17.エディの正体
リリーとエディの、幸せな航海は続いた。
別々の船室から出た後は、いつも一緒に行動する。
晴れた日は甲板で海と空を見る。
お互いの専門である薬草や、新しく見つかった植物の話に花を咲かせる。
就寝前、その日の別れ際には、二人で軽いキスを交わす。
リリーは暖かい感情の真綿に包まれているような、ふわふわした毎日を過ごしていた。
(これが……恋っていうものなのね)
スネル島で見た、キラキラした恋人たちの姿を思い出す。
(めいいっぱいおしゃれしてた彼女たち……今ようやく、あの子たちの気持ちが分かるようになった)
リリーは鏡を見つめた。嫌いだった自分の顔も、エディからすると「可愛い」らしいので特に卑屈に思わなくなった。そんなことより、もっとエディの隣が似合う素敵な女性になりたいと、切実に思うようにすらなっていた。
今日、ついにランドールに到着する。荷物をまとめ、あとはランドールの港に到着を待つのみだ。
戸が叩かれる。
「リリー、そろそろランドールに着くぞ」
エディの声がして、リリーは見えない尾っぽを振りながら扉を開けた。
エディは少し緊張した声色で言った。
「先に言っておく。既に、手紙で無事帰還の報をランドールに伝えてある」
「そう」
「それで、馬車を用意させてあるからそのままうちへ直行する。リリーは……しばらくうちに泊まるだろ?」
「うん!」
「かなりのお手柄だから、ちょっと従者の出迎えが大袈裟になるかもしれない。でも、驚かないで欲しい」
リリーは頷いた。まだ身分を明かされてはいないが、きっとエディは良家の出だ。使用人がずらりとやって来て、商会から買い付けた商品をうやうやしく運んだりするのだろう。
船が汽笛を上げる。それを合図に二人は甲板へ出る。遠くに、ランドール最大の港が見えて来た。
リリーはエディと並び、その美しい港町をうっとりと眺めた。
船員が声をかけて来る。
「エディ様を降ろした後に、他の乗客が降りる手筈になっております」
「……そうか」
リリーは潮風を受けながら、近づいて来る港を眺めた。
港には、確かに大勢の人が押しかけている。リリーは目を凝らした。ちかちか光る金色が目に入る。よくよく見ると、それは金管楽器を携えた楽団だった。
人々はランドールの百合と鷲の紋章の描かれた小旗をしきりに振っている。その紙の捲れる音が、鳥の羽ばたきのような音を立てていた。更に、人々の叫び声が聞こえて来る。
「万歳……!万歳……!」
リリーは訝しがった。もしかしたらこの船には、国の重役でも乗っているのかもしれない。
「さあ、行くぞリリー」
エディの声と一緒に、船員が二人の荷物を持ち上げた。運んでくれるらしい。
エディがリリーと共に船を降りて行くと、群衆の声は更に大きくなった。
そして、太鼓の音に合わせて金管楽器が吹き鳴らされる。それを合図に色とりどりの紙吹雪が舞って、リリーは唖然とした。
船の階段を下りると、赤い絨毯が敷かれていた。その先を見れば、白地に金の豪華な馬車が待っている。更にその馬車の前後には、ランドール軍の近衛騎馬隊が待ち構えていた。
リリーは冷や汗をかきながら小首を傾げた。
(こ、これは一体……?)
馬車の方から、痩せ型の老紳士が走って来る。
「エディ様、お帰りをお待ち申し上げておりました!」
「トリス衛生大臣、心配をかけて済まなかった。手紙でも書いた通り、彼女のおかげで万能薬草を買い付けることが出来たんだ。丁重におもてなしをしろ」
「はっ。リリー様のご活躍はかねがね伺っておりました。まずはお疲れでしょうからウォルスター城で休むことに致しましょう……参内は明日にでも」
「それがいいだろうな。行こう、リリー」
リリーは頷いたが、心の中では何が起こっているのか全く理解が追いつかない。
その時だった。
「ランドール国第四王子、エディ殿下のご帰還である!!」
近衛兵が高らかにそう宣言した。すると群衆はそれを合図に、旗を振りながら叫ぶ。
「エディ様、万歳!ランドールに栄光あれ!!」
リリーは真っ青になった。
(エディ殿下……?第四王子……?)
エディにエスコートされ、リリーは馬車に入る。近くの船から空砲が鳴った。金管楽器の音色に合わせ、近衛兵の勇ましい号令と共に馬車は出発した。
リリーはガタガタと震え出すと、ぎゅっと隣に座るエディの腕にしがみついた。
エディはリリーの側頭部に頬を寄せながら、申し訳なさそうに言う。
「ごめん。今まで言い出せなかったけど……俺はランドール王国の第四王子なんだ。王の熱病を治すべく、日夜奔走していた。そんな時に出会ったのが……リリー、君だったんだ」
リリーは、何とか現実を受け入れようと頷いた。
「途中で護衛に裏切られ、殺されかけたところを君に救われた。君は命の恩人だ。そして最愛の女性──その事実は、俺の立場が王子だろうと何だろうと変わらない。それだけは分かって欲しい」
リリーは、怯えながらもこくこくと頷いている。
トリス大臣は、寄り添う二人の様子を興味深そうにじっと見つめていた。