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18.ランドール王立薬草園

 馬車が向かったのは、郊外にある瀟洒な城だった。


 リリーは馬車から外を眺める。リダウト商会のお屋敷など目ではないほど大きな居城が、遠目に見えた。


「リリー。あれが我が居城、ウォルスター城だ」


 城の背後にはブドウ畑の広がる丘陵があって、その更に向こうには小高い山々が連なっている。


 近づくにつれ、花畑と温室も見えて来た。


 これが、ランドール王立薬草園。


 夕闇の迫る城に、ひとつひとつ明かりがついて行く。主人の帰還を祝うように。


 城の前に着くと、執事と使用人が待ち構えていた。背後について来た馬車の列から、大量の植物が下ろされて行く。トリス大臣は外来植物の検疫もしくは管理作業のため、先に馬車から降りて薬草園へと去って行った。


 エディが降りたのでリリーもついて行くと、使用人たちから一斉に好奇の視線を浴びた。致し方ないだろう、向こうからしたら素性の知れない謎の女だ。


 執事の瞳が光る。


「エディ様。そちらのご令嬢が、お手紙にもありました修道女リリー様ですね?」


 事前に手紙で伝えてくれていたらしい。そういえば、エディはスネル島でもよく手紙の束を配達人に渡していた。単に筆まめな男なのかと思っていたが、今思えば、留守にした家に幾度となく無事の報告を上げていたのだろう。


 エディは頷いた。


「彼女は私の命の恩人だ。丁重にもてなすように」

「かしこまりました。それではリリー様、お部屋までご案内いたします」


 リリーはこの妙に広い居城でエディと離されるのを不安に思ったが、


「すぐに君のところへ行くから、安心して」


と彼に囁かれ、少し安堵して頷いた。


 リリーの少ない荷物を持って、使用人がついてくる。


 リリーが案内されたのは、豪華な客間だった。小さなシャンデリアが天井に点々と並び、天蓋のあるベッドカバーは刺繍の施された絹だ。天井には天使の絵がひしめき合い、床は唐草模様のカーペットが敷き詰められている。


「それではエディ様がいらっしゃるまで、しばしおやすみ下さい。もしよろしければ、紅茶のご用意を致しますか?それとも湯浴みの用意に致しましょうか」

「!いいんですか?それならば湯浴みを……」

「かしこまりました。ご希望とあらば我が薬草園名物の薔薇風呂がご用意出来ますが、いかがなさいますか?」


 リリーはその「名物」とやらに、非常に興味をそそられた。


「……薔薇風呂!?」

「薔薇の花びらを浮かべた浴槽に入り、ローズオイルを塗ります。そして最後にタオルで拭き上げるのです。すると──」

「すると?」

「ローズの香りが残り、肌にも潤いが残ります。厳密には薬湯の類ですが、ランドール薬草園ではこれを観光資源としております。国内の温泉地に、薔薇とそこから抽出されるオイルを卸しているのです。皮膚炎に効くのはもちろん、片頭痛や産後の不調にも効きます」


 リリーはそれを素晴らしい試みだと思った。


「薬効のあるお風呂なんて初めて。ぜひ一度入ってみたいわね」

「かしこまりました。それでは薔薇風呂の準備に入りますが、よろしいですか?」

「お願いします!」


 風呂はすぐ隣の部屋に備え付けられているらしい。


 用意が整いリリーが入ると、薔薇の芳香が体をほぐしてくれたのか、すぐに疲れた気分は吹き飛んだ。


(シェンブロ公爵領の薬草園では薬ばかり作っていたけど……ランドールではこういった癒しや気分転換になるようなものも作っているのね)


 よく考えれば、薬草は別に病気だけを治すものだとは限らない。心を癒したり、気分を直したりするのも薬草の役割だ。その点では、薔薇も薬草の一種と言えるだろう。


(ランドールの薬草園で働く時には、シェンブロ仕込みの古い価値観を改めなければ……)


 などと考えつつ、リリーは薔薇の薬湯に沈む。


(んー、幸せ……)


 使用人のひとりがやって来て、風呂に入ったままのリリーの腕から肩をローズオイルでマッサージしてくれる。ランドールに入ってから緊張でがちがちに固まっていた体をほぐされると、リリーもようやく生き返った。


 温まった体にゆるい絹のローブを纏わせてもらうと、リリーは急に眠たくなって来た。


「……今日はもう、お休みになりますか?」


 やって来た執事に問われ、リリーは頷く。


「そうするわ……疲れていて、お腹も空いてるのかよく分からなくなっているし」

「エディ様にはそのようにお伝えしておきます」

「……エディ様、ね……」


 リリーは少し苦笑いする。あのエディが王子様だったなんて、未だに信じられない。


 照明が消され、扉が閉められる。リリーはベッドでまどろみながらエディのプロポーズを思い出し、ふと恐ろしい事実に行き当たる。


「待って?ってことは……まさか下手をしたら私、妃殿下になるの……?」


 リリーはそう呟くなり、がばり、とベッドから起き上がる。


「どうしよう……断るなら今、なのかしら……」


 けれど彼を悲しませるようなことは、リリーには出来なかった。


「エディったら……もっと早く教えてくれればよかったのに。それなら私、あの人を──」


 諦められたのに、と言いかけて、リリーは首を横にぶんぶんと振り立てた。


「そっか……。エディはきっと、そうなることを恐れて私に本当のことを言い出せなかったんだわ」


 目まぐるしい展開に体も心もついていけないリリーだったが、視線を合わせたりキスをくれたり、抱き締めて来る彼の腕には、何も嘘偽りがなかったことを思い出した。


「エディを信じよう。あの冒険を乗り越えられたんだから、きっとこれからだって何とかなるはずよ」


 そのためには、まずしっかり体を休めなければならないだろう。


 リリーは薔薇の香りと今までの冒険の自信に包まれ、とろんと眠りに落ちて行った。

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i629006
 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
― 新着の感想 ―
[気になる点] 好きな相手の母親が妾という立場にされていた、と聞いても気持ちが変わらないエディは、自分は親の二の舞にはしないという決意とかあるんだろうか?(周囲を黙らせる、認めさせる自信が?) [一言…
[一言] >「エディを信じよう。あの冒険を乗り越えられたんだから、きっとこれからだって何とかなるはずよ」 せやろか?( ˘ω˘ )
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