45.リリーには夢がある
風呂から上がったリリーは、新しいドレスを着せてもらい使用人から化粧を施してもらった。
それまでされるがままのリリーだったが、何やらゴージャスなコスチュームジュエリーがやって来たところで彼女たちに待ったをかける。
「今日は特別な日だから、手持ちの別のアクセサリーをしたいの」
リリーは歩いて行って、小さな箱からパールのネックレスとイヤリングを取り出した。
スネル島でエディから贈られたものだ。
ドレスに対し少し地味なアクセサリーだが、リリーはこれを身に着けることでようやく心が落ち着く。
食堂に入ると、既にエディが待っていた。
エディは華やかな姿のリリーを見つけると、呆気に取られた様子で歩み寄る。
「リリー……!こんなドレス、いつの間に……」
「お針子さんたちが、お祝いに縫ってくださったそうよ」
「凄く似合ってる。あれ?これは、あの時買った真珠の……」
イヤリングにエディの手が伸び、リリーは頬を染める。
エディは微笑むとその赤い頬に口づけて、万感の思いでリリーを抱きすくめた。
「……これからも、一緒に」
「ずっと一緒にいるわ。そのために、私もっと頑張るね」
「頑張るのは俺の方だ。リリーは何もしなくていいよ」
「そういうわけには……でも、ありがとう」
見つめ合うと、ぐうと互いのお腹が鳴って、二人は吹き出した。
食事を終えると、二人はテラスに出て夜空の星を見上げる。
郊外なので、王宮の空よりは星がはっきり見える。リリーは船の上でのプロポーズを思い出し、エディの肩に寄り添った。
「エディ……私の願いを聞いてくれる?」
「聞くよ、何なりと」
「私、万能薬草で助けられるランドール国民を、全員残らず救いたいのよ」
エディは少し困った顔で頷いた。
「その気持ちは俺にだってある。だが、ヤルミルはどれぐらい薬草を融通してくれるんだろう?全部あいつの匙加減だろう。先のことは不透明だし、少し慎重になるべきだ」
彼に薬草園の経営者らしくそう言われ、リリーは少し浅はかだった自分を恥じた。
「そうか……そうよね」
「でも、その気持ちは汲みたい。俺もずっと考えているんだが、どうしたらいいのかアイデアがなくってね」
二人はじっと星を見上げ、ふとリリーは言った。
「病院を新たに造ることは出来るかしら」
「それぐらいなら出来るけど、予算をどう捻出するかが問題だ」
「いきなり国民全員に万能薬草を使うことは出来ないわね。でも、国内の貴族に売れば……」
エディは感心したように腕を前に組む。
「ああ、そうか。なら、まずは金持ちに万能薬草をちらつかせるか……」
「まずは貴族で熱病に苦しむ人を助けるの。薬代をかなり高額に設定して。そのお金を集めれば、その内病院の経営代が溜まるわ」
「そうだな。今はまだ市場に出ていないから、万能薬草の値段はいくらにも設定出来る」
二人の目の前には、未来が広がっている。
「王を助け、貴族を助け、人民を助けた先に──きっと、私の幸せがあるはずだわ」
リリーが呟き、エディがその少し冷えた肩を抱き寄せる。
「リリーの幸せ……結婚のこと?」
「それもあるんだろうけど……私はきっと誰かの役に立ちたいのよ」
「そうか、やっぱりな。あの日船の中をぐるぐるしているリリーを見て、皆が心打たれたんだよ。俺も誰かのために動いてる時のリリーを見て、何て言うか……本当に頼もしかった。神々しいと言っても言い過ぎじゃないくらい」
「……それで、好きになっちゃったの?」
「なっちゃった、っていう言い方は……何か違わないかな」
「ふふふ」
「でも、貴族や王族の女性にありがちな受け身な姿勢ではないな、っていうのが凄く俺の心に刺さったんだ。自分の知識を信じて、自分で考えて、それを誰かのために……そういうのって、なかなか出来ることじゃないよ」
「ありがとう、エディ」
「お礼を言うのは俺の方だよ」
エディは再びリリーの耳に淡く光る真珠を触ると、その唇に口づけた。
リリーは彼と甘ったるく長めのキスを交わして、少し汗ばんで行く。
(この人のために……)
リリーは何となく分かっていた。
リリーはエディを愛したが、実はその背景にも惹かれていたのだということを。
エディを助ければ、その背後にいるもっと多くの人を助けることが出来る。
きっとそれを感じていたから、彼について行ったのだ。
「……リリー」
「はい」
「続きは、部屋で」
リリーは赤くなり、夢見心地にこくりと頷いた。
エディと暮らす日々が、誰にも邪魔をされずに囁き合える毎日が、これから始まるのだ。
一方、エディはリリーの真っ赤な顔と胸元とを深刻そうに見つめてから、真剣な眼差しで告げた。
「その……前も言ったけど、俺は絶対、強引なことはしたくないから」
「うん」
「どこかに触れたりすることで心に違和感があったりしたら、嫌だって言ってくれていい。多分だけど、思い出したくないことがあるだろ?」
「……うん」
しかし──あの忌々しい恥辱の記憶も、エディのその真摯な態度に触れるたび薄らいで行く。
「エディに触れられるのは、いつだって大丈夫よ」
「絶対にそういうことは無理するなよ」
「無理しているのはエディの方じゃないの?」
「……からかうなよ」
「ふふっ」
リリーはエディの腕にしがみつきながら、幸せを嚙みしめるような足取りで城の中へと戻って行った。