44.マリーの投獄
シェンブロ公爵家の裏取引が阻止され、万能薬草の管理者が両大国に委ねられ、再びランドールは平和を取り戻した──かのように見えた。
リリーとエディ、それからサイラスがレミントンからランドール王宮に戻ると、城の内部は妙に落ち着きなく騒然としていた。
使用人が王太子妃の寝室に集まって立ち働いていることで、その理由をリリーは察した。
王太子妃マリーが捕らえられたのだ。
エディの帰還を、以前の帰港の時のようにお祭り騒ぎで迎えると思っていたので、この静けさは異様だった。王太子妃の部屋はもぬけの殻になっており、使用人がバタバタと集まってマリーの痕跡を消そうとするように、部屋の隅々まで掃除していた。
エディはその光景を目にし、顔をしかめた。
「……マリーはもう、どこかに閉じ込められたのか?」
「そうみたいね……」
二人は彼女のことが気になりながらも、先へと急ぐ。
セドリックは玉座に座り、二人の到着を待っていた。
リリーは王に久しぶりに会い、その精悍な姿を見てほっと胸を撫で下ろす。しばらく見ない間に、彼は見違えるほど回復していたのだ。
「遅かったな」
そう言って王は微笑んだ。リリーもつられて笑う。
「公爵家から、エディ様・サイラス様に助け出していただいたこと、陛下の御尽力もあってのことです。誠に感謝しております」
「……感謝などしなくていい。万能薬草を引き出せる唯一の人物として、国益のためにお主をシェンブロ家から再度招いただけのことだ」
とはいえ、二人の間にあるわだかまりはもう消え去っていた。
「父上、ただ今戻りました」
「おお、エディもご苦労だったな。王太子妃マリーのことは、もう耳に入っているか?」
エディは首を横に振った。
「いいえ、まだ……」
「なら教えておこう。レミントン国軍がシェンブロ家に押し入ったサックウィル公国の兵に尋問をかけたところ、その証言通りマリーの手紙が見つかった。最先端、かつ巧妙な暗号文だったそうだ」
リリーとエディはそれを聞き、同時に唾を飲んだ。
「国民にはその事実を伏せてある。もし王太子妃がスパイだなどということが広まれば、王族全体の信用問題に関わるのでな。マリーは永久的に監禁生活を送る。サックウィル公国とはもう密約を結んだ。公国が王太子妃の起こした事件について口外しなければ、マリーを国家転覆罪にはかけない……とな」
王太子夫妻がこのようなことになり、エディとリリーの身が引き締まる。
「ヒューゴには悪いが、マリーとはこれまでだ」
王は国益のため、あっさりと王太子夫妻を切り捨てたらしい。
「サイラス、レナルド、それからエディに、もっと前に出て貰うことを要求せねばならないな。それから、リリー」
「……はいっ」
「万能薬草の管理を頼む。雌雄の苗は無事持ち帰ったか?」
リリーは麻袋に目を向けた。
「はい、ここに……」
「彼らは受粉したがっているようだ。ナワ・カラバル自体はかなり大きな樹に成長することが分かっている。もし別に温室などが必要になったらいつでも声をかけてくれ。予算は潤沢に出す」
リリーは頭を垂れた。
「ありがとうございます!」
「ふたりの活躍に期待している……これからもランドールに尽くすように」
「はい!」
セドリックがリリーに向ける視線が、明らかに信頼に満ちている。
彼女はそれをつぶさに見て、自分のやって来たことは無駄にならなかったとひしひし感じるのだった。
謁見の後、二人は郊外のウォルスター城に帰った。
リリーはエディと腕を組み、全ての重圧から解放されて城へ足を踏み入れた。使用人たちもどこか安堵の表情で主を出迎える。
リリーが寝室に入ると、以前作ったような質素なネイビーのドレスではなく、華やかな紅いパーティドレスが用意されていた。貴族が社交界で着るような、れっきとした正装だ。
リリーはある気配を感じ、ハッと背後を振り返った。
お針子二名が、にこにこと笑っている。
「みなさん……!」
「リリー様を失ったエディ様のお辛そうな姿を拝見しておりましたので、帰還のお祝いを兼ねて一着お作り致しました。華やかなリリー様の姿をご覧になれば、きっと殿下の今までの疲れも全て吹き飛ぶと思いましたので……」
「とっても素敵……!ありがとうございます!」
思えばリリーは、さらわれた状態から着た切り雀だ。それにリリーはあの忌々しいアレクシスに、このドレスの首元のボタンを暴かれたのだ。一刻も早く、この忌まわしき服を脱ぎ捨てたいのが正直なところだった。
「あの……これ、着てもいいですか?」
「もちろんです……が、その前に、湯浴みをしてはいかがですか?今日はラベンダー風呂を用意致しました」
「ラベンダー……!」
「その後、着替えてお化粧をして、帰還祝いのディナーをする予定です。どうぞ今日はごゆるりとお過ごし下さい」
リリーは小躍りした。監禁生活から一転、ラベンダー風呂にパーティである。
好きな人と、好きなだけ笑い合える毎日が帰って来たのだ。




