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トランメル洋菓子店のお客様

 ラナ・トランメルは、帝都の街のケーキ屋さん──トランメル洋菓子店の看板娘だ。


 学校が終わると店に出ているラナは、今年十一歳になった。

 計算は苦手だったが、大まかな釣銭を覚えてしまえば失敗もなくなってきた今日この頃である。


 ラナは「お手伝いして偉いね」とお客様に言われることが多いが、決して嫌々しているわけではない。

 お祖父ちゃんの代から続いているトランメルのケーキやお菓子が大好きなので、それを皆にも知ってほしいのだ。


 というわけで、食べることが大好きなラナは、少しぽっちゃりしている。

 クラス一の美少女、マリアーナみたいに細くなりたいと思ったりもするが、『食べたい』に勝てない。


 まあるい頬っぺたをぐにぐに揉んでみる。

 この柔らか頬っぺたは、ラナのパパとママのお気に入りだ。いつもにこにこして触ってくる。

 あまりにも楽しそうなので、ラナは「やめて」と言えない。


「ラナちゃんの頬っぺた可愛いもんね」


 くふくふ笑うのは、たまにクッキーを買っていくお姉ちゃんだ。

 褒められて嬉しかったラナは、特別に自分の頬っぺたを触らせてあげた。

 とっても喜ばれた──良いことをするって気持ちが良い。


 お姉ちゃんとは、いつかの学校からの帰り道で、転んで泣いているラナに声を掛けてくれたことをきっかけに仲良くなった。


 ぴいぴい泣いているラナに、お姉ちゃんは根気よく付き合って、泣き止むと店まで連れて行ってくれた。

 両親はお礼にクッキーをあげた。無難なバタークッキーだ。

 それ以来、お姉ちゃんはたまにクッキーを買いにやってくるようになった。


 つい最近知ったのだが、お姉ちゃんは成人済みだった──見えない。

 どう見ても十五、六歳くらいなのに……来年二十歳らしい。


 話せば、『大人だなあ』と思うことも……ごく(まれ)に……ある、かも知れない?


