48.ヤルミルの根っこ
「そういうことか。なるほどな……」
ヤルミルはリリーの話を聞いて、色々腑に落ちたようだった。
「志があることはいいことだ。一般的に、木の成長は遅い。その分野に長く携わるには、それぐらいのきっかけや決意が必要だな」
エディがリリーの手を握って言う。
「大変な思いをしていたんだな……リリーの願いを叶えるために、俺もこれからもっと頑張らないと」
「ありがとね、エディ」
ヤルミルは二人を見比べ、ふっと笑った。
「何だ……二人は恋人同士なのか」
リリーとエディは照れ笑いする。
「ならば余計に応援しなければなるまい。二人が夫婦になれば、より万能薬草の栽培を任せやすくなる」
ヤルミルの言葉を受け、リリーは言った。
「最終目標としてはランドールに大きな病院を作って、誰でも格安で治療を受けられるようにしたいんです。そしてその事業をするためにも夫婦になれればと思っているのですが、そのためには王族の信頼を得なければならないのです。私は身分が低いものですから」
「カラバルには私以外〝身分〟を持っている者はいない。だから他国の話はよく分からないのだが、もし何か大仕事をすれば信頼されると考えているなら、ちょっと立ち止まった方がいい。君が先にやるべきことは〝人の心を動かす〟ことだ。信頼を得るために大事業をしようと思っているなら、順番が逆だろう。やめておけ」
ヤルミルはリリーの決意に、あえて水を差すような話し方をした。リリーは図星を指されて、喉の奥がぎゅっとなる。
「〝人の心を動かす〟……?」
「人は、金の力で動くだろう。しかし金で動かすと金が切れた時に縁が切れ、関係はそこまでとなる。一方、心を動かすならば、運に左右されない深い関係を互いに築くことが可能であろう。君は母親の縁で私に信頼され、誰かを助けたいと懸命に動く姿が万能薬草たちの心をも動かした。それと同じように、リリーの力で王族の心を動かさなければならない。目先の金勘定に心を囚われてはならない」
ヤルミルはひとことでそう言い切ってから、ふうとひとつ満足げに息を吐いた。
「でもまあ、意気込みは伝わったよ。今から大事なことを言おう。万能薬草は自ら考え、話しかけていい相手を決めている。つまり、万能薬草を多く栽培しようとするなら、彼らからの信頼を勝ち得なければならない」
万能薬草は人間と変わらない心を持っているらしい。リリーは肝に銘じた。
「更にもうひとつ。あいつらは、花を出す期間を自分達で決めて咲かせている。自然に咲かせているわけではない。花を咲かせた万能薬草が現れたということはつまり、気に入った人間・信頼に足る人間を彼らが見つけ出したということなのだ。万能薬草を使いその効能を知っていて、尚且つ彼らに親身になってくれる人間の中から選んでいるのだ。そうやって気に入った人間に話しかけ、彼らは細々と暗黒大陸で生き延びて来た」
リリーは花が咲いた時の状況を思い出していた。言われてみれば、かなり都合のいい時期に咲かせているように見えた。全ては自然現象ではなく、万能薬草の成せる技だったようだ。
「万能薬草……聞けば聞くほどわけのわからない木ね」
「私も、まだ彼らの全体は把握しきれていない。お互い一生を賭けてこの薬草の謎を解いて行こう、リリー」
リリーはヤルミルと見つめ合った。彼のスモーキーブラウンの瞳の向こうには、果てしない土と木々の夢が広がっている。
ヤルミルも、恐らくリリーにとってエディとは違った形で一生付き合うパートナーになるだろう。
「……よろしく、ヤルミル」
「お互いがお互いを利用し合う仲だ。そう、エディ……君もだ」
「今度は国賓待遇で迎えたい。そしていずれは国交を」
「そういうのはやめてくれ。我が国は絶対に目立ちたくないんだ。私のことも……顔が割れていると不都合が多すぎる」
「私たちで行く分には構わないかしら」
ヤルミルは頷いた。
「来る分にはいつでも構わない。何か分からないことがあれば、いつでも私を頼るといい。今回は重要な話なので、どうしても君たちの顔を見て話しておきたかった。君たちに変わった点があるかどうかは、顔を見れば大体分かるからな」
「条項の写しを渡しておこう」
「ありがとう。ところで──レミントンはどのような動きをしている?彼らは恐らく一生、万能薬草の声を聞くことはあるまい。国内の病に使うだけならいいのだが」
「条項にある通り、もし使用したり売ったりしたならば契約内容がこちらにも伝わるはずだ」
「そうか。ならばそこまで心配することもないな。ところで──先に言っておくが、カラバルはどこの国とも国交を結ぶ気はない。ただ、信頼する人間とだけ話をする。リリーやエディを信用しなくなったら、その時点で関係は断ち切らせてもらう」
リリーはヤルミルのその強い言葉を、むしろ信頼の証と受け取った。
「……分かったわ」
「私も万能薬草を安全に世界に広げて行きたい気持ちは一緒だ。彼らに奇妙な価値が付く前に、話が出来ると気づかれない内に、世界に〝普通の薬草〟として浸透させて行きたい。最終目標は万能薬草を増やし、そこら辺の果物や野菜と同じぐらいの価値で人間が買い求め、使えるようになることだ。それこそが、万能薬草たちの願いなのだ」
リリーは、ヤルミルと自分の根っこは同じだと思う。
誰もが万能薬草で救われるべきだし、万能薬草も救われるべきなのだ。
「じゃあ、まずは万能薬草を増やそう。そして病院も国内に作って行くんだ」
エディの言葉に、リリーとヤルミルは頷いた。
「まずは三人でやれるところまでやってみよう。大勢の他者を関わらせるのは、万能薬草の価値が落ちてからでいい」
「そうね。まずは土地の確保?」
「君たちに、カラバルと同じ気候の土地を探してもらいたい。財力と貿易ノウハウのない我が国では難しいことなのだ」
エディは斜め上を見上げて考えた。
「うーん……どこに植えるべきか」
「余り考えたくはないことだが、侵略で南の土地を奪うことだけはやめてくれよ」
「うーん、だとすると……買うか、どこか……南の地を」
「……どうやって?」
三人は考え込んでしまった。
そんな時。
「失礼いたします」
執事の声だ。エディは扉を開けた。
「……何だ?」
「本日午後から、リダウト商会との商談会議の予定が入っております。そろそろ薬草園に到着されるご予定なので、エディ様もお急ぎください」
「あっ、そうだった……!チャド殿もヤルミルと同じ船に乗ってやって来たんだな」
予定をすっかり失念していたらしいエディは、部屋の二人を振り返った。
「ごめん、急ぎの商談が入っている……リリーはヤルミルと話していてくれ。すぐに戻る」
リリーは軽く返事をしそうになって、ふと我に返った。
リダウト商会。
世界中に植物を卸している、世界にも名だたる大商会──
リリーの心に、あるひらめきが灯る。
「……私も一緒に行っていいかしら?ヤルミルも、薬草園の職員の格好をしてその商談を聞きに行きましょうよ」
エディは怪訝な顔をしたが、ヤルミルはしばらく考え感心したように鼻を鳴らした。
「ほー、リダウト商会か。いい考えだ」
「おいおい……何を企んでるんだよリリー」
エディはそう言いながらも、いい予感がするらしく顔は笑っていた。