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37.声だけでも

 万能薬草の声が聞けるようになったエディは、会議室の中心にその苗木を据えた。


『ようやく喋れるようになったぞ!俺は蕾のある時期から花の咲く時期まで、こうして人間と直接話すことが出来るんだ』


 エディとセドリックは蕾を挟んで向かい合う。


「まさか、本当に喋れるとはな……」

「先程、この木から現状を聞いた。サックウィル公国が万能薬草を奪うべく、シェンブロ家に派兵したということだ。下手をすれば戦が始まってしまう。この状況を止めなければ、シェンブロ家の万能薬草は略奪され、秘密裏に取引される状況を作ってしまうだろう。見えないところで、国家間のパワーバランスが崩れる可能性がある」


 会議室に緊張が走った。


「なぜそんなことを、万能薬草が……?」


 レナルドが話の続きを王に催促しようとしたところで、セドリックが一旦話を止めた。


「待て。これを語る前に、扉の前にいる使用人を今すぐ別の場所へ移動させろ。あいつは王宮内で情報を売り歩いている守銭奴だ」


 その声が聞こえたのか、その使用人は全力で駆け出して行ってしまう。


 サイラスが扉を開け、廊下の左右に視線を走らせた。


「……いなくなったぞ」

「よし、話を進めることにしよう」


 万能薬草の雄が語る。


『大丈夫そうか?俺達万能薬草はな、音波を使って周辺の状況を知ったり、聞いたことを誰かに発信したりすることが出来るんだ。元々この力は人間に受粉させてもらうための手段だったわけだけど、別のことに役立てたいんなら協力するよ、ヤルミルの見定めた主人のためだからな。そういうわけでさ。もしよければあっちの万能薬草を使ってリリーと話を繋ぐこともできるんだけど、どうする?』


 エディはすぐに前のめりになった。


「頼む、今すぐ!」

『よーし、ちょっと待ってろよ……』


 万能薬草が、聞いたこともない高音を発する。しばらくすると、雑音がエディの耳に届き始めた──




 その頃、リリーは。


『その食事、睡眠薬の匂いがするわよ』


とナワ・カラバルの雌に言われ、床から差し出された朝食を死んだ瞳で見送っていた。


「睡眠薬なんか入れて、アレクシスはどうしたいのよ……」

『どうしたいって、私、分かってても言いたくないわそんなこと。本当にあいつ狂ってるわね』


 朝の太陽もすっかり高くなって、天井付近にある小窓から熱っぽい光を落としている。


「私、このまま兵糧攻めにされるのかな……」


とリリーが呟いた、その時だった。


『ああっ』

「どうしたの?」

『ランドールから通信要請よ!』


 リリーは目を輝かせた。


「まさか、エディ!?」

『陛下の可能性もあるわ。早速繋ぐわよ』


 しばらく高音が鳴り響いた後。


「……リリー?」


 愛しい人の声がして、リリーは声を震わせた。


「エ、エディ……!」

「うわっ。本当だ、繋がったよ!」


 エディの、少し間の抜けた声が聞こえて来る。リリーは泣き笑いした。


「どうやって繋げたの?万能薬草の声を、どうやって……」

「実は父上から聞いたんだよ。それで取り急ぎ万能薬草を飲んだら、こんな魔法が使えるようになっちゃって」

「そう……陛下はお元気?」

「リリーの看病のおかげですっかり良くなったよ……なんてずっと話していたいけど、緊急の用件があるんだ。そっち、誰もいない?周りを確認して」


 ナワ・カラバルの雌は周囲に音波を飛ばした。


『……今は誰もいないわ』

「あと一週間もすれば、シェンブロ公爵領に泥棒──または侵入者、いや、下手をしたら兵士が流れ込んで来るはずだ。万能薬草が狙われている」


 リリーは頷いた。


「……私もナワ・カラバルから聞いたわ。サックウィル公国からよね?」

「なら話は早い。我々もそちらに行く」


 リリーは目を丸くした。


「え!?」

「レミントン国は恐らく万能薬草の一件をまだ知らない。まずはレミントンへ行って万能薬草の話をする。多分あいつらのことだから、検疫も何も通してないだろ」

「……あ。確かに」

「そして、それを聞いたらレミントンは接収しようとするだろう。公爵家だけに握らせておける代物ではない。あれを全て売って儲けたとしたら──これは他国からランドールに寄せられた購入希望価格からの試算だが──国家転覆も可能な額になる。国が見過ごせる額じゃない」


 リリーは戦慄した。あの万能薬草が、いつしかそこまで莫大な金を生む植物になっていたのだ。


「そこで、だ」


 エディは平然とこう言った。


「うまい具合に調整して、レミントン軍とサックウィル公国軍をシェンブロ公爵領内でぶつける。最終的にレミントンがシェンブロ公爵から万能薬草を取り上げられるようこちらで手を回しておくから、君は頑張って苗木と君自身を守ってくれ」


 リリーは眩暈を起こした。それでは戦争ではないか。


「エディ、それじゃあ戦争になるわよ!」

「何を言ってるんだ君は。戦争だよ。君を取り返すための戦争。それをこれから始める」

「なっ……!」

「いいか?リリー。君という存在は、俺どころか世界中から引っ張りだこなんだよ。君を引き込んだ国が勝ち。敵に回したら負けだ。その辺りを、これからレミントン国王の元へ行き、よーく言って聞かせておくからな!」

「……!」

「じゃあリリー、また連絡する。それまでどうか、アレクシスとかいうケダモノから身を守ってくれ」

「エディ……」


 心細い声を出す彼女に、エディは囁いた。


「愛してる、リリー。絶対に助けに行くから」


 リリーは涙ながらに頷いた。彼の顔が見えないのが残念だが、声を聞くだけでもかなり励まされた。


 音声が途切れる。リリーが目をこすっていると、かつかつと遠くから聞き覚えのある足音が聞こえて来た。

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i629006
 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
― 新着の感想 ―
[良い点] 兵糧攻めは辛い…… でも、毒見役までしてくれるなんて、便利な万能草♡
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