 お姉ちゃんはちょっと子供っぽいのだ。

 だってラナの年下の幼馴染──青果店の一人娘、ケイト(七歳)と友達だと言う。

 もちろん、お姉ちゃんの友達にラナもカウントされていた。


 お姉ちゃんは天然さんなので、ちょっと心配になる。


 店でラナとお喋りしている時や街でばったり会った時など、男の人からちらちらと見られているのだ。

 なのでそういう時、ラナは「知らない人に付いて行っちゃダメだよ」と注意する。




 ある日、お姉ちゃんが軍人のお兄さんと店にやって来た。


「奥さんは何味が好きなの?」

「いちご」

「甘過ぎない方がいいとか?」

「いや、最近は割と何でも食う。嫌いだったのも普通に食ってるし」

「妊娠すると味覚って変わるって言うもんね」

「ふうん?」

「選ぶ気あるの?」

「だって分かんねえし」


 恋人……ではないようだが、(はた)から見ると二人はお似合いだった──美男美女というにはお姉ちゃんは幼いし、お兄さんは粗野(そや)過ぎるが。


「ラナちゃん、お(すす)めのケーキはある? いちごのがいいんだけど」

「ラナは、ストロベリームースと、キャラメルいちごのケーキが好き」

「だってさ、どうする?」

「じゃあ、それで」


 軍人のお兄さんが棚のクッキーを見ている隙に、会計をしながら「お友達?」と聞いてみると「まあ、そうかな」と曖昧な言葉が返ってきた。

 もしかして、お姉ちゃんの片想い相手なのかもしれない。


 ラナはちょっぴり切ない気持ちになった。




 翌週、今度は別の軍人のお兄さんが店に来た。

 制服は着ていなかったが、鍛えられている体を見れば一目瞭然である。

 後から知ったのだが、先週お姉ちゃんと一緒に来た黒髪のお兄さんの上司らしい。


 冷たい雰囲気の整った顔をしているお兄さんに、ラナは「ぴ!」と声を上げた。

 ラナのパパは小柄なので、大き過ぎる男の人は少し怖いのだ。


「すみません」

 お兄さんがラナの目線に合わせて、床に膝を付く。

 彼はチョコレートみたいに甘そうな優しい瞳をしている。


「好きな(ひと)の誕生日にケーキを買いに来たんだけど、お勧めはありますか?」


 とても紳士的なお兄さんである。

 女性客が彼を見て赤面している。ラナもちょっぴり顔が熱い。


「好きな(ひと)って、お兄さんの恋人?」

「はい」

「えっと、セレブレーションケーキっていうのが良いと思う。ピンクの薔薇の形のチョコレートが乗ってて可愛いよ」


 お兄さんは「ピンクか」と呟いてからにっこり笑って、購入を決めた。彼の恋人の色なのかも知れない。

 笑うと子供みたいになるお兄さんの頬っぺたには笑窪(えくぼ)が出来ていた。




 最近、トランメル洋菓子店には軍人さんが来店する。


 皆、ラナにアドバイスを求める。

 怖いと思っていたが、彼等は一様に良い人達だった──甘いもの好きに、悪い人はいないのだ(いる)。


 今、来店しているお兄さん達も軍人だ。


 空色の瞳をしたお兄さんと、物凄ーく格好良い銀髪のお兄さん。

 どちらも顔が良いので、店内は商品を見る者より彼等を見る者の方が多い。


「緊急事態なんだ、可愛い店員さん(リトル・レディ)


「ぴっ」

 銀髪のお兄さんが、いきなりラナの前に跪いて切ない声を出したので驚いて固まる。


「困ってますよ。何やってんですか、もう」

 ごめんな、と言ってラナの頭をぽんぽんしたのは空色の瞳のお兄さんだ。


「きんきゅーじたいって、大変なこと?」

 空色の瞳のお兄さんの背に隠れながら聞くと、銀髪のお兄さんが深刻そうな顔で頷く。


「ちょっと恋人を怒らせちゃって」

「『ちょっと』なの?」


 ラナの言葉に、銀髪のお兄さんがそっぽを向き、空色の瞳のお兄さんが吹き出す。


「『ちょっと』じゃないんだね」


「らしいな、だから機嫌を取りたいんだってさ」

 答えたのは空色の瞳のお兄さんである。


「でも、ダイエット中なら()()怒らせちゃうかもよ? お兄さんの恋人はダイエットしてないの?」

「え?」


 ラナのデータによると、大人の女性はダイエットをしている。

 そして、特別な日に()()()としてケーキを食べる。何でもない日にケーキを買っていっていいのだろうか……。


 ──こんな格好良いお兄さんの恋人なら、きっととんでもなく意識の高い女性だろう。

 そんな女性にはケーキよりアクセサリーの方がいい気がする。


「アクセサリーか……そういえば、買ってなかった……」

「え~? お兄さん、格好良いのにダメダメだね」

「……そうなんだ」

「お兄さんの恋人が、ダイエットしてないって分かったら買いに来て?」

「ああ」


 店の売り上げにはならなかったが、次回購入してくれるなら問題ない。


「俺は買っていこうかな。せっかく来たんだし」


「お兄さん、甘いもの好きなの?」

 空色の瞳のお兄さんの言葉にラナは首を傾げる。


「まあ嫌いじゃないな」

「分かったあ、お土産でしょ?」

「そんな感じ」

「どんな味がいいの?」

「バターとかチーズとか重いやつ。でも量は食べられないんだ」


「小っちゃいケーキもあるよ? チーズケーキとか、フルーツタルトが人気ある」

 通常サイズの半分の大きさのケーキは、たくさんの種類を試したい女性に大人気の商品だ。


「じゃあ、その人気のチーズケーキとフルーツタルトを貰おうかな」

「小さいのならいいかも……俺もそれ買う!」


 聞いてから買った方がいいのに、銀髪のお兄さんはよほど『きんきゅーじたい』らしい。

 もし恋人に怒られても、ラナと店のせいにしないならいいのだが。


 帰り際、空色の瞳のお兄さんは、またラナの頭をぽんぽんして帰っていった。




 翌日、学校の帰り道でラナはお姉ちゃんにばったり会った。


「昨日、ラナちゃんのお店のケーキ食べたよ」

「え? お姉ちゃん、ラナがいない時にお店に来たの?」

「違うよ、買ってきてくれたのを食べたの」

「何のケーキ食べた?」

「チーズケーキとフルーツタルト半分づつ」

「……チーズケーキとフルーツタルト?」

「うん」


「それって、お姉ちゃんの恋人が買ってきた?」

 ──お姉ちゃんの恋人は、銀髪のお兄さん……?


「うん」

「おお……」


 ラナのお姉ちゃんを見る目が変わった瞬間である。


 あんな格好良い大人の男の人と付き合っているなんて……お姉ちゃんって物凄い女なのでは?






「毎度ありがとうございます」


 トランメル洋菓子店には今日も軍人さんがやってくる。

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