表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/59

12.万能薬草の雄と雌

「是非、万能薬草の苗を持ち帰らせて下さい!」


 リリーがそう懇願すると、ヤルミルは困ったように天を見上げた。


「うーん、そんなに欲しいのか?まあ、万能薬草も最近ここを出たがっているようだし、そこまで言うなら……」


 ヤルミルは立ち上がった。


「共に森まで行こう。付いて来い」


 リリーとエディは立ち上がった。エディが歩きながら、こそっとリリーに問いかける。


「リリー……君は一体何者なんだ?」

「私にも分からないわ。今回の件に関しては、母が凄いだけよ」

「やはり、リリーを暗黒大陸に誘って正解だった。面白いことになって来たぞ……!」


 森へ分け入ると、ヤルミルがある木を触り、こちらに顔を向けて言う。


「この木が、ナワ・カラバルの雌だ」


 リリーとエディは目を見開いた。


「ん?雌?」

「ああ。そしてこっちがナワ・カラバルの雄」

「待ってください……万能薬草って、雌雄あるんですか?」

「そうだ。種や実を採るにはつがいで植えなければならない。実には薬効がないが、我が部族は塩漬けにして食べているぞ。難しいことだが──無論、種から発芽させることも可能だ」


 ヤルミルはそう言いながら、足元にある二本の低木を引っこ抜いて見せた。


「ほら、彼らをつがいで持ち帰るがいい」

「ありがとうございます!」


 麻袋にそれを入れ、リリーとエディそれぞれが一本ずつ背負った。


 ヤルミルが言う。


「私はナワ・カラバルとの付き合いが長いので雌雄はすぐ見分けられるが、君たちには難しいだろう。見分け方を教えておいてやる。実が出来る方が雌だ」

「そんな、いい加減な……」

「実が出来るまで育つだろうか?異国の地で木を生き永らえさせるのは難しいぞ」


 それはリリーも十分承知していた。しかし、やれるところまでやってみたい。エディの勤める薬草園に枯らさずに持ち帰れれば、きっと国ごと変えるような重要な薬になるであろう。リリーが遠い空に向かって目を輝かせていると、


「あとな、その木は喋る。もし何かを受信するようなことがあれば、私に聞いて欲しい」


 急にヤルミルがそんなことを言い出した。エディはくすっと笑う。


「何を言ってるんだ?それは木じゃないか」

「おや、君はなぜ我が一族が代々カラバルの長を務めているのかをご存知ないようだな。まあいい、いずれ時が来れば何かが起こるかもしれない。その時はその木を恐れず、切り倒したりしないで、私にひとこと聞いて欲しい」

「んー?この部族特有の迷信みたいなものか?魔術なんてこの世にあるわけないし……」

「その思い込みは今すぐ捨てろ。それが出来ないんだったらその木は返してもらおうか」

「あー……分かったよ。何かあればすぐに言うから」

「約束だぞ」


 エディはリリーを伴って歩き出した。


「さようなら、ヤルミル」


 リリーが手を振ると、ヤルミルもまた笑顔で手を振り返した。




 森を抜けると、すっかり日が暮れていた。


 港で珍しい花々を買いつけた後、停泊していた船に乗船を交渉する。一等船室のみ空きがあって、すぐにスネル島まで乗せてもらえることになった。リリーは一等船室に入ると、早速シャワールームに入って体を洗い流した。


 冬とはいえ、やはり蚊に刺された跡がある。リリーはそれを見て恐怖し、同時に万能薬草を思い浮べた。もしもの時に備えて、あらかじめ飲んでおくべきだろう。予防になるかもしれない。


 リリーが風呂を出る頃、船は暗黒大陸から離れて動き出した。


 リリーはソファに寄りかかると樹皮を一枚取り出し、それを粉にした。何包かに分け、何かあった時のために袋や財布に入れておく。


 リリーは試しに粉にした万能薬草を飲んでみた。口の中に、ねっとりとした苦味が広がる。吐き出したいのをこらえて何とか水で流し込むと、リリーはその袋を持ってエディの船室をノックした。


 濡れたエディが出て来た。


 予想と違った姿のエディからふわりと石鹸の香りが漂って来て、リリーはどぎまぎする。


「あっ、あの、エディ。これ……粉にしてみたの。よかったら、予防的に飲んでおいてね」


 エディは笑顔で「ありがとう、助かる」と言うと、リリーをじっと見下ろした。


「……何?」

「何でもないよ。ちょっと風呂上がりのリリーを目に焼きつけておきたくなっただけ」


 リリーは赤くなってうつむいた。エディはいたずらっぽく笑うと、少し手を振って扉を閉めた。


 リリーは自室に戻ると、ベッドにごろんと横たわる。


(今の……どういう意味?)


 リリーは何度も寝返りをうってから、急に起き上って荷物を漁る。


 エディに貰った真珠のイヤリングを取り出して見る。それをつけてから、何となく鏡を見る。


 真珠をまた外す。荷物の奥に、隠すようにそれをしまい込んだ。


 再びベッドに横になる。


(え?)


 リリー自身、急に何を思ってこんなことをしているのか分からなかった。しかし自身が理解したくない感情を、先ほど真珠ごと取り出したのは確実だった。


 どくどくと胸が脈打つ。


(もう……エディが変な事言うから、エディが真珠や服なんて寄越すから、エディが優しくするから……)


 心の中で彼を散々なじってから、リリーは観念したように心の中で呟いた。


(どうしよう……まさか私、エディのこと……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓「没落令嬢の幸せ農場」好評発売中です!
i629006
 第三回アース・スターノベル審査員賞受賞作品
― 新着の感想 ―
[良い点] 思ったよりトントン拍子に進みましたね! でも大変なのは帰ってからだったり!? そして芽生えた恋心!? これまた面白くなってきましたね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