君の瞳にかんぱい
チャールズはナンパ仲間のダラスと、初見のバーで酒を飲んでいた。
二人は、もちろんナンパ目的でバーカウンターの真ん中を陣取っている。
ナンパされたい女の一人客はカウンター席に座るからだ(偏見)。
カジュアルな雰囲気で女一人でも来やすいというバーは、値段が安い割に酒の種類が豊富で料理も美味い。
勝率が高い二人が狙っているのは、当然一夜限りのお遊び相手である。
二人が先日のナンパ話で盛り上がっている時、チャールズの二つ隣の席に、女が座った──とんでもない美女だ。
プラチナブロンドの髪は柔らかそうで、横顔は理想的な造形をしている。
肩は丸く華奢で、ウエストがとても細く、背は平均的だがスタイルが良い。
瞳は澄んだピンク色で、首の横にある黒子が何とも言えない色気を醸し出していた。
パンツスタイルなのに、ミニスカートで足を露出した女よりも目立つ女だ。
ちらりと周りを見れば、男性客達は皆彼女に見惚れている。
隣の男も例外ではない。
長い付き合いなので、奴も彼女を狙っていると分かってしまい、焦る気持ちが産まれる。
二人共美形と持て囃されているが、系統が違う。チャールズは爽やか系で、ダラスはワイルド系だ。
もし彼女がダラスのような男が好きなら、チャールズに勝ち目はない。
しかし、逆も然り。自分のような爽やか系は、どんな世代の女にも受けが良い。
チャールズが話しかけようとすると、ダラスに腕を掴まれ阻まれたので睨み合う。
それを一部始終見ているバーテンダーが、澄ました顔で美女に話しかけた。
「新メニューが出ましたけど、どうされます?」
「え、そうなんですか? でも、今日はお食事しないんです……ごめんなさい」
「いえいえ、いいですよ。飲み物は何にしましょう?」
「キール・ペーシュで」
「はい。少々お待ちください」
どうやら顔見知りのようだ。
この店のバーテンダーに限らず、彼等は一人で来店する女の客が変な男に目を付けられないように見張っている者が多い。
女を酔い潰そうとして、強い酒を注文し飲ませようとすれば速攻で出禁にするのだ。
特に、帝都ではそれが顕著だ。
実はチャールズとダラスの二人は、カウンターで下世話な話で盛り上がっていた為、このバーテンダーの男に監視されている。
二人が声をかけるタイミングを計っていたところ、驚くべきことが起こった。
バーテンダーからカクテルを渡され、一言二言交わし終えた美女が、なんと本を読み出したのだ。
ダラスとの牽制の中、変な空気が流れる。
──読書? ナンパされる為に来たのではないのか?
しかも読んでいる本のタイトルが、解釈が難解で有名な作者のものだ。
あれを理解しているのか、はたまた『私こんなの読んでるのよ』的なポーズなのか。
読んでいるのが流行りの恋愛小説なら、チャールズも対応できた。
なんてたって、ナンパの為に会話の種が必要だからだ。
しかし、あの本は無理だ。
馬鹿には理解できない。
ダラスも、チャールズと同じ理由で動きを止めている。
さて、どうしよう。
そう思った時、彼女が本を置き腕時計を確認した。
帰ってしまうのでは、と思ったチャールズはダラスを振り切り彼女の隣の席に座った。
バーテンダーの刺すような視線を感じるが、見逃してほしい。
自分はこの美女を騙すのではない。本気で口説こうとしているのだ。
一夜だけなんてもったいないことは絶対にしない。
「ねえ、一緒に飲まない?」
チャールズお得意の爽やか笑顔だ。
しかし、美女は口角を少しも上げずに「いいえ」と冷たい声で一言だけ残し、また本を開く。
この返答に、勝利を確信したダラスが反対側の席にどかりと座った。
見事な得意顔である。
「俺の連れが悪い。あんたがあまりにも綺麗だから話しかけちまったんだ。詫びに一杯奢らせてくれ」
ダラスの奴は、友人を気遣うような言葉を吐きながらチャールズをダシにしやがった。
だが、美女はそんなダラスに呆れたように、大きな溜め息を吐く。
この仕草にダラスではなく、なぜかチャールズが撃沈した。
美女の隣の席を退いたチャールズは落ち込んでいた。
