34.おしゃべりなナワ・カラバル
ナワ・カラバルの雌がリリーの脳内に直接語りかけて来たのだ。
『私、リリーとエディだから安心して蕾を出したのに。あのアレクシス?っていう人は信頼出来るのかしら』
周囲を見渡したが誰もいなかったので、リリーは答えた。
「絶対に信頼したらいけないわ。あなたも見てたでしょう?私をここに拉致監禁したのよ!」
『じゃあ私もここから出られないの?』
「そうね。受粉も叶わないわ」
『えー、受粉したい……ヤルミルは、私がそろそろ花を付けられると思ってあなたに託したのに』
リリーは暗黒大陸での出来事を思い出した。
「そっか……ヤルミルは先のことを考えて、あなたを」
『彼はナワ・カラバルのエキスパートよ。リリーなら私の言うことを聞いてくれると思って託したに違いないのよ』
「ねえ、あなたの声を聞ける人って、私以外ほかにいるの?」
『いるいる!何を隠そう、セドリック王よ!』
隠されなくても、リリーは知っていた。
「なぜ私と陛下はあなたの声が聴けるんでしょうね?」
『それは、万能薬草粉末を飲んだからよ。いっぱい飲んだら聞けるようになるのよ』
「じゃあ、エディは……?」
『もっと継続して飲めば聞けるようになるんじゃないかしら。体重に対して、どれくらい飲んだかによるよ』
「なるほど……」
『夢の中以外で直接語りかけられるのは、蕾が出てから花が咲くまでの期間だけなの。人間に話しかけて、受粉させてもらうためにね』
「ということは、あなたは人間を媒介にして花粉を広める植物なのね」
『そうよ。あー、ランドールの温室に帰りたい。受粉がしたい……もっとナワ・カラバルを世界に広めるのよっ』
リリーは彼女と話しながら、この植物の本能なるものを知った。万能薬草もその辺の雑草と同じく、世界に自分達の種を蒔き、繁殖したいようだ。「幻の万能薬草」などと言われているが、それは本人たちが意図して隠れているのではない。外へ持ち出してくれる人がいなかっただけなのだ。
「私もナワ・カラバルを世界に広めたいわ」
『わ。本当?リリー』
「あなた達の木の表皮が、人間の病気を治すのに役立つの。あなた達が増えれば、人間も大助かりなのよ」
『うふふ、それは知ってる。そうやって人間にいい成分を蓄えることで、私たちを増やして貰うという算段なんだから』
「へー、そうなの」
『綺麗な花を咲かせたり臭い匂いを出したりして虫を寄せる植物があるように、いい匂いや薬効を備えることで人間に受粉の手伝いをさせる植物もあるということよ。つまり私たちは支え合って生きているの。どの生物も、みんながお互い、より良くなるために生まれて来るのよ』
リリーは、ナワ・カラバルの雌と話していると心が和むことを感じていた。どっちつかずの身分であるリリーには昔から友だちがいなかったので、たとえ相手が木であっても、こんな風にお喋りできる間柄になれるのは嬉しい。
『だから、受粉出来ないのは辛いわ。早くここから出られるといいんだけど』
「私も早くここから出たい。エディに会いたいの」
『ああ、人間の雄ね。あなたもエディと受粉したいってわけなの?』
妙に直接的な表現に、リリーは吹き出してしまった。
「ふふっ。そうね……受粉したい……?かな」
『あら、なら目的は一緒ね!私たちで、どうにかランドールに戻る方法を考えないと……』
ナワ・カラバルの雌はひとしきり唸った。
『そうだわ!他の木も利用して、ヤルミルに連絡を取ってみましょうよ』
リリーはそれを聞いて首をひねる。
「連絡……?どうやって……?」
『植物だってね、いつも普通の人間には聞こえない声で会話してるのよ。私たちは独自の進化を遂げたから人間とも会話出来るけど、ほとんどの植物は植物同士、音波で会話しているわ』
「……音波!?」
薬草研究をして来たリリーにとって、それは思ってもみないことだった。
『あら、ご存知なかったの?まあいいわ。植物と植物の伝言ゲームで、遠くの植物にも情報を伝達することが出来るの。まぁ見てて。植物たちを使って、ヤルミルまで我々の危機を伝言して貰うから。行くわよー』
キィィィイイイイイイ──
奇妙な高音が鳴り響き、再び室内は静かになる。
『大体の情報は送ったわ。……さて、少し待ちましょうか』
しばらくした、その時だった。
『来た来た。ヤルミルが向こうの万能薬草の蕾まで来たわね。さあリリー、蕾に耳を近づけて。届いた音を通すわよ』
リリーはかじりつくようにして、彼女の蕾に耳を傾けた。
少し不穏な高音の後、今や懐かしいあの声が返って来る。
「本当か!?リリー、大変なことになったな」
蕾から、ヤルミルの声がそのまま届いたのだ。リリーはナワ・カラバルの起こした魔法にくらくらしながらも、気を張って答えた。
「だから、ランドールとレミントン国シェンブロ公爵領にそれぞれナワ・カラバルがあるということなのよ。あなたから貰った万能薬草は双方に取り上げられてしまったわ」
再び静かになってから、ヤルミルは怒りに声を震わせた。
「信じられない。君がライアンの娘のようなものだから渡したのに──女の子が命懸けで取って来たものを取り上げたうえ監禁するだなんて、そっちの大陸の人間は性根が卑しすぎる!」
ヤルミルの住む土地では、そこまで強欲な人間などいないのだろう。彼が一緒に怒ってくれたことで、リリーの落ち込んでいた気分は少し晴れた。
「私たち、今すぐにでもここを出たいのよ。どうにかならない?」
「ちょっと待て。私もこっちに生えているナワ・カラバルに頼んで抜け穴を探す」
「抜け穴……」
「幸い、どちらの敵陣にも薬草園がある。そこから情報を得よう……ん?」
会話がしばし止まり、リリーは訝しんだ。
「どうしたの?ヤルミル」
「レミントン国境付近に、植物たちが異常を感知した。尋常ではない量の植物がなぎ倒されている」
「……それって、どういうこと?」
ヤルミルは簡単に言った。
「戦争だ。騎馬隊がシェンブロ薬草園に大挙して向かっている」
リリーは青くなる。
「え!?まさか、ランドールから……?」
ヤルミルは否定した。
「違う。サックウィル公国からだ」
全く予想していない方向から敵軍が来ていると知り、リリーは驚愕した。




