28.許されざる結婚
リリーは、晴れてランドール王立薬草園に採用が決まった。
これからは正規職員として、エディを伴わずとも大手を振って薬草園や王宮の病棟に入ることが出来る。リリーは二つの施設の通行許可証を手に入れた。
王の容態は日に日に安定し、公務復帰の目途も立って来た。
今日のリリーは王宮の病棟で薬膳の研究に加わっていた。ランドール国では薬草を薬にするほか、美味しく食べる方法も研究中なのだと言う。何でも、乾燥させた薬草と生で食べる薬草は、元は同じものでも栄養素が変わってしまうらしい。中には切ってから30秒以内に食べないと摂取出来ない養分まであるらしい。
ランドールは薬草の言い伝えやジンクスについてもかなりの労力を割いて収集しており、その統計で薬効を見極めているのだ。この国の薬膳はどの国よりも進んでいるだろう。
現在は万能薬草での解熱をやめて薬膳を作り、王の体を落ち着かせる段階に入っているのだ。
リリーは看護係たちと楽しくおしゃべりしながら病棟のキッチンで王の薬膳を仕上げた。
「ねえリリー様。陛下もご病気が良くなったことだし、そろそろ結婚のお話を進めるべきではないかしら?」
外野がきゃっきゃと騒ぎ、リリーも恥ずかしそうに微笑む。エディも王に婚約について言い出す準備を今進めているところなのだと言う。リリーの心は、ふわふわと宙に浮いていた。
仲間たちが気を利かせて、リリーに王の病室までの配膳を任せた。
薬膳を運ぶリリーが久方ぶりに王の病室に足を踏み入れると、セドリックはベッドにクッションをたくさん敷いて背もたれを作り、手紙をいくつも読みながら起きているところだった。
リリーの緊張感は一気に増した。もう、セドリック王は公務に戻っており、起き上がった彼は王の風格を取り戻していた。眼光も先日とはうって変わって、驚くほど鋭い。
「陛下、お久しゅうございます」
リリーの挨拶に、セドリックは軽く頷いた。
「薬膳をお持ちいたしました」
リリーは元気になった王と向かい合い、患者と病人の関係が崩れたことに気づいてぎくしゃくする。王はもはや病人の振る舞いをしていなかった。
リリーは何か気の利いたことを言おうと思ったが、言葉が出ない。
するとセドリックは急にこんなことを言い出した。
「──万能薬草を取って来てくれた君のために、何か褒美を寄越そうと思うのだが……何がいいかね?」
リリーはどきりとしてから、婚約について話がしたいと思った。が、結婚を許してもらうとかそういった話は、リリーのような一介の職員が述べるようなことではないだろう。
「あの……エディ様からお話をうかがってはいませんか」
「……何の?」
「え、えーっと……」
リリーは困り果てている。セドリックはそんなリリーの様子をまじまじと眺めると、何かを予想していたらしく、衝撃的な言葉を口にした。
「先に言っておく。君とエディとの結婚は許さん」
その言葉に、リリーの時が止まった。
「……え」
「今回の件で、ヒューゴではなくエディに王位を継がせる可能性が出て来た」
リリーはその発言にも衝撃を受けた。
「そこで君の望みを叶えるとすると──君は果たして、王妃になれる格だろうか?」
リリーは黙り込む。
妾の子に、格などあろうはずもない。リリーは何も言えなかった。
「君は王妃になれる格ではない。申し訳ないが……既に新聞を見た親族から、君との結婚反対を表明する手紙が続々と届いていてね」
「……」
「もし君が望むなら、別の貴族との結婚を斡旋してやってもいい」
リリーの心は絶望に沈んだ。
しかし、よく考えてみれば当然だ。貴族の妾の子が、どうして一国の妃殿下だの王妃だのになれると思えたのか。
偶然僻地で薬草を手に入れただけで、なぜ──
「……失礼致します」
リリーは静かに王の病棟を去った。
そして病棟のキッチンに戻るなり、気が抜けてへなへなと床に膝から崩れ落ちてしまう。
「ちょっとリリー様!どうしたのー!?」
仲間たちに抱えられ、リリーはようやく椅子に座った。が、ショックが余りに大きすぎて、ろくに喋ることも出来なくなっていた。
「気分が悪くなったんじゃないかしら?万能薬草を取ってから今まで、ずっと働きづめだったもの!」
「歩けます?ちょっと横になった方がいいですよ」
「誰か、エディ様に連絡を!」
朦朧とする意識の中、リリーの心はただただ涙を流し続けていた。
(どうして……神様……)
壁から抜け出たと思ったのに、また別の壁がやって来たのだ。
自分の努力ではどうにもならない身分格差という壁が、再びリリーを襲う。現実はいつも残酷でままならない。