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24.アレクシスの策略

 次の日から、リリーも王の看護をすることとなった。


 看護に必要な道具の位置などを仲間から教えてもらい、把握する。食事の管理や掃除などの雑用も大事な仕事だ。


 床を隅々まで雑巾がけしていると、仕立てたばかりのネイビーのドレスはすぐに汚れて行った。リリーは修道女時代からこのような雑務を「修行」と捉えていたので、そういうことはまるで苦ではない。


 そのきびきびした動きに圧倒され、周囲の看護係は囁き合った。


「妃殿下になる可能性のあるお方を、あそこまで酷使していいのかしら?」

「けれどエディ様もリリー様も、〝自分をどんどん使ってくれ〟ってスタンスなのよ。遠慮している方がきっと気分を害されるわ」

「そうねぇ。それに、二人共熱病にかかった経験があると言うのが心強いわね。我々はいつ感染するかビクビクしてたけど、お二人は免疫がついてるだろうから、そうでもないし」


 彼女たちの言う通り、リリーは積極的に王の病室に入って行った。万能薬草の治癒力を知っていたので、ためらいがない。


 リリーは王に薬を飲ませた。王は意識が朦朧とする中でも食事は摂るので少し安心していた。食欲があるのはいいことだ。


 王はしばらく特に何も喋らなかったが、看護三日目にしてようやくリリーの存在に気づいたようだった。


「……見慣れない看護係だな」


 セドリックに初めて声をかけられ、リリーはびっくりした。


 万能薬草が効き始めているらしく、高熱も下火になった。セドリックはそれでようやく我に返ったらしい。


 リリーは緊張の面持ちで言った。


「初めまして、陛下。新たに看護係に加わりました、リリーと申します」


 セドリックは彼女を上から下まで眺めてから、ふうと息をついた。


「君が、リリーか……確か、万能薬草を持ち帰ったと言う」


 リリーは更に驚いた。どこでその情報を得たのだろう。リリーはしばらく考え込み、きっと他の看護係の話が耳に入ったのだ、と結論付けた。


「はい、陛下。エディ様と共に冒険し、暗黒大陸にて万能薬草を入手致しました」

「誠に手柄であった……私が再び立ち上がれるようになれば、そなたに褒美を──」


 セドリックはそこまで言うと、力を使い切ったように眠ってしまった。


 相当に疲れているらしい。何年もあの熱病を繰り返したのだと言うから、無理もない。


(この人が、エディのお父様)


 そして、もしかすると義理の父になるかもしれないのだ。


 父親とろくに過ごせなかったリリーに、小さな情愛の念が浮かんで来る。


(やっぱり親子ね。エディにちょっと似てる)


 豊かな赤毛に白髪の混じった、エメラルドの双眸を持つ痩せた中年の男。病が治って食事がしっかり摂れるようになれば、立派な体格の御仁だろう。


 リリーは静かに部屋を出た。


 と、病棟の入り口にエディの姿がある。


「あっ、エディ!……様」

「やあリリー。看護は順調?」

「おかげさまで」

「それよりもこれ、見てみなよ!」

「?」


 リリーはエディから新聞を手渡された。


 そこには〝薬師聖女現る!〟の大見出しが踊っていた。


「なっ、何これ……!」

「新聞社が君のことを根掘り葉掘り聞いて書いているぞ。父君の伯爵のことも書いてあるな」

「ええー……どうしよう。私、目立ちたくないのに……」

「妃殿下になったらどうせ目立つだろ」

「もう!そういうことを言ってるんじゃなくて……!」


 リリーは新聞を読み込む。かなり正確な情報が出回っている。一体、どこで誰が調べたというのだろう。




 一方その頃。


 シェンブロ公爵家の書斎で、アレクシスは父オーガストを前に怒り狂っていた。


「父上!私を学会に行かせている間にリリーを薬草園から放り出すなんて、一体何を考えているんですか!」


 オーガストは耳を塞いでいる。


「……大きな声を出すんじゃない」

「出さずにいられますか!父上、リリーは優秀な研究員だった。それなのになぜ追い出したんですか!?」

「お前を誘っていたからだ」


 アレクシスは怪訝な顔をしてから、一気に青ざめる。


「リリーが……誘っていた?私を?」

「そうだろう。お前に呼ばれてはホイホイついて行った女だったろ」

「……私が呼んだんだから、彼女が来るのは当たり前でしょう。リリーは、いち聞けば十返って来る優秀な部下だった。だから研究の手伝いをしてもらっていただけです。現状、彼女以上の頭脳を持つ修道女は──」

「ルイーザなんかはどうだ?辺境伯の末娘で家柄は申し分ない」


 アレクシスは愕然とした。


「家柄……?父上、急に何を……」

「お前もふらふらしてないで、そろそろ身を固めろ。嫁を探す時期だ」


 アレクシスは苛々して頬の内側を噛む。彼はある覚悟を持って、父に告げた。


「私はリリーと結婚するつもりでした」


 それを聞き、オーガストがあからさまにため息を吐く。アレクシスは更に言い募った。


「いいですか?父上。シェンブロ公爵家は学者の家系です。よりよい頭脳を残すには、家柄ではなく母親の頭脳も必要となるわけです。子どもの教育は母親がするのが常です。妻が馬鹿では、子まで馬鹿になるんです!私は、絶対に〝賢い女〟としか結婚しません!」


 オーガストは息子の熱弁に、頭痛を我慢するように頭を押さえた。


「全くお前は……あんなしがない妾の子に懸想するとは」

「懸想なんて言い方はよして下さい。真剣です。私は結婚するなら彼女と決めていました」

「ふん。まあいい、どうせ今頃暗黒大陸でくたばっているはず──」

「父上、そんなわけはないでしょう。あの賢いリリーのことです。きっと途中でどこかに降り、例の頭の良さでどこか新しい働き先でも見つけている筈ですよ」


 オーガストはやれやれと首を横に振った。


「もういい。出て行け。馬鹿息子には付き合い切れん」

「私は絶対にリリーを探し出し、連れ戻します。そしていずれ、我が妻に」

「ふん。私は認めないからな……」


 アレクシスは力任せに扉を閉めて出て行く。


 苛立ちを引きずりながらいつものようにシェンブロ領内の図書館に行くと、新聞書架で修道女たちが肩を寄せ合い小声ではしゃいでいるのが見えた。


「うそ……これってリリーじゃない?」

「まさか、そんなことが、ねぇ」


 アレクシスはそれを聞くや、修道女たちの中に分け入った。


「おい、リリーがどうした!」

「あっ。アレクシス様……」

「見せろっ」


 アレクシスは彼女たちから新聞紙をひったくった。


 そこには大見出しが踊っている。


〝薬師聖女現る!〟


 文章を読めば、それは明らかにあのリリーのことだった。


 何でも〝万能薬草〟を暗黒大陸から持ち帰ったらしい。隣国ランドールでは、彼女を連れて帰還した王子を派手に迎え入れたことが詳細に書かれている。


 アレクシスは口端を緩めると、静かに呟いた。


「……みーつけた」

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 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
― 新着の感想 ―
[良い点] 新聞を見てショックを受けるざまぁ展開かと思いきや、「……みーつけた」と来たもんだ。 このポジティブストーカー野郎! エディ! 絶対コイツを、リリーに近づけないでくれい!
[一言] ヒェッ……!
[一言] うわー、ストーカーの典型的な台詞だ。 怖いわぁ。
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