あんな露骨に嫌がられたことなど殆どないので、耐性がゼロなのだ。
ダラスは今も尚、粘っていた。
バーテンダーに注意されても、美女に冷たくあしらわれてもめげない。
というか、チャールズとは違い、つれなくされると燃えるタイプだ。
奴は顔も良いし、タッパもあるので美女は折れて持ち帰りされるかも知れない。
「なあ、少しくらい話そうぜ? バーは本を読むところじゃないだろう」
「人を待ってるから無理。それにここは読書好きが集まる店よ」
無視されず、漸く反応があったことにダラスが満足気に笑う。
そして、先ほどまでダラスを注意していたバーテンダーはなぜか無反応だ──いや、扉の方に会釈したので来店客に気を取られたのだろう。
「面白い女だな、人を待ってるなんて嘘を吐いたりして」
「は?」
「こんな本より俺はあんたを楽しませることができるけど」
そう言って、ダラスは美女の本を取り上げた。
「いい加減に……あっ!」
美女はダラスを睨んで──いなかった。
それどころか、満面の笑顔である。
ダラスは、ぽかんと美女に見惚れた。
なんだ、この女はやっぱり自分に駆け引きをしていたのか。
憎たらしいが可愛い女だ──そんなことを思っていたダラスは、天国から地獄に急落下することになる。
「返してもらいますよ」
ダラスが高く挙げた手に持っていた美女の本が、後ろから誰かに奪われたのだ。
丁寧だが確かに怒気を含む声に振り向くと、ダラスの前にいたのは体格が良い男だった。いや、良過ぎる。
ここは第一支部の軍部が近いが、もしかして、この男は──
「もう! 遅〜い!」
聞き間違いかと思ったが、違った。
それは確かに彼女の声だった。
冷たい雰囲気はどこへやら……美女の声は、媚び媚びである。
先ほどの冷たい声と印象が全然違う。
「私、知らない男にしつこくされて……怖かった……」
美女は、鉄とブリザードで固めた鎧をすっかり消して、恋人(おそらく軍人)の腕に抱き着いて、全力で甘える。
瞳をウルウルする美女にハートをずきゅんと撃ち落とされつつ、『嘘を吐くな』とチャールズは思った。
むしろ、怖かったのは気軽に声をかけて、心がボッキリ折れた自分の方である。
「ごめん、怒ってる?」
「怒ってる。簡単には許さないんだからっ」
いや、待て。
それは『許さない』と言っている人間の声色と態度ではない。
……滅茶苦茶可愛い。
「来ないかと思った……馬鹿」
そして甘い!
この美女の口から恋人に向けられる「馬鹿」の意味は、砂糖じゃりじゃり的な意味合いである。
毒に似た甘さだ。
「待っててくれてありがとう。……どうしたら僕は許してもらえるかな?」
美女の恋人も、本気で怒っていないことを知っているのか、必死さがまるでない。
とても余裕のある男に見えるし、実際そうなのだろう。
「明日の朝ご飯を作ってくれるなら許してあげてもいいけど~」
「リクエストは?」
「あれが食べたい」
「ああ、いいよ」
「やった~!」
「あんなもので許してくれるの?」
「だって美味しいんだも~ん」
「材料ある?」
「あっ! ……ねえ、やっぱりまた今度にする」
「どうして? 無いなら今から買いに行けばいい。急げばギリギリ間に合う」
「……いいの?」
「だって、君に許してもらいたいし」
「私は怒ってないのに?」
「知ってるよ」
目の前で二人しか知らない『あれ』を食べる翌朝の話をされる、空気と化したダラスが居た堪れない。
──チャールズにも、ダラスにも勝ち目なんて最初から無かったのだ。
美女とその恋人は、バーテンダーと少し話した後、店を出て行った。
カランとドアベルが鳴る。
その瞬間目に入った美女のピンクサファイアの瞳は、キラキラと光り輝いていた。
ご機嫌でるんるんな美女にくっ付かれて、笑い返す男が死ぬほど羨ましい!
チャールズは、すっかり落ち込んでいるダラスと男二人で飲み明かすことを決めた。
「はあ……乾杯はやめとくか……」
「ああ、完敗はしたくない」
美女は手に入らなかったが、男の友情を育む夜になったので良しとしよう──ということにしないとやっていけない二人なのであった。




