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彼女

 午後の授業も終わり、教科書をカバンにしまう。

 帰り支度を終わらせた美幸ちゃんが声をかけてきた。


「おーとーはちゃん。かき氷食べに行きましょ」


 その言葉に思わず鳥肌が立つ。


「やっぱり、冬はコタツにミカンだよ、美幸ちゃん」


「コタツにミカンは鉄板ですけど、かき氷の本当の旬は冬だってことが、食べてみたらわかりますよ。天然水の氷はまるで綿菓子のようにふわっふわで口に入れると優しく溶けるんです。それで、シロップは厳選した素材をお店で手作りしていて、希望する人には練乳もつけてくれるんですよ。でね、なんとここのお店にはコタツがあるんです。しかも掘りコタツ! 最高だと思いませんか?」


 確かに、コタツにミカンもいいけど、ぬくぬくしたコタツでアイスを食べるのは、至極の幸せ。


「美幸ちゃん、かき氷食べに行こ!」


 力説する美幸ちゃんの言葉に心揺さぶられ席を立った。


 しかし、今日は水曜日。

 自分が図書委員であることを思い出した。


 受付の当番の日だ。


 美幸ちゃんが落胆の声を上げたのは言うまでもない。

 今度三人で行くことは約束したものの、すでに行く気満々だった美幸ちゃんはガマンできず杏子ちゃんと二人でかき氷を食べに行ってしまった。


 それが二時間くらい前の事。

 生徒たちの声でざわついていた校舎も、五時ともなれば人気もなく閑散としている。


 委員会の仕事も終わり、下駄箱の前に来たところで大きなため息を漏らす。

 なんだか今日はものすごく疲れた。


 そういえば今朝のテレビの占いでも、おとめ座は一位だったはず。

 しかも今日のラッキーカラーは紺色。

 全身紺色の制服に身を包み、ラッキーアイテムだというチラシは幸運にも駅前で手に入れた。


 それなのに……。


 厄日かと思えるほどに災厄が、次から次へと降りかかってきた。

 ふと、杏子ちゃんの言葉を思い出す。


『トラブルに巻き込まれる恐れあり』


 思い起こせば、朝から美人のお姉さんにお弁当を託されたことに始まり、歴史の講師の根本に目をつけられ、果てはファンクラブからは謂れのないいちゃもんをつけられ、挙句にラッキーアイテムであるはずのチラシは破り捨てられ、至極の幸せを味わおうと思ったのに、かき氷屋さんに行くことは叶わなかった。


 ほ、ホントによく当たる占いだ。

 ブルブルっと頭を振る。


 病は気から、心配は身の毒、万の病は心。

 くよくよしていれば災難も寄ってくるってよく聞く。

 禍転じて福となすって言葉もあることだし、気にしない、気にしない。


 そう思いなおし自分の靴をだそうとした。


 が、そこに靴がない。


 一瞬場所を間違えたかと思ったけど、そこには確かに『六番』と記されている。

 出席番号が六番である自分の下駄箱に間違いはない。

 それに周りを見れば生徒はみんな下校していて、きれいに上履きが収まっている。

 しかし、自分のところだけがぽっかりと開いていた。


 あるはずの靴がそこにない。


 はぁ~、ともう一度大きなため息をついた。

 どこまで災厄に見舞われればいいのか……。

 靴を隠されるような覚えはない、

 と言いたいところだけど心当たりがなくもない。


 桐谷倭斗のファンクラブの子たちだ。

 勘違いとはいえ、彼女たちは自分のことをよく思っていないだろう。

 腹いせに靴を隠されたと考えるのが妥当だ。


 これだけで済めばいいんだけど……。


 仕方なく上履きで帰ることにしたその背後で、突然電話の着信音がなった。

 ピッ、という機械音の後に聞こえてきた女性の声。


「もしもし倭斗?」


 その名前に思わずドキリとして振り向くと、そこには今朝お弁当を渡してほしいと頼んできた桐谷倭斗の彼女がいた。

 艶やかな黒髪、クリッとした大きな瞳にプルンとしたピンク色の唇。

 陶器を思わせる肌は白く、すらりとした手足は折れそうなほどに細い。

 見れば見るほど美しく、その人間離れした美しさに、一瞬二次元にでも飛ばされたのかと錯覚を覚える程だ。

 けれど、そんな美しい人の口から出た言葉は、その見かけとは相反するものだった。


「ちょっとあんた今どこにいるの?……え? 私がそんな事するわけないでしょ。何バカな事言ってんのよ。それより遅いから学校まで迎えに来ちゃったじゃない。それならそうと早く連絡しなさいよ……うん、わかった、その話は後でじっくり聞くわ」


