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3.放浪の騎士エディ

 リリーの首に刃を当てたまま、騎士風の暴漢は赤毛の騎士に言う。


「その剣をこっちへ寄越せ。両手を組んで頭に乗せるんだ」


 暴漢も負傷していると見える。女を人質に取って、赤毛の青年にどうにか言うことを聞かせようとしているのだろう。


 リリーは震えながら、懐に忍ばせている短剣を密かに握った。


 赤毛の騎士は、様子を見ながら剣を暴漢の方へ滑らせる。


 背後の暴漢がそれを取ろうと、リリーを抱えたまま立ち上がった、その時だった。


(……女だからって甘く見ないでよね!)


 リリーは後ろ手にナイフを暴漢の太ももに突き刺した。くぐもった声がして、リリーとその首に当てられた剣とが放される。


 隙が出来た瞬間、あっという間に暴漢は船員に取り押さえられた。武器さえなければ、人数の多い方が勝つのだ。


 暴漢は簀巻きにされ、船員たちの力で海へと落とされた。


 甲板に、再び凪いだ時間が戻って来る。


 リリーは赤毛の騎士に近寄った。彼は甲板の上で仰向けになったまま、動かない。


 船員や乗客がわらわらと赤毛の青年を取り囲み始める。リリーは荷物を持って青年に近づいた。


「……処置をします。まずは彼の船室に戻って、ベッドに寝かせましょう」


 船員は青年を背負うと、妙に力強い背中で歩き出す修道女のあとを歩き始めた。




 赤毛の青年の船室は、一等船室であった。主に貴族しか乗れない船室だ。風呂やトイレまでついている。


 彼の血で汚れた頭や顔を拭いてやる。顔色は悪くない。命に別状はなさそうだ。


 ベッドに寝かされた青年の傷を眺める。どれも剣で切られたもののようだ。リリーは消毒液をしみ込ませたガーゼでその傷を撫でた。赤毛の青年はうめき声を上げる。


「ごめんなさい、麻酔はないの。縫う個所があるから、少しだけ我慢して」


 ちくちくと傷を縫うたび、彼はうめいた。


「……出来たわ。楽にしていいわよ」


 ふーっと青年は息を吐いた。同時に、リリーをエメラルドの双眸でじっと見つめる。


「ありがとう、助かった。……名は?」

「名乗るほどの者ではございません。ただの修道女でございます」

「いいから。君の名を教えてくれれば、礼をしよう」


 普段のリリーならばそれでも断るところだが、金策のない現状だ。名を教えれば何か貰えるのなら、そうするべきだとリリーの心はすぐに傾いた。


「……リリーと申します」

「リリー……そうか。俺の名はエディ」


 そう言いながら、彼は皮手袋を外した。


 彼の指には、いくつも金の指輪がはめられていた。思わずリリーはごくりと唾を飲み込む。


 青年はその内のひとつを、リリーに差し出した。


「……旅費の足しにしてくれ」

「あ、ありがとうございます」


 指輪の縁には、百合の彫刻がほどこされている。リリーの指にはめるには大きかったので、革紐に通して首からぶら下げた。


 その様子を眺めながら、青年はとても嬉しそうに微笑む。そして、ぽつりとこう言った。


「しばらく、俺が眠るまでそこにいてもらってもいいか?」


 リリーは少し警戒した。指輪を与えてからこのようなことを言い出すのは卑怯だと思ったのだ。しかし。


「さっきの騎士たちには、護衛を頼んでいたんだが……今日、急に裏切られたんだ。信頼していたのに、悲しいよな」


という彼の吐露を聞いて、リリーは動けなくなる。


「そう、ですか」

「……俺の考えが甘かったのかな」

「……」


 リリーは自身の修道院での生活をじっと考える。裏切られる時は一瞬だ。何が彼らに不満を与えていたかなんて、いくら考えても無駄だ。あちらの感情など、こちらがコントロールするなんて不可能に近いのだから。


 リリーは言った。


「それは、あなたが考えることではありません」


 エディはリリーを見つめた。


「裏切った人の心を掘り返しても、あなたに何の光も与えません。穴の中は、暗闇です。そこに光はないのです」


 エディは小さく笑った。


「修道女らしい意見だな」


 彼の視線に、ようやく光が宿る。それを目の当たりにしながら、リリーは自分が修道女の役目を果たせたような気がして嬉しくなった。今までいた修道院では、仕事をすればするほど嫌悪の視線を向けられていたから──


「君さえよければ、この船室と君の船室を交換してもいい」


 リリーは首を横に振った。


「そんな……出来ません。怪我人を移動させるだなんて」

「君はどうやら女の一人旅のようだが──」


 再びリリーは身構えた。それをつぶさに観察して、エディは努めて微笑んで見せる。


「すまない……見ず知らずの男にあんまり与えられるのも、迷惑かな」

「……」

「怖がらせてごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。まあ、その……何か困ったことや不足が生じたら、船を降りるまでだったらいつでも俺を頼ってくれ。俺は暗黒大陸に行くつもりだから、手前のサグスター港で降りる。それまでなら、君を」


 リリーはどきりとした。


(暗黒大陸……?)


「あの……暗黒大陸へ、何をしに行くのですか?」


 思わずリリーは問うた。エディは前のめりに尋ねて来る修道女に驚き、目を見開きながらこう答えた。


「何って……〝万能薬草〟を採集しに行くんだよ」


 リリーは内心驚いたが、なるべくそれを顔に出さないようにする。


「そうですか」

「長い船旅になる。降りる頃には、傷も治っているだろう──」


 それきり、エディは目を閉じて眠ってしまった。


 リリーはその寝顔を眺めてから、荷物を背負って船室を出る。


 船員が声をかけて来た。


「尼さん、ちょっと他のけが人も何とかしてくれないか?二等船室に移動させてやるからさ」


 リリーは思わぬ申し出に、心の中でガッツポーズした。


「ええ、いいですよ」

「俺と一緒に、各部屋のケガ人を看て回ってくれ。あんたがこの船にいて、本当に助かったよ」


 修道院の外には、自分を必要としてくれる人がたくさんいるらしい。


 そんなことが嬉しくて、彼女は心から神に感謝するのだった。

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 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
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