25.ナワ・カラバルと王様
一方その頃、ランドールのリリーは──
あれから王の看病の日々が続き、少しくたびれて来た。
エディや自身の熱病は三日もすれば熱が下がり始めていたが、王の熱病はなかなかに手強かった。10日経っても下がらない。薬の量も増やし続けていたが、あまり投与し過ぎても副作用が怖く、周囲の希望も徐々にしぼんで来ているのがリリーには感じられた。
それでも王の意識は以前より回復した。
リリーがベッドリネンを交換していると、王が言う。
「夢を見たんだ」
リリーは「はい」と軽く返事をして、メモの用意をした。
「何やら〝木〟が語りかけて来てな」
リリーはペンを取り落としそうになった。
「チカラをあげるから、万能薬草を続けて飲め、とな。しかしなぜ〝木〟がそんなことを言うのか、私にはさっぱり分からなくてな……」
リリーは心当たりにズキズキする胸を押さえた。
ナワ・カラバルが語りかけているのだろうか。
「チカラとは……どのような力なのでしょうか?」
「気力とか……そういうことかもしれん」
今のところ、木の声が云々と言い出したのはヤルミルとリリーとセドリック王ぐらいだ。
この三人に共通しているのは──万能薬草を飲んだことがある、ということ。
(にしては、エディはナワ・カラバルの声を聞いてなさそうなのよねぇ……)
リリーは、例の謎の声はナワ・カラバルが発した声であると確信していた。しかし、いたずらに情報を与えて病人を混乱させるのもよくないだろう。
リリーは看護係らしくあっさりとこう言った。
「陛下、この万能薬草には〝幻覚〟の副作用がございます。もしかしたら、それでそのような夢を見たのかもしれませんよ」
「ふむ……なるほど、副作用か……」
「実は私も万能薬草を服薬中、似たような夢を見たのでございます」
「そうか……」
セドリックの顔から、少し力が抜ける。これでいいのだ、とリリーは思った。
王の病室を出たリリーの元へ、今日もエディがやって来る。
「差し入れを持って来た。みんなで食べよう」
「ありがとう、エディ……様」
看護係たちが集う控室へ行くと、既にお茶会が催されていた。
二人が来るや、好奇の視線を浴びる。今まで同僚だった女性たちはみな完全に野次馬と化していた。
ジンジャークッキーと紅茶が用意され、昼恒例のミーティングが開かれる。
「これからのことなんだが──」
とエディが切り出した。
「陛下の熱も下がり始めているし、いったん七日ほどリリーを引き上げさせる。彼女はまだ正式に王立薬草園の試験を突破していない。つまり、採用試験を受けて貰わなければいけないんだ」
周囲は頷く。リリーは初めてもたらされる予定に目を丸くした。
「し、試験……?」
「ああ。ペーパー試験だ」
「どのような科目があるのですか?」
「まずは教養試験。次に薬草園に入るための植物学と薬学の試験。最後に王室所属看護係になるための、看護学の試験を追加で行う。これで全て七割出来れば晴れて王立薬草園に入所が叶う」
最低でも三つの試験を突破しなければならないらしい。
「七割も……大丈夫かしら」
「リリーなら大丈夫だと思うよ。しかし念のため、二三日は勉強の時間を取らせる」
「試験会場はどちらですか?」
「我が居城、ウォルスター城だ」
どことなく、周囲の視線が生温かくなる。リリーはちょっと顔を赤くし、看護係たちが口々に言った。
「エディ様ったら、まだるっこしいことをして。さっさと妃として迎えて経営側に回せばよろしいのに」
「試験に通ったとして、リリー様が王立薬草園で働いていられる期間は何日間ありますの?」
「でもきっと、職員と平等になさってリリー様が浮かないようにとのご配慮なのよね?」
「愛ね……どれもこれも、愛ゆえなのよっ」
きゃっきゃとひとしきり騒いでから、看護係たちはある新聞を取り出すと、身を乗り出して王子に尋ねた。
「新聞によると結婚まで秒読みとありますが、どのようになっているのでしょうか?」
エディは答えにくそうに笑う。
「えーっと……それはもちろん、父上が快癒してから──」
「そんなことを言っていては、婚期が先延ばしになるではありませんか」
「しかし……王族の婚姻には王の承認が必要なんだ。勝手にどうこうするわけにも行かない」
「お二人の結婚のため、こちらも尽力しますわ!ですからリリー様、必ず試験を一発で突破して下さい。いいですね?」
リリーは看護係たちに迫られ、怯えた瞳でこくりと頷いた。
(みなさん、何でそんなにエディを結婚させたがっているんだろう……)
その疑問に答えるように、看護係のひとりが言った。
「エディ様は王族の中でも孤独でいらっしゃいますから。ご兄弟の中でエディ様だけ王妃陛下が違いましたので、味方になっていただける親族が少ないのです」
リリーはその事実を初めて知った。エディに視線を移せば、彼はムスッとしている。
「まあ、どの王妃陛下も熱病で亡くなってしまったがな……」
「だから余計に大変で、味方は多ければ多いほどいいのです。幸いリリー様も貴族出身でいらっしゃるし、今回のように功績もあります。看護係一同、早く陛下の病を治してエディ様に王立薬草園を拡大していただきたい。それは薬草園職員のみならず、国民も待ち望んでいることですから」
国民……とリリーは気持ちを引き締めた。
「この国の民が望んでいることって、何なのかしら……?」
「今回陛下を襲った熱病は、絶えずこの国に蔓延しているのです。以前、サイラス様もかかったことがございます。まだサイラス様が幼子の時のことですから、今は耐性が出来てあのように筋肉を誇示してピンピンしてらっしゃいますわ!でも、多くの国民はそうではないのです」
「なるほど……万能薬草が国を救うかもしれないのね」
リリーはじっと考え込む。
大量生産し、国内に安価で売ることが出来れば国の発展につながる。余剰が出れば、外貨獲得の起爆剤になるかもしれないのだ。
「だから、そのためにもリリーには一発で試験を突破してもらわないとな!」
お得意の王子スマイルでエディからにっこりと微笑みかけられ、リリーは責任の重さにぐっと歯を食いしばった。




