40.レミントン国王ナサニエル
一週間後。
エディはレミントン王宮に足を踏み入れていた。エディが門番に親書を提出すると、すぐに謁見が叶った。
レミントン国を治めるナサニエル王はかなりの老体であり、体調によってはなかなか謁見出来ないと聞いていたので、こんなに早く会えるのは珍しい。エディは拍子抜けすると同時に気を引き締めた。
「おお、君がエディ王子か」
エディが玉座の間に案内されると、ナサニエルから早速声を掛けられた。ナサニエルは玉座に座るというよりは沈んでいた。白い髪と白いひげが首回りを覆い尽くす、おとぎ話に出て来そうな王様だ。
エディがうやうやしくその御前に膝をつくと、王は語り始めた。
「実は、サックウィル公国が不穏な動きをしていたのは察知していた。しかしそれがなぜなのかは分からないでいた。君が来てくれてようやく事情が分かった。まさか噂の万能薬草を、ランドールのみならずシェンブロ家が手に入れていたとはな」
「公国がやって来て略奪する前に、何とかしなくてはいけません」
「ならば、早急にシェンブロ家の万能薬草を買い上げる必要があるな」
エディは意外な方向に話が動き、目を見張る。非常に平和的かつ穏便な解決方法だ。
「なるほど、買い上げ……」
「恐らく、万能薬草は秘密裏に他国へ横流しされているのだろう。まさしく早急に買っておく必要があるな」
「そうなると、シェンブロ家に莫大な金が流れ込みますね」
エディの懸念の声に、ナサニエルはニヤリとした。
「ふっ……誰が大金を渡すと言った?あれを横流ししていたのだから、シェンブロ家を国家転覆罪に問えるだろう?万能薬草は、まず証拠品として押収する!」
エディは更に目を見開いた。まさに老獪である。エディの顔を見て、ナサニエルはケラケラと笑った。
「私は、買うとは言ったが、大金をやるとは言ってないぞ。公爵が裏取引した証拠を探しておくよう、部下に指示しておこう。国家転覆罪で公爵を牢屋に入れている間に、万能薬草を証拠品及び重要軍備品と位置づけ格安で買い上げる。あれはまだ値段がついていない、ただの木の皮なのだからな。あちらも文句はあるまい。ま、あっても握り潰すだけだが」
「!」
「で、ついでにサックウィル公国軍を一網打尽にする」
「……!?」
「エディ殿はどうする?」
「それが……私もシェンブロ公爵に用があるのです。実は、優秀な部下をあちらに取られたので、返してもらおうと」
彼の老獪さに乗っかって、エディはリリー奪還のアイデアを求めることにした。ナサニエルは「ほう」と呟く。
「その部下とはどんな奴だ?」
「元はシェンブロ家の修道女です。私が万能薬草を採るのを助けてもらいましたが、奉公期間が明けていないため、ランドールの薬草園には渡せないと……」
「ああ、新聞で見たぞ。美人だそうだな、それでか?」
エディは赤くなって黙った。ナサニエルはなぜか嬉しそうに笑う。
「ふふふ。奉公期間の違約金、か。そんなものはどうとでもなるぞ」
「?」
「違約金がいくらなのか書いてある文書を、まずは手に入れることだ。万能薬草があれば、簡単に支払えるのではないか?それから──彼らが牢に入っていれば、その間に奉公期間とやらは終了するぞ」
「!」
ナサニエルはくくくと笑った。
「情報提供に感謝する。サックウィル公国にネコババされない内に、公爵をひっとらえる。混乱のさなか、王子は隊を率いて文書を漁るとよい。私が許可する。更に、我が王家にそれを証拠として提出しろ。その中に例の雇用契約書を紛れ込ませる──いいか?両国で役割を分担するのだ」
エディはつばを飲み込む。
まさに年の功。
次から次へと万能薬草接収及びリリー奪還へのアイデアが浮かんで来る。
「何事も早い方がいい」
「!?」
「早速、軍を動かす。万能薬草横流しの証拠を力づくで掴みに行くぞ。ついでに公国とバトる」
「へ、陛下……我々は準備も何もしておりませんし、それでは余りにも拙速……」
「準備は後でするものだぞ。とにかく早く攻め込むが勝ちだ。覚えておけ、若いの」
「……!」
ナサニエルは万能薬草が手に入るとあって、うきうきしている。
「シェンブロ公爵家へ攻め入るぞ!」
レミントン国が余りにも早く動き出したので、エディとサイラスは大慌てで隊の編成を変えざるを得なくなった。
「文書を漁るミッションだなんて、聞いたことがないぞ!」
「でもやるしかない。俺たちがやらなくてもレミントン軍はやるぞ、どちらにしろ」
「ま、こっちもリリーが欲しいのは確かだしな。レミントンの勝ち馬に乗るのを優先するか」
「レミントンが勝つのか?」
「当たり前だろ、あの規模を見ろよ」
エディとサイラスは王座の間を出てすぐの窓から階下を見下ろす。
おびただしい数の兵士が集められている。エディはことの大きさに真っ青になった。
「あ、あんなに……?」
「ことを大きくしたのはエディ、お前だからな。覚えておけよ」
「うわ……」
「リリーを奪いに行くんだろ?」
エディは我に返って頷いた。
「!もちろんだ」
「なら、いい子ちゃんのフリは諦めろ。リリーのためなら殺す奪うは当たり前の姿勢で行け。お前は戦場に出たことがないから知らないのだろうが、国の利害なんて残虐性の上に立っているようなもんだ」
エディは頷いた。
「そうだな……彼女がいれば、俺は」
「そんな風に思える女がいるのが羨ましいよ。たとえ美人局だとしてもな」
「……この期に及んでまだ疑ってるのかよ」
「当たり前だ。だが、リリーはその疑惑を差し引いても利益をもたらす女だから協力しているというだけのことだ」
集兵のラッパが吹き鳴らされる。
「よし、行くぞエディ」
隊列がシェンブロ公爵領に着いたのは、その日の夕刻のことだった。
あろうことか、向かい側からやって来た公国のものとみられる小隊が、シェンブロ家に向かって矢を放っている。
「あれは……?」
「恐らく、公爵たちをおびき出そうとしているのだろう。その間に、万能薬草を奪取するつもりなんだ」
「いい時間に着いた。ここにいる全員の目が証拠になるぞ」
「行け!!」
サイラスの命令に呼応して、隊が機を逃さんと薬草園内に駆け込んで行く。
エディも馬を走らせながら、心の中で叫んだ。
(待ってろ、リリー。無事でいてくれ……!)