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13.熱病

 サグスター港に到着し、リリーとエディは一度、リダウト商会に戻ることにした。


 事前の打ち合わせ通り、未開の地に入った後なので、しばらくは商会の用意した離れで休むことになっていた。エディとリリーが商会の門を叩くと、本館ではなくすぐに別館に通された。


 執事がやって来て言う。


「しばらく、お二人にはこの別館でお過ごしいただきます。食事もこちらでお召し上がりください。チャド様と次にお話するのは二週間後、未知の感染症の可能性を完全に消した上で、ということになります」


 風呂のあと再び服が用意され、二人は冒険着からそれに着替えた。


 食事が運ばれて来る。紅茶と軽食だ。久しぶりの慣れた食事に、二人はようやくほっと息を吐いた。


「……ついに、手に入れたな。万能薬草を」

「この後、早速万能薬草を植え替えましょう。新しい鉢はないかしら」

「今、手配させている。しばらく温室に入れて、世話してもらうつもりだ」


 別館には中庭があった。二人は、用意された鉢に万能薬草を植え替える。


 鉢植えの万能薬草は、使用人の手でしずしずと温室に運ばれて行った。


「さて……しばらく暇だな」

「疲れることはなるべく避けた方がいいわ。二人でゆっくり……」

「二人で?」


 エディが顔を覗き込んで来る。リリーはびくっと跳ねた。


 彼の視線は、リリーの耳に向けられている。


「あれ……リリー、前にあげた真珠のイヤリングしてくれてるんだね」


 リリーは赤くなりながらこくこくと頷いた。エディがにこりと笑う。


「ありがとう」


 リリーはその謎のお礼に対し何と答えたら正解なのか分からず、眉を八の字にする。エディは、初めて泣き出しそうなリリーを目の当たりにして狼狽した。


「ああっ!ごめん、そういうつもりじゃ……!」

「ううん。私、気に入ってるからつけてるの……」


 二人はそう言葉を交わしてから、体温が急上昇した。


「そっか……気に入って……」

「うん。ところでエディ」


 真っ赤になったリリーは、あえて話題を変えた。


「あの約束覚えてる?万能薬草を持って帰れたら、私を王立薬草園に推薦してくれるってこと」


 エディはリリーの機転に、少し安堵したように微笑んだ。


「もちろん。リリーの頼みとあらば今日にでも、ランドールに向けて推薦状を書くよ」

「本当!?ありがとうエディ!」

「船便なら二週間もあれば手紙が届くだろう。ランドールに着いたらすぐに、採用担当者に君の話をするとしよう」


 ついに、リリーの次の就職先が決定した。


 公爵家の運営する薬草園を追放され、どうなることかと将来を心配し続けていたが、やっと希望が叶ったのだ。リリーはその場で飛び跳ね、エディはうんうんと頷いた。


「早く行ってみたいわ!ランドールの王立薬草園は、どんなところかしら?」

「俺もリリーに職場を早く見せたいな。何せうちの温室は、この商会の温室より大きいんだからな」


 リリーは、まだ見ぬランドールの薬草園を夢見た。


 また、植物を育てる安定した生活が帰って来る。花の香り、土の香りに囲まれる生活は、リリーの求めるものだ。


 リリーは新しい環境を夢見て眠った。


 しかしその夜──




 リリーは唸り声で目が覚めた。エディの声だ。


 そろりと彼の部屋に入ると、エディがうめいている。顔が真っ赤だ。リリーはそれで、すぐに悟る。


 やはりだ。彼は暗黒大陸から、熱病を持ち帰ってしまったのだ。


 リリーは部屋に戻ると万能薬草の粉末を取り出した。それからコップに水を汲みに走る。再び部屋に戻ると、リリーはそれを盆に乗せて彼に差し出した。


「エディ、これを。万能薬草よ」


 エディは起き上がってその粉を飲んだ。うっすらを目を開けると、リリーに言う。


「リリー……入って来ちゃダメだ」

「でも」

「どこに蚊が潜んでいるか分からない。感染うつったら大変だ。薬と水さえ置いておいてくれれば、俺ひとりで」

「何を言ってるの?あなたがいなくなったら、私──」


 思わず本音を言いかけて、リリーは言葉を飲み込む。


 するとベッドに再び寝転がったエディが、こんなことを言い出した。


「推薦状は、そこのテーブルに置いてある」


 彼の指差す方向に目を移すと、白い封筒が月明かりの中浮かび上がっている。リリーは青くなった。


「もし俺が駄目になっても、あれを出しておけばリリーは薬草園に……」


 リリーはぶんぶんと首を横に振り立てた。


「いけないわ、そんなの!私、エディの熱が下がるまで、絶対にこの手紙を出さない!」


 エディは意外だとでも言わんばかりに目を見開いた。


「……なぜそんなことを?」

「なぜって……」


 リリーは顔を赤くしたが、今言わなければ──と考える。


「あなたのいない王立薬草園だったら、私、行かないわ」


 エディが怪訝な顔をするので、リリーは続けて言った。


「分からないの?私、もっとあなたと一緒にいたい。あなたがいる薬草園で働きたいのよ。だから、絶対熱病を克服して欲しいの」


 エディは赤い頬を更に赤くした。


「リリー……」

「私が絶対に治すわ。幸い、万能薬草は腐るほどある。あなたのお父様にも差し上げなければならないんだもの、息子が先に死んでしまったら、お父様も悲しむわ」


 エディはじっと考え込んでから、何度か頷いた。


「そうだよな……早く帰って、父上の病を治さねば」

「だからまずはあなたの体が大事なのよ、エディ」


 リリーは、エディの胸元のかけ布団を引き上げてやった。


「寒い?」

「さっきまでは寒かったが……薬を飲んだら、汗ばんで来た」


 リリーは汗ばむエディの額に、自分の冷えた手をあてがった。


「どうやらこの万能薬草には、解熱作用があるようね」

「使用人を呼んでくれ。君は寝るべきだ」


 リリーは首を横に振る。


「何があるか分からないから、人を呼ぶべきではない。この別館に泊まってくれている執事さんにだけ、手伝ってもらうことにするわ……それからエディ、あなたは今何も考えなくていい。とにかく寝て、体力を温存しましょう」


 エディは頷くと、そのまま目を閉じた。


 リリーは自室に戻ると、万能薬草の量とエディの熱の経過を書き記す。


 万能薬草の真価がこれで判明するのだ。与える量を調節しながら、彼の様子を見なければならない。


 リリーは万能薬草が暗黒大陸を出て世界に波及することを想像した。


 彼の容態が安定したら、この記録がきっとその後、世界の処方箋の基準になるだろう。

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i629006
 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
― 新着の感想 ―
[一言] 大胆な告白は女の子の特権( ˘ω˘ )
[良い点] 昔の研究者たちは、みんな自らがその病気に罹患してましたよね。 その記録のお陰でいま治療法があると思うと、頭の下がる思いです。 病室の感じがちょっとコロナの隔離ホテルみたい……
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