥させて持って帰ってみるしかあるまい。他にも新種の薬草があれば持ち帰って、観賞用に育てるのもいいかもしれない」


 観賞用?とリリーは首を傾げる。


「知らないのか?最近は各地で植物バブルが起こっているんだ。品種改良の方法も各国で編み出されている。貿易船の性能が上がって来たことにより移動時間が減って、世界中の美しい花々が各地で高値で取引されているんだぞ」


 シェンブロ公爵領の薬草園にしかいたことがなかったから、観葉植物の取り引きが活況であることも知らなかった。まだまだリリーの知らない世界が外には広がっているようだ。


「あと、君の持ち物はどんな具合だ?もし港で買い足したいものがあるなら、こっちで金を出すぞ」


 リリーはどきりとし、じーっとエディの顔を見つめた。


「ん?俺の顔に何かついてるか?」

「……おかしいわ」

「?」

「そんなに買ってくれるなんて……」

「はぁ?」


 リリーは内心疑っていた。


 男性がよくしてくれる時は、大抵その後面倒なことになる。リリーは若い男といえばアレクシスとしか接したことがなかったので、エディが親切にしてくれればくれるほど、あの男のように馴れ馴れしくして来るのではと疑いたくなるのであった。


 エディも、どことなくリリーからの警戒を感じたらしい。


「おかしくなんかないだろ。金を出すのは君のためじゃない、俺の冒険のための出資だ。そこを混同されたらこっちだって困る。はっきり言っておくが、暗黒大陸でまるで使い物にならないようだったら君との契約はナシだ。指輪をやるから帰れ、ということになる。けれど俺は、ここ数日のリリーの働きぶりは信頼している。暴漢に立ち向かう度胸もあるし、薬品の知識も豊富だ。あの金の指輪は契約金の前払いだと思ってくれ」


 リリーはエディの言葉をもぐもぐとパンごと咀嚼した。


「なるほど……」

「疑り深いなぁ、リリーは」

「ごめんなさい。人に親切にされることに慣れていないんです」


 エディはさも珍しそうにリリーの顔を覗き込んでいる。


「……そう。まぁ色々思うことがあるんだろうけど、とにかく君について来て欲しいんだ」


 リリーは「少し嫌われたかな」と思ったが、エディの表情や態度はむしろ前より軟化したように思えた。仲間に裏切られた傷が、癒えて来たのだろうか。




 一週間後。二人の乗った船は、暗黒大陸の手前に浮かぶスネル島のサグスター港に到着した。

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i629006
 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
― 新着の感想 ―
[一言] 最初から〝万能薬草〟を持っているという設定は面白いですね!w
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