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43.万能薬草条約調印式

 無事レミントン王宮に到着し、客間に迎え入れられたエディとリリーは、しばしの休息を挟んだ。


 暖炉では薪が燃えている。


 リリーは忌々しそうに懐から婚姻契約書を取り出すと、つかつかと暖炉まで歩いて行き、ぽいっと薪にくべてしまった。


 暖炉の中で、忌まわしい署名の並んだ紙が燃え盛って行く。


 それが炎に溶けて消えて行くにつれ、リリーの肩からもようやく力が抜けて行った。


 振り返ると、エディが微笑んでいる。


「何を燃やしたの?リリー」

「……アレクシスの用意した婚姻契約書よ」

「そんなもん、燃やして正解だな」


 二人は笑い合った。


「このあと万能薬草が着き次第、万能薬草の使用に関する取り決めを行う。ランドール万能薬草管理局長のリリーにも、条約に目を通しておいてもらいたい」


 ソファに座ったリリーの目の前に、どさりと分厚い紙が置かれた。リリーはその抄本をめくりながら、ゆっくりと条項に目を走らせる。エディはリリーの隣に座った。


 そのタイミングで、使用人が紅茶を持って来た。束の間のティータイムだ。


 リリーは紅茶に口をつける。


「……短期間で、よくここまでまとめられたわね」

「ぶっちゃけるが、急ごしらえだよ。結局はレミントンとお互いに歩調を合わせながら今後も何かあるたび協議して行かなければならない」

「そうね。どっちかが欲にくらんで抜け駆けしたら、均衡が崩れるわ」

「万能薬草を〝表〟に出すには必要なプロセスだ。裏に流れ込まないよう、こうやって……」


 エディが疲れに耐えきれず、ふわ~っとあくびする。リリーがその横でクスクス笑うとようやく日常が帰って来た気がして、二人は心の命ずるまま疲れに重たくなった体を寄せ合った。

 

 紅茶で温まり弛緩したリリーの唇に、エディがそっと口づける。


 二人が守りたかった日常が帰って来た実感が、じわじわとリリーの心に広がって行く。と同時に、戦乱を引き起こした万能薬草の裏の顔が、脳裏に鮮やかによみがえった。


「エディ、私……」


 リリーは囁いた。


「万能薬草を他国に売りさばく気はないの」


 エディが少し体を離し、まじまじとリリーを見つめる。


「……何だよ、いきなり」

「見たでしょう?シェンブロ公爵家の惨状を。換金しようとすると、最終的にあのような結果を招くんだわ。無料で撒いたとしてもきっと国と国とが所持数を競い合って、いつしか万能薬草の奪い合いになる」

「まあ、そうだろうけど……それを防ぐための条約を今から結ぼうって言うんだろ」

「それよりも私、実際に熱病で苦しんでいる人を治すために、あの薬草を使いたいのよ」


 エディは静かに考えた。


「最初は俺も、父上の病を治したいっていうだけで万能薬草を手に入れたからな……」

「それにエディも以前、国に蔓延する病を治したいって言ってたわ」

「勿論だ。それは薬草園を譲り受けてからずっと考えて来たことだ」

「エディ。王族だけではなく、貴族、それに平民も治していくべきだわ。それが結果的に、万能薬草を売るよりも国に利益をもたらすと思うの」


 リリーは淀みなくそう言い切ってから、じわりと熱くなる目をこすった。


 ふと、修道院の片隅で死んで行った母のことを思い出したのだ。


 エディはリリーの潤んだ眼差しを受け、頷いた。


「そうだな。その用途に限れば、きっとヤルミルも今後悪いようにはしないだろう」

「きっと換金し続けてたら、ヤルミルに愛想を尽かされるに違いないわ。彼はあなたのお父様を助けたくて、万能薬草をくれただけなんだから」


 エディは再びリリーを抱き締めた。


「薬師聖女様の、有難きお言葉……」

「やめてよ、こんな時に……」

「俺、リリーを好きになってよかったよ」

「……本当?」

「人を助けるのが、人の持ちうる最も崇高な精神だ。君はそれを持っている──どんな王様よりも偉いよ、リリーは」

「またからかって……」


 リリーは頬を膨らませたが、エディが全く笑っていなかったので少し瞬きをした。


「エディ?」

「俺どころか、国に必要な人間なんだよ君は」

「……」

「今回のことで、よく分かった。万能薬草を平和的に所有出来る人間は限られている。その数少ない人間のうちのひとりが、君なんだ」


 リリーは、頬を赤くして興奮気味に頷いた。


「国に帰ったら、きっと……」

「うん」

「君を妃にする」

「……うん」

「父上は親戚たちの意見を気にしているようだから、俺も親戚筋を回って説得するよ。父が完治したことで、前よりみんなの心象が変わって来ている。一番の難敵はヒューゴだが、どうにか説得する。あいつだって、妻に助けられたことは多いんだろうからな……」


 正直リリーは結婚を少し諦めかけていたので、エディの宣言を嬉しく思った。




 それから一週間後。


 事務方の協議が終わり、ついに万能薬草条約の調印式が執り行われた。


 レミントン国でも万能薬草の管理局を作ることになり、リリーも同じ管理局の局長として、王立薬草園経営者兼王代理のエディと並んでテーブルに着いた。


 妙に若い二人の責任者の登場に、議場がちょっとだけざわついている。


 それでも二人が胸を張っていられるのは、冒険と策謀を、お互いの力で乗り越えて来たからだ。


 万能薬草という生き物をどのように取り扱うか、世界がこの薬草を巡ってどうなって行くのかは未知数だ。


 その道筋をひとまず付けておくのが、今回の調印式の目的だ。


 ナサニエルが見守る中、条項が読み上げられる。


 決めたことは大きく分けてこの三つ。


 ひとつめは、今回リリーたちがカラバル国から持ち帰った万能薬草はランドールとレミントンが持ち、それ以外の国に売る際には互いの国でその契約内容を伝え合うこと。


 ふたつめは、国内で使用する分には伝達し合わなくていいが、使った量を必ず記録しておくこと。また、万能薬草の効能の研究の際には、その研究内容を提携し合うこと。


 みっつめは、今後カラバル国からリリーが譲り受けた万能薬草に関しては、この条約の範囲外となること。


 エディとナサニエルの手で調印が済む。大きな一歩だった。


 こうしてカラバル国から持ち帰った万能薬草は、ランドール国とレミントン国で分け合うことになったのだった。


 これでようやく、ランドールに帰ることが出来る。


 リリーとエディは互いを見交わすと、ほっと笑い合った。

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 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
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