俺たちの冒険
お題:不登校・地縛霊・酸性
俺は、窓から暗闇の理科室に侵入すると、ずぶ濡れた雨衣を教室に脱ぎ捨てた。
だが、夜になっても下がらない気温と、湿気のせいで蒸し暑さと不快感は減らない。
「遅いぞ」
先客はかぶったパーカーをとると、こちらに近づいてくる。クラスメイトのKだ。いや、元クラスメイト、というべきか。
「受け取れ」
Kは2つの霧吹きのうち、1つを押し付けてきた。
「本当にこんなもので倒せるのか?」
「さあな。だが、北高じゃ、そいつで倒した先輩がいるらしい。」
俺は手元の霧吹きをまじまじと見つめる。
霧吹き自体は何の変哲もない、百円ショップで売ってるものだ。
だが、中に入っている液体は特別性だ。
「そこの棚からパクってきた、こいつだ。」
Kは得意げに黒瓶を見せつけてきた。
「水酸化ナトリウム・・・」
理科の教科書に出てくる、強アルカリ性の液体だ。
これまで非科学的とされていた地縛霊の存在が再現性をもって確認されてから数年、上から下まで、右から左まで、さまざまな階層においてとてつもない衝撃を伴って受け止められた。
とりわけ衝撃が大きかったのは科学界である。科学界では、あるものは似非科学、ペテン師詐欺師と揶揄したものの、あにはからんや、それを発表したのは学会でも著名な物理学の権威だったのである。
すぐさまアメリカ・中国・ドイツなど様々な国や地域で再現性の確認が行われ、認められることとなった。すぐさま科学者たちは既存科学の体系を拡張しようと、様々な物性試験を実施した。地縛霊について様々なことが調べられた。剛性、強度、硬度、腐食性、伝熱性、電気抵抗etc・・・。
その過程で、地縛霊は酸性の性質を持つことが確認できたのだった。
だが、そんなことは俺達には関係ないし、どうでもいい。
「あいつらを倒すとどうなるんだ?」
「さあな。成仏でもしてくれるんじゃないか。俺らにとっちゃ関係ないが。」
雨の夜に現れること、被害が出ていること、そしてアルカリで倒せること。それだけだ。
それが、俺たちがわざわざ夜の雨の中、学校に集まった理由だ。
「あいつを倒せば、俺は...」
Kは半年前から不登校だった。理由は詳しくは知らない。いや、Kは絶対に話そうとしない。
「...倒せたら学校に戻って来れるのか?」
「...その時考える」
俺たちは手に持った霧吹きをまるで映画の登場人物のように構える。
「前に説明した作戦で行く。おれは3Fから探し始める。お前は1Fから探せ。2Fの真ん中で合流だ。地縛霊の兆候が見つかったらすぐに連絡しろ。くれぐれも一人で倒そうとするな。」
「わかってるって。だれがあんな恐ろしいもの一人で倒そうとするかよ。」
そう言ってKは理科室を出ていく。廊下を踏むキシキシ音が離れていくと、後には、消火栓の赤い光がほのかに反射する人体模型と、降り続く雨音だけが残る。音はほかに聞こえない。当直室にも先生はいないはず、なぜなら地縛霊が危険だからだ。
唐突に、なぜ俺はこんなところにいるんだろうという気分になってくる。
俺がKと再会したのは、一昨日のことだ。学校で地縛霊の被害が確認されて、午後の授業は中止になった。
俺は、昼の公園でブランコを独占していた。
「なんだ、さぼりか?」
「さぼりじゃねえよ。お前とは違うんだ。」
「家に帰りたくねえんだろ?」
「...」
当然、Kは俺がこんなところで油を売っている理由を知っている。家が隣同士なら当然だ。
だが、逆に、俺はなぜKが突然学校に来なくなったのか知らなかった。聞くのを遠慮していた、というのが正解だろう。
俺は、理由を尋ねることは出来なかった。俺はいつも肝心な時にブレーキを踏む。それは、優しさかもしれないし、単に優柔不断なだけかもしれない。
だから、この時も、話したいことはたくさんあったけれども、迷った挙句、結局は、関係ない話題から話し始めた。
「学校に、地縛霊が出たんだ。」