49.無人島買収計画
午後になると、三人はリダウト商会の主チャドの待つ薬草園へと歩いて行った。
いつも商談ではそうしているらしく、薬草園の一角では既に茶会の準備が整っていた。花の香りに包まれたテーブルには、チャドが新聞を片手に腰掛けている。
ヤルミルはある地点で立ち止まり、そこから動かなくなった。鋏を持ち、作業をするふりをして聞き耳を立てるつもりらしい。
エディとリリーがやって来るとチャドは立ち上がり、顔をほころばせて挨拶をした。
「おお、お久しぶりですエディ様」
「チャド殿、あれからしばらくだな」
そして、その隣にいるリリーに視線を向ける。
「リリー様……何やらとんでもないことになっていますね」
「ふふふ、そうですか?」
「万能薬草を手に入れただけでも驚きなのに、戦争を止めるとは」
「は……?戦争?」
エディとリリーが同時に声を上げると、チャドは手に持っていた新聞をこちらに見せ、見出しを次々に指さした。
「ほら、ご覧下さい。〝万能薬条約調印~薬師聖女がシェンブロ公爵の裏取引を暴く~サックウィル公国の侵略行動を察知したランドールが制圧〟」
リリーは苦し紛れに笑う。
「そ……そんな馬鹿な」
「ところで、これは事実ですか?」
「まさか。新聞社が面白おかしく騒ぎ立てているだけです。私は特に何も……」
「でも、あなたがシェンブロ家に囚われていたのは事実でしょう?ランドール軍が助け出したというのですから」
「ええ、まぁ……」
そこまで聞くと、チャドは満足そうに頷いた。
「リリー様の噂に尾ひれがつくほど、その存在に箔がつくものです」
リリーは肩をすくめて見せるが、チャドの方は何かいいアイデアがあるらしく何かを話したそうにうずうずしていた。
「ところでエディ様。万能薬草のことなのですが」
エディとリリーは席に座りながら、少し身構えた。
「カラバルと繋がりがあるならば、そこから種を分けて貰って栽培することは可能ですか?」
「えーっと……」
「カラバル国の首長に伝手のあるリリー様であれば、それくらいは出来るのでは?」
「んーっと……」
エディは歯切れ悪く口ごもった。すぐそこでヤルミルが聞き耳を立てているので、余計なことは言えない。
一方のリリーは、チャドが予想通りの話題を持って来たのでひとりほくそ笑む。実は、彼女はチャドがこう言い出すのを待っていたのだ。あれだけの大商会の主が、万能薬草と言う金の匂いしかしない薬草を見過ごすわけはないのだから。
リリーは勿体ぶって言った。
「ええ、実は……私たちもちょうど、栽培できる場所を探していたところなのです」
エディがぽかんとリリーの横顔を眺める。ヤルミルも鋏を持ったままじっとリリーを見つめている。
「何ですと?栽培できる場所、ですか?」
「ええ。カラバルと似たような、温暖で湿度の高い場所がどこかにあればいいのですが」
そこまで聞いて、エディは目の前の霞が晴れ渡るような顔をした。
「なるほど……!リダウト商会を挟めば、土地を探すのも容易になるよな」
「ええ。ランドール国が他国に土地を買おうとすると、〝すわ侵略か〟と警戒されます。しかしリダウト商会が土地を買い、それを我々に貸し出せば、そのような警戒は生みにくいかと」
チャドはそれを聞くや、真剣な顔で唸り声を上げた。
「土地、ですか……いやー、それは難しい相談ですね」
「分かります。万能薬草は他国に売ることは出来ませんから、私たちに土地を探してあげたとして利益はない……はずですものね。けれど、チャド様。もし栽培に協力していただけるのでしたら、年間賃料はいずれかなり上乗せして差し上げられると思うのですが……」
エディは、リリーの名案にこくこく頷くしかない。
チャドは目を見開いて笑った。
「……!いや、申し訳ない。私は薬師聖女様を侮っていました。確かに万能薬草を他国に売り渡さない条約があるので貿易船には載せられませんが、自国での販売や、多く栽培する分には何の制約もありませんからね」
「今、万能薬草を自国で販売する方法も模索しているのです」
「ははぁ、そういうことでしたか。ランドールは大きい国ですから、さぞかし買いたい御方も多いことでしょうなぁ……」
チャドの頭の中のそろばんが、ばしばしと音を立てている。
ヤルミルも、シャキシャキと鋏の音を立てた。
「そうですね……実は大航海時代の今、各商会が独自の島を買う動きが広がっているのですよ。地図にない無人島はどの国にも属していませんから、そこを買って中継地点にしているのです」
「あら、そうなんですか」
「無人島を買ってリゾート地にし、荒稼ぎをしている商会もあるそうです」
「へー!」
「現在、島は狙い目です。ただ、港を建設する費用はかなり高額になるのでそこはまず出資していただかないといけません」
リリーとエディはこくこくと興奮気味に頷いた。
「では、いい無人島があれば、その内紹介に上がりますよ。いやー、今日はいいお話が来て助かりました」
「いえいえ」
頃合いを見計らって、お茶が運ばれて来る。
リリーとエディは新たな計画の高揚感と共に紅茶を飲み干すのだった。