22.地獄の晩餐会
日が落ちる頃、リリーは王宮内にある客間に呼び出された。
看護用エプロンを脱ぐと、ウォルスター城から持って来た装飾品をドレスにつけ直して貰い、一気に晩餐会の装いになる。
少しくたびれて来たリリーに、最後のひと仕事があった。
晩餐会だ。
着替えを終えた室内にエディが入って来る。
「疲れているところ、悪いね」
「いいえ。王族の皆様と、一度顔合わせをしておいた方が先々安心ですもの」
「……だといいんだが」
少し引っかかる言い方をするエディに、リリーは王族同士の闇の深さを感じていた。
「君は救国の聖女だ」
エディは催眠術でもかけようとするように、リリーにそう言い聞かせた。
「何を言われても堂々としていればいい。王の命を救うのは君だ」
リリーは頷いた。
「そうね。エディと一緒に生きるって決めたもの、何があっても後には引かないわ」
エディは勝気に振る舞うリリーを見て、少し寂し気に笑う。
「ごめん、リリー」
「そんなに負い目に思わないでエディ。私は全貴族の中でも相当な下流だもの、常々そういった視線や仕打ちを受けることには慣れてるわ」
エディはリリーを労わるように抱き締めた。
「俺は必ずリリーの努力に報いたい。二度とそんな悲しいことが言えないように──」
「エディがそばにいてくれれば、大丈夫よ」
リリーはエディから体を離すと、その腕に手をかけた。
いざ、晩餐会へ。
リリーは、王宮に入ることはおろかその大広間に案内されることも初めての体験だった。
エディの隣で華やかな城内を眺めながら辿り着いた先に、大きな扉がある。それが使用人の手によって自動的に開かれると、既に全ての食器が並べてあるテーブルが目に飛び込んで来た。
その手前には、二人の男性が立っている。
リリーは事前にエディから兄弟の特徴を聞かされていた。
赤毛の短髪の屈強そうな男が第二王子のサイラス。
赤毛のオールバック眼鏡が第三王子のレナルドだ。
兄弟が三人集まったところで、バチバチと火花が散る。リリーは思った以上の緊張感にくらくらした。
それから、品定めのような視線を浴びる。リリーはとにかく、毅然とすることだけを心掛けた。
サイラスが言う。
「生きていたか」
リリーは頭に血が上りそうになるのをこらえた。が、続いて彼が発した言葉に拍子抜けする。
「どうせヒューゴの息がかかった護衛をあてがわれたんだろ。ご苦労だったな」
敵ではないのか?と思ったが、レナルドの言葉に再び気を引き締めることになる。
「まさか万能薬草を持って帰って来るとは思ってなかったから、今までの態度を変えなければならないな。エディが次期国王に選ばれることが濃厚になったら、今のサイラスのように急に態度を変える奴が出て来るだろう。もう誰も信じるなよ。お前は脇が甘いから、そこの女も怪しいと俺は思っている」
いきなりリリーに話の矢が飛んで来たのだ。リリーはどきりとして踏んばった。
「ヒューゴかサイラスの用意した美人局じゃないのか?尼さんにしては、少し美人過ぎるだろ」
なぜか斜め上の褒められ方をして一瞬レナルドを〝いいひと〟認定しそうになったリリーだったが、何にせよ疑われているらしいので気を引き締める。
「どいつもこいつも失礼な奴ばかりだな」
エディが兄たちの振る舞いを唾棄した。
リリーはとりあえず黙っているのは失礼かと考え、その場で膝を折る。
「初めましてサイラス様、レナルド様。私の名はリリー。レイノス伯爵家当主コンラッドの娘でございます」
二人の兄はそれをしげしげと眺め、急に王族の顔になって挨拶を交わす。
「ランドール国第二王子のサイラスだ」
「私は第三王子のレナルド」
握手を交わし、リリーと彼らはじっと互いの瞳と腹の中とを探り合う。
その場にいる全員が席に着くと、そのタイミングを見計らっていたかのように王太子のヒューゴが入って来た。
隣には、王太子妃のマリーを伴っている。リリーはそれで、第二・三王子には妻はおろか婚約者すらいないのだと気がついた。
全く歓迎ムードの漂わない晩餐会が開かれた。
リリーはヒューゴの隣の席である。席次は会の主催者が決めると決まっている。リリーがナフキンを用意していると、すぐにヒューゴから声が飛んだ。
「リリー。君はレイノス伯爵家当主コンラッドの妾の子らしいね」
段取りのない直接的な会話に、その場がひりついた。
「エディに懸想しているらしいが、諦めろ。お前は第四王子の妃に収まる格ではない。妾でせいぜいといったところだ」
リリーはスッと顔色が白くなる。
王太子からの宣戦布告。
兄に憤り、がたんと立ち上がりかけたエディを制し、リリーは言った。
「そうでございますね。けれど、王族の婚姻を承認出来るのは陛下だけでございますから」
遠回しに〝あなたが決めることではない〟と言ったのだ。そんな彼女の立ち回りを、王太子妃マリーは興味深そうに見つめている。
ヒューゴはまじまじとリリーを眺めると、更にこう言った。
「リリーの母君であるウェンディは、色んな男と関係を持っていたようだな」
リリーの顔が凍りついた。
「本当に伯爵の子かどうかも分からない。そのような素性の分からぬ子女を王家に迎え入れることに、果たして父は賛成するだろうか?」
既に身上を調べ上げられている──
リリーははっきりとこう答えた。
「それも、陛下が決めることにございます」
揺さぶりなど不要。リリーはそのようなことでおどおどするタマではない。それからリリーは、あえてこう言って見せた。
「陛下は必ず病に打ち勝ちます。ですからそのようなご心配は不要ではないでしょうか、殿下?」
こちらも、宣戦布告である。
リリーとヒューゴの間に、激しい火花が散った。