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47.ナワ・カラバルの育つ場所

 二週間後。


 リリーはエディと共にランドールの港に来ていた。


 まさかヤルミルは例の半裸姿で港に降り立つのではなかろうか、と二人は気が気ではない。


 今回は周囲にヤルミルのことを悟られぬよう、警備や出迎えの人員を配置していない。リリーとエディはお忍びで来ているので、目深に帽子を被り、市民と同じような服を着ている。それからヤルミルが半裸だった場合を考慮して、薬草園から作業服を持って来ていた。


 大きな船からヤルミルが降りて来る。今日は髪を束ねておらず、ざんばらにしている。寒かったからか、ボロボロのマントを纏っていた。リリーは彼に気づいてもらえるように、一生懸命手を振った。


 ひっそりと、港の片隅で三人は再会する。


「久しぶりだな、リリーの従者よ。まさかお前がランドールの王子だったとはな」

「お久しぶりです、ヤルミル様」

「その敬称を今すぐ辞めろ……いつも通り、呼び捨てで構わん。で……お前の名は何だ」

「エディだ。ところでヤルミル。今日は何の用だ?」

「決まってるだろう。万能薬草の守護者である私を差し置いて、勝手に条約なぞ締結されたら困る。特に今回の騒ぎで万能薬草の危険度の高さを思い知り、大慌てで介入しに来たのだ。今後のことも話し合わなければならない」


 少しピリピリしているヤルミルに、リリーは言った。


「じゃあ、ヤルミル。薬草園で話し合いましょう」


 リリーに声をかけられると、ようやくヤルミルは破顔した。


 ヤルミルは馬車に乗ると、心底珍しそうに窓から周囲の様子を眺める。


「すごい人の数だな。噂には聞いていたが、ランドールがここまでの大国だとは思わなかった」

「ヤルミルは、カラバルから出たことがないの?」

「一度だけ、三年ほど出たことがある。子供の頃に、ライアンの家からレミントンの学校に通っていた時期があるのだ」

「いわゆる留学ね?」

「父が、一度外の世界を見て来いと言ったのでね……」


 郊外のウォルスター城に着くと、すぐにヤルミルが言った。


「レミントンと締結した条項を見せろっ」

「まあ待て。長旅で腹は減ってないか?風呂もあるぞ」

「……全部くれ!」


 ヤルミルは五等船室でやって来たらしく、その全てを施されると、野良猫が家猫になったぐらいのビフォーアフターを見せた。髪はさらさらと風になびき、熱帯で荒れた肌艶も急に年齢通りの美しさを取り戻した。リリーとエディはその変わりように思わず吹き出した。


 サラサラになった髪を煩わしそうにひっつめにしてから、ヤルミルは条約書類にせわしく目を通した。


「万能薬草を、レミントンと折半してしまったか……」

「ごめんなさい。万能薬草を手に入れたら、私を追放したはずの公爵家がしゃしゃり出て来るとは思いもしなくて」

「今回のことは残念だった。けれどレミントンはまだ良識ある国だからな、裏で取引するようなことはしないだろう。今後の課題は〝万能薬草をどう世界に広げるか〟ということが焦点となるんだ」


 エディとリリーは互いに顔を見合わせた。


「広げる……?」

「そうだ。実はカラバルには、もうナワ・カラバルたちを植えてやるだけの土地がないのでね。そのための土地と人手を探していたんだ。ナワ・カラバルが最近、もっと勢力を拡大したいと言い出したから、望みを叶えてやりたかった。でも、どうやらそれはこの大陸の人間たちの強欲さで叶えられそうにない。もう少し限定的に秘密裏に、もっと適した場所で栽培しなければならないようだ。そこであの時……君たちの力を借りようと考えたんだ」


 ヤルミルはナワ・カラバルの望みを叶えてやりたいだけらしい。リリーは問うた。


「ヤルミルは、万能薬草を売ってお金を儲けたいと思ったことはないの?」


 ヤルミルはそれを一笑に付した。


「リリーがそんなことすら分からない人間だとは思わなかったな。私は、ナワ・カラバルとは人間と同じように接している。彼らも人間と同じ、意志を持つカラバル国民のひとりなんだ。先程の質問は、〝人身売買しないんですか?〟の問いに等しい。愚問だ」


 それを聞き、リリーの背筋が伸びる。意志のある植物を育てるのに、心構えが足りないと遠回しに叱咤されたのだ。エディも彼の話を聞き、少し顔色を変えた。


「そうか。ヤルミルにとっては、万能薬草は国民のひとりと何ら変わりないんだな」

「ああ。だからこそ、安心して預けられる人間を探していた。実はあれから何人かがどこかから通行許可証を手に入れ、取引を持ちかけて来た。だが全員、金と権力の話に終始していた。私にそんなものは必要ない。だから断った。しかしお前たちは違った。父親を治したいと、その一心でやって来たんだ。そういう個人的な事情で来る奴は稀だったし、万能薬草たちが二人に拒否感を示していなかった。だから、あの苗を預けてみたんだよ」


 リリーは胸をぎゅっと抑えた。


「そんな背景が……」

「考えてもみろ。人間の病を治すため自らを犠牲に出来る植物が、金と権力に溺れる人間をどう思うか。エディとリリーにはそういった貪欲なところは見受けられなかったから、みんな協力したいと思ったんだ。今回のことは残念だったが、致し方ない帰結に至ったのだろう」


 ヤルミルはこの大陸の人間の行動に納得できないことが多いようだが、リリーたちの事情に理解は示してくれている。そのことにほっとしながらも、リリーの頭は更に次の段階に動き始めていた。


「ねえ、ヤルミル。万能薬草の勢力をもっと広げるには、どうするのがいいのかしら」


 ヤルミルは端的に答えた。


「土地の確保だな。カラバル国と同じような気候の亜熱帯の土地を見つけたい。そうすれば、万能薬草の栽培が可能になる」


 リリーとエディは、いきなり話のスケールが大きくなったので目を見張る。


「土地……?」

「前も言ったが、ナワ・カラバルは巨木なので温室では対応し切れない。別の土地に植えるしかないだろう」

「うーん、でも……」

「出来ない、と言うのならそこで全ては終わる。ところでリリー、君がそこまでナワ・カラバルを増やすことにこだわる理由を聞かせてくれないか?」


 リリーは惑いながらも、ヤルミルに母の死んだ日のことを語り始めた──

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 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
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