8話 そして僕は旅に出た
鞄に荷物を詰め込んで準備をしていると、お兄ちゃんが帰って来た。
「太郎。頼みがある」
「なに」
「一兆円を、くれ」
言われたくなかったけど、やっぱり言われてしまった。
僕はお兄ちゃんの顔を見なかった。
見たくなかった。
「太郎。一兆円くれ」
「この前あげたじゃん」
「もう一回くれ」
「前あげた一兆円は、どうしたの?」
「ギャンブルで全部なくなっちまったよ」
「……大切に使ってねって言ったよね」
「ごめんって。次は大切に使うから」
「もうあげないよ」
「何でだよ!?」
「お兄ちゃんなんか、嫌いだから」
「はあ!?」
「お兄ちゃんは、悪いやつだから」
「ふざけんなお前。マジで殺すぞ?」
お兄ちゃんが殴って来た。
でも全然痛くなかった。
お兄ちゃんが蹴って来た。
段々心が痛くなって来た。
「太郎てめえ……!! 一兆円よこせ!」
「お兄ちゃんの事、好きだったよ。僕が虐められてる時、助けてくれたことあったよね。あの時、僕はとっても嬉しかったんだ」
「…………」
「なのに、どうしてお兄ちゃんはこんなに弱くなってしまったの?」
「太郎……」
「お兄ちゃんは、ひまりちゃんと一緒だ。僕の事なんか見てくれない。一兆円の事しか見ていないんだ」
「うるせえ!」
「僕は出ていくよ。丁度準備が終わった所だからね。女神様と一緒に、二人で困ってる人を助ける旅に出るんだ」
「太郎! それなら俺だって困ってる! 頼むから金をくれ! 1億円でいいから! 頼む!」
「さようなら、お兄ちゃん」
僕は鞄を持って家を出た。
多分、もう帰って来る事は無いだろう。
「さあ、行こうか。太郎」
「はい」
そして、僕は女神様と旅に出た。
女神様はいつも僕を見て、笑っていてくれる。
僕はそれだけで嬉しかった。
◇
女神様と人助けの旅を続けて、一年が経った頃だった。
僕と女神様は北海道の宗谷岬に来ていた。
海がキラキラ輝いて、とても綺麗だった。
「女神様」
「なんだ。太郎」
「僕と結婚してください」
「いいよ」
「ありがとうございます」
女神さまが笑って、僕も笑った。
僕はとても嬉しくなった。