 言うなり彼女は電話を切った。

 その内容から察するに、約束を反故にされたのだろう。

 こんな美しい人との約束を反故にするなんて、桐谷倭斗という男はつくづく罰当たりな奴だ。

 そんなことを考えていいると、彼女が話しかけてきた。


「あら、今朝の……、今日は倭斗にお弁当を届けてくれてありがとう」


 微笑む彼女。その妖艶な微笑みに思わず見とれてしまう。

 ボケっとする私に、彼女が声をかけてくる。


「もしもーし」


「え、あ、は、はい。なんでしょう」


「今日はありがとう」


 正気に戻って、今度はきちんと彼女の言葉を受け止めた。


「はい……」


 受け止めた途端に心が痛んだ。

 今日も桐谷倭斗はお弁当を食べていなかった。

 まっすぐに彼女の顔を見られなくなって自然とうつむいた。


「じゃあ、私帰るので」


 気まずくなってこの場から去ろうとしたら、彼女に引き留められてしまった。


「あら? あなた上履きのままよ。靴に履き替えなきゃ」


「ああ、えっと、これは、その……」


 問われて、何をどう説明しようか戸惑っていると、彼女が顔をのぞき込んできた。


「もしかして、この靴あなたの?」


 そう言って差し出された靴は、少し汚れていたけど確かに自分の靴だった。


「あ! 私のです」


「そうなの? そこのごみ箱に入っていたんだけど、捨てる程履きつぶしてないからおかしいなと思って拾ったんだけど、よかった。はいこれ」


 言いながら彼女は靴を差し出した。

 受け取ろうと手を伸ばしたその時。


「もしかしてあなた、イジメられているの?」


 不意打ちだった。

 確信をつく言葉をズバッと言われ、思わず靴を受け取り損ねてしまった。


「あ、わッ、ご、ごめんなさい」


 慌てて靴を拾う。

 慌てるその行動が、彼女の言葉を肯定していた。

 彼女がなぜか怒りを露わにする。


「陰でコソコソするやつってホント最低だわ! 私がそいつらぶっ飛ばしてあげる!」


 今日会ったばかりだというのに、自分のことのように起こる彼女。

 見ればファイティングポーズをとり、ボクシングをするようにシュッシュと腕を繰り出している。

 自分が男だったら間違いなく抱きしめたくなる健気さだ。

 そんな彼女に、まさか『あなたの彼氏が原因です』なんて言えるはずがない。


「ちょっとした誤解なんです。その誤解が解ければすぐにこんなことなくなると思います。だから、大丈夫ですよ」


 そう、今の時点では単なる嫌がらせ。

 これが発展しなければいいんだけど、こればかりはどうにもならない。

 彼女たちに誤解だという事がきちんと伝わればいいけど……。


「そう? それならいいけど、もし何か困ったことがあったら何でも言ってね。今日お弁当を届けてくれたお礼に、私があなたを助けてあげる」


「いやいやいやいや、お弁当届けただけですし、それに……」


『肝心の彼氏はお弁当を食べていないし』

 というのはさすがに言えない。

 口ごもる私に彼女は何を思ったのか、いきなり声を張り上げた。


「あッー!」


 ドキンと心臓が跳ねた。


「今、私の事すっごく弱そうって思ったでしょ!」


 そのセリフは今思っていた事とは違ったけど、確かに彼女は弱そう、というより『深窓の姫君』という言葉がとてもよく似合う女性だ。

 彼女が私を守るより、私が彼女の盾になるほうがしっくりくる。


「こう見えて、私意外と強いのよ」


 そう言って彼女はウインクしてみせた。

 全然説得力のない言葉だったけど、会って間もない自分のためにそこまで言ってくれることがすごくうれしかった。

 だから素直に彼女の言葉を受け入れることにした。


「では、何かあったらよろしくお願いします。私も、もしあなたに何かあれば、この身を盾にしてでもお守りします」


 負けじとファイティングポーズをとる。


「ふふッ、あなたって面白い子ね。そういえばあなたの名前をまだ聞いてなかったわね。私は森野華子、華って呼んで。あなたは?」


「私は奥村乙羽です」


「よろしくね、乙羽ちゃん」


 そう言って手を差し出してきたので、すかさずその手を握る。


「よろしくお願いします」


「なんか、これって織田信長と徳川家康が結んだ近国同盟みたい」


 ふふふ、と嬉しそうに笑った華さんの言葉。

 意外過ぎる言葉だったけど、歴史好きを自負する私が飛びつかないはずはない。


「はい! 華さんの危機には必ずや馳せ参じます」


 と武将さながらの口調で言うと、華さんは思いのほか喜んだ。


「きゃー! 乙羽ちゃん、もしかして歴史が好きなの? なんか気が合いそう。今度、戦国史上の最大の謎、本能寺の変について語りましょう」


「ほんとですかッ! ぜひぜひ語りましょう」


 めったに出会う事のない歴史を語れる人との出会いに喜びに胸を弾ませた。





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