33.監禁生活
リリーは万能薬草を半分と、雌の万能薬草の苗木を持たされ、馬車でシェンブロ公爵領に向かう。
どうやら事前にアレクシスがヒューゴと交渉していたらしい。シェンブロ家とランドール王家で万能薬草を折半すると。
護衛を大勢連れて関所を越え、国境をまたぐ。リリーは泣き疲れていたのに道中ずっと眠れなかった。
(エディ……)
あの後、拘束された彼はどうなっているだろうと思うと、気が気ではなかった。
(神様、どうかあの人がひどい扱いを受けたりしていませんように)
リリーは神に願った。
足元では、万能薬草がごとごとと揺れている。
一週間ほどかけて、馬車はシェンブロ邸に着いた。
アレクシスがうやうやしくひざまづきエスコートに乗り出すが、リリーはナワ・カラバルの苗木を抱えたままそれをスルーした。
シェンブロ公爵の居城の前には、大勢の修道女とオーガストが待ち構えていた。
オーガストは以前とはうって変わって、作ったような笑顔を浮かべている。
「でかしたな、リリー!!万能薬を手に入れて来たばかりか、セドリック王の体を使って万能薬草の薬効を証明してくれたそうだな?おかげで、うちは儲かるぞ!」
リリーは公爵を睨み上げた。彼らの変わり身の早さと拝金主義には辟易させられる。
修道女たちは相変わらず白けた表情で領主のわざとらしい歓待ぶりを眺めている。
「さあ、リリー。こっちだ」
アレクシスが肩に手を回し、自らの住まいに彼女を押し込もうとする。リリーは抵抗したが、彼の囁いた言葉で凍りつく。
「父上にはもう許可を取ったよ。私と結婚しよう」
リリーは真っ青になった。
「い、嫌です!」
「なぜだ?君も君の父母も、この修道院がどういった場所か知ってて君を入れたはずだ」
「……!」
「契約を忘れたとは言わせない。途中で抜けるなら、違約金が発生するぞ。莫大な借金を抱えることになると思うが、君のお父様に果たして支払っていただけるかな……?」
彼女の複雑な家庭環境を知っていて、あえてこんなことを言っているのだ。リリーは悔しさに打ち震えた。
「卑怯者……!」
「どっちかって言うと、君の方が卑怯者だよね?契約違反ばっかりしてるくせに正義面して、こっちの言うことをまるで聞かないし」
揉み合っていると、背後のオーガストが護衛に指示を出した。
リリーは屈強な護衛に両脇を抱えられる。じたばたと抵抗したが、どうにもならなかった。
居城の中を、足が浮いたような状態で歩かされる。薄暗い部屋に、リリーは万能薬草の苗木と共にぽいっと床へ投げ出された。
「痛っ」
「可愛いリリー……ずっとここで私と一緒に暮そうね」
ばたん、と扉が閉められ、鍵がかけられる。周囲を見回すと、真っ暗な部屋に、天井に小さな小窓がひとつだけあった。
「ア、アレクシス……?あなた何を……!」
「君を監禁した。食事は足元の小窓から出るよ」
「!信じられない……!」
「君が私を乞うようになるまで、そこにいればいい。そこから出して欲しかったら床に額をこすりつけ、〝アレクシス様と結婚させて下さい〟と懇願しろ。そうしたら許してやる。他の男に目移りしたお仕置きだよ」
「……!?」
リリーは余りの気持ち悪さに吐きそうになった。目移りも何も、元からこいつには何の感情もない。
アレクシスは去って行った。
暗さに目が慣れると、段々周囲の様子が分かって来る。
どうやらここは、しばらく物置にされていた独房だ。かつては狂人をここに押し込めたり、子どもに反省を促したりした部屋だったのだろう。古いベッドがぽつんとあるのみ。あとは──
(万能薬草の苗木……)
オーガストは目先の万能薬草の束にしか目が行ってないし、アレクシスもリリーを取り戻すことしか眼中になかった。彼らはこの苗木にそこまで関心を持っていないようだった。
(温室に入れて上げなきゃ。ああ、でも、もう夜……)
リリーはベッドに倒れ込んだ。
(お腹……悔しくて全然空かない)
ふとまぶたの裏に、エディの顔が浮かぶ。
(エディ……)
そこからリリーの意識はぷつりと途切れた。
夢の中。
耳元で声がする。
『起きて、リリー……ねえ』
小さな女の子の声だ。聞き覚えがある。
『私、やっと出て来れたよ。ほら見て、私にも蕾がついたんだよ』
リリーはぎょっとして目を覚ました。
天窓から、月光が万能薬草の苗に降り注いでいる。
リリーは枝を所々眺めると、木の芽のような固い蕾をひとつ見つけた。
「ほ、本当だ……蕾がついてる!」
『ねえリリー、私を雄のナワ・カラバルと引き合わせてよ。受粉させて、実をつけたいの』
リリーは苗木の声を当然のごとくうんうんと聞きながら、ふと我に返った。
「ん?ここは現実……?」
『寒いけど、私、リリーと引き離されるのは不安だから温室じゃなくてここにいたいかな~』
リリーは叫ぶ。
「うそっ。ナワ・カラバルが……喋った!」