表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/59

26.リリーと王の孤独

 そういうわけで、しばらくリリーは王の看護を免除されることになった。


 エディと共にウォルスター城へ帰る。郊外の緑が窓の外に増えるにつれ、リリーはホッとした。


 やはり王宮内は肩が凝る。特にヒューゴとすれ違うことなどあると、鋭い視線を浴びせかけられて冷や冷やしたものだ。


 夕闇迫るエディの居城に帰ると、リリーはベッドに腰を下ろした。


 と、すぐに執事がやって来て本の束をデスクに積み上げる。


「リリー様。こちらが採用試験の参考書でございます」


 リリーはそろそろと歩いて行って、本をバラバラとめくった。


 一通り見たところ、リリーにはさして難しい内容ではない。血眼で勉強すべき点はないだろう。


 気になるのは〝癒し〟という科目があることだった。これはシェンブロ薬草園では全く扱わない項目である。リリーはそれをじっくりと読み込んだ。なかなか面白いことが書いてある。


〝病後のケアについて〟


 そんなことは今まで全く考えたことがなかったのだ。病気を治せば終わり、という看護がレミントン国内の常識であった。だがランドールでは、そうではないらしい。


 リリーはセドリック王のことを思い出した。現在なかなか熱が下がらない王は、もしかしたらもう少し癒されなければならないのかもしれない。この参考書に書いてあるような、癒しのメニューが王にも必要なのだろう。


(私ととエディが共に熱病にかかった時は、二人手を繋ぎ合って癒されたから治りが早かったのかも──)


 その時だった。


「リリー、いる?」


 エディの問いかけとノックの音が響き、リリーは慌てて本を置いた。


「いるわよ」

「入ってもいい?」


 リリーが扉を開けるや、エディは目の前のリリーをぎゅうっと抱き締めた。


「リリー……ずっとこうしたかった……!」

「ちょ、ちょっとエディ!執事さんが見てる!」


 執事は部屋の隅でそっとエレガントにひとつお辞儀をして見せると、


「お食事をご用意致しますので、全て終わりましたら食堂までいらしてください」


と告げ、さっさと部屋を出て行った。


 二人は体を離すと、真っ赤になったまま下を向く。


「えーっと、その……参考書は来た?」

「ええ、あそこに」

「そう……」


 二人は沈黙の後、同時に視線を合わせると、そっと唇を重ね合った。


「リリー、ゆっくり話そう。まだ君に話していないことが山ほどある。君から聞かなければならないことも」


 二人は客間のカウチに腰掛けた。リリーは王宮で出来なかったことをする。エディの肩に額を寄せ、瞳を閉じて体温を感じる。それでようやく、全身が安らぎに包まれた。


「リリーのお母様も、病で亡くなったんだよな?」

「そうね。内臓の腫瘍が原因だったと聞いているわ」

「俺は実の母を熱病で亡くした。兄上たちも、実母を熱病で亡くしている。父上は自分を責めていた。自分の熱病が蚊を媒介して、二人の妻に感染うつしてしまったんじゃないかと」


 リリーは王の孤独を感じる。妻を二度も亡くし、それを自分の病のせいだと断ずる。自分を責め、しかも病は続き、正直生きた心地のしない毎日だろう。


「陛下は、ずっと自分を責め続けているのかもしれないわね」

「だから、リリーと出会ってから気づいたんだ、父上の孤独に。あの熱病にかかってそばに支えになる人が誰もいないなんて、絶対辛いよな」

「うーん、息子たちがもっとそばにいてあげるべきじゃないのかしら?」

「みんな忙しいんだ。父上の業務が、四兄弟全員に振り分けられてしまったから」


 リリーは、今の王家は何もかもが上手く行っていないのだと悟る。セドリックが死んでしまえば、あっという間に兄弟間は空中分解を始めるだろう。


「せめて、兄弟の仲が良くなればねぇ……陛下の心の負担も減りそうなものだけど」

「多分それ、病気を治すより難しいよ」

「確かにそうね。あのヒューゴ兄貴を見てると特に……」


 リリーは王太子妃マリーを思い浮べた。


「ヒューゴさんとマリーさんは上手く行ってるの?お孫さんでも出来れば、陛下も元気が出そうだけど」

「マリー王太子妃は公国との停戦を条件に人質として婚姻させられたからなぁ。余り甘い出会いではないけれど、仲が悪いようにも見えないよ。でも、マリーは色々と公国の犠牲になってるところがある。本当は長い付き合いの婚約者がいたんだけど、それと別れさせられての結婚だったから。だからなのかは分からないけど、なかなか子どもは出来ずにいるね」


 あの夫婦も、なかなか難しいものを抱えていそうだ。


 リリーは急に、その全てを王立薬草園が解決出来そうな気がした。


「ねえ、さっき参考書を見ていて思ったんだけど、ランドールでは薬草学に〝癒し〟という項目があるのね」

「そうだな。昔からバラと葡萄の栽培が盛んだったから、薬草とそれらを切り離さず、同じように育てて来た歴史がある。薬草は主に体を癒すが、バラと葡萄は心を癒す」

「心……本当に、そうね」


 リリーの心の中に、薬草との新たな付き合い方が芽生え始めていた。


(試験が終ったら、患者への癒しについて考えてみよう。王立薬草園に行って、どんなが癒しがあるのかをこの目で見ておかないとね)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓「没落令嬢の幸せ農場」好評発売中です!
i629006
 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
― 新着の感想 ―
[良い点] 『全て終わりましたら』 ほほぉ? 全てねぇ? ナニが終わったらってか!? このリア充どもめ! [一言] 解決の糸口が薬草園にあり!?
[一言] マリーの闇が深そう( